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九章 それは授業ですか?

 九章 それは授業ですか?



 容易く、容易く、世界は壊されたのかもしれない。

 彼女達が冗談で呼んだはずの白銀のヒーローは、生徒達にとって拷問のような時間を与えてしまった。

 それに対して何もフォローの出来ない教師や、する気のない馬鹿一人。


 自然と授業中の空気も悪くなろうと言うものだ。

 葬儀の様な表情をしたまま生徒達が、授業を受けるが何一つ身になっていないのだろう。

 誰もがただ座っているだけだ。


「装甲には、魔力の運用効率を上げるために、周りから魔力を集める性質がある。俺なんかはこの機能をよく使っていたんだが、一種の魔力プールとして扱える」


 だと言うのに彼は、気にした様子もなく授業を進めているのだから、本当に生徒の事を考えているのかと思ってしまうが、潰れるなら彼はそれはそれでいい。

 どうせヒーローになったら容易く死ぬタイプになるだけだと、この状況で真剣に授業を受けている馬鹿がいれば生き残る素質ありと言えるだけなのだ。


「白金なんかは輪転演算なんていう。使用した魔力をそのまま吸収して、威力を倍にして放ち続ける戦う相手に対して同情しか出来ない様な装甲運用をしていたけどな。

 俺では体が持たなくなるから出来なかったんだが、あれはかなり使える演算だろう」


 輪転演算は彼と彼女が共同開発した演算である。

 本来ならほかのヒーローも使えるはずなのだが、放つたび倍の演算処理を行う必要がある為、限られたヒーローしか操ることの出来なかった。


「ただ基本はこんな演算は失敗作だから使う必要はない。演算を作るうえで、もっとも大切なのは、汎用性だ、本来なら誰でも使える演算こそが、完成品だ」


 そういう意味では俺の作った演算はことごとく失敗作だがと、繫げて見るが誰一人彼の言葉に気付いていないように呆けている。

 届かない言葉は全てが価値が無い。なにより何時もなら打てば響くはずの声が聞こえないのは、少しばかり寂しいとため息を吐く。自分で止めをさした手前文句も言えたものではない。

 人の心の脆さはこういう時に、良く理解させられるが、足場のなくなった彼らは、どちらにせよ、これを乗り越える事が出来なければ、ヒーローとして生き残る事は不可能に近いだろう。


 それと同時に、自分が世間に歌われるような人類の守護神であるという勘違いが消えなければ、周りを巻き込むヒロイズムの塊が出来るだけ。選ばれたと勘違いされるような、そんな侮辱を彼は認めるつもりも無い。

 人は人によって滅び、人によって救われるべきだ。


 英雄などは死ぬ価値しかないのを彼自身は知っている。世界に救済措置を求めるような生き方を人はするべきではない。

 人は人によって殺され生かされる、そうでなくては今まで死んだ人間があまりに哀れで救われない。救われる気などサラサラ無い男の考えと思いたくも無いが、自分に巻き込まれた人間までそうであって欲しくないでだけなのだ。


「というかお前らな、さっさと分別つけろよ。たかが人類がそろそろ滅んで、人類に救う価値が無いだけだろう、そんなのは一世紀以上前から誰もが結論をつけてる話だ」


 本来ならフォローの一つもたりともする気がなかったのだが、気が向いたのか何か別の理由からか、彼からすればフォローするようなそぶりを見せていた。

 白銀が見たらきっと唖然とするだろう。


「ですが、ですが、力が入らないんですよ」

「入れりゃ良いだろうが、あんな言葉で揺られるぐらいの感情しかもってないだけとしかいえないだろう。人を救いたけりゃ救おうと努力すれば良いだけだろうが」


 救う価値が無いと断じても彼は容易く言うだけだ。

 全人類は全てが全て平等に等価値に、救う価値が無いどころか滅んだ方が良い。だがそんなものを気にして生きていられるほど、万能な存在はいない。


 教師の投げやりな態度に、怒りを覚えた水野が立ち上がって見せるが、彼はそ知らぬ顔だ。


「それを否定したのは、先生じゃないか」

「俺は人間に救う価値なんか無いのかと聞かれたから、そうだと答えただけだぞ。そりゃ救う価値なんて平等に無いだろう」


 だがお前らの考えが別ならそれでも良いと、彼は容易く言うだけだ。

 暖簾に腕押しという感覚を彼女は味わっているのだろう。言葉が出せず、ただうつむくようなしぐさをしている。


「それさえ正直に言えばどうでも良い、救えば良いだろう勝手に、それが嫌なら勝手に死ぬしかないだろう。装甲を植えつけた今となっては、ヒーロー以外になれやしないんだ。ならどこかで帳尻合わせて生きていくしかないだろうが」


 人であるのなら目的を持つ、それがどんな大義名分であろうと変わりは無い。

 人は人を救えないかもしれない。だが人を救おうとすることは出来るのだ、その足掻く様が悪いはずも無い。


「あのですね、全否定していた先生の言う台詞じゃないような気がするのですが」


 日野坂の言葉に、確かにそうだと彼はうなずくが、そのこと自体にはさほどの意味もない。むしろ彼女達を諭すように言うだけだ。


「あのな、俺なんか惚れた女のためにヒーローに成った馬鹿だぞ。ヒーローの一般常識なんざ興味も無い」


 傍から見れば、完全無欠の自滅行為に対する対策に過ぎない、そんな物に価値を俺は持った事はないと言う。

 ああやって彼が生徒達を追い詰めるのには、多少の理由があるが、それはいつか来る難題なのだ。人を救って、救って、救い果てる、その理由こそが、植えつけられる物であっては、ならない。

 たとえ結論が、そこに向かうことが、あったとしても、過程を無視した結果など、破綻の論拠にしかなる事はない。


「だがどうせお前らは戦いから逃れることなんざ出来やしない。その心臓に打ち込んだ、剣はな死ぬまで戦えと言う意味が込められてるんだよ。戦って死ねでもいいが、その現実が目の前にあるだけだろう」

「それは、それは、それはっ!!」


 語調が激しくなるが、次の言葉が浮かばない。

 次の言葉が出せない、理由である筈の人類を守る為にと、ただその言葉が出なくなっているのだ。

 一度生まれた疑念はまるで何かの生き物のように、彼らに絡み付いて、のどからその言葉を出させることはない。


「分からんもんだな、ヒーローになりたくてなった奴が、人類を守ると言ってのけることが出来なくなる」

「先生そりゃひどいよ、人間は救う価値がないって、それで否定できないって、どうすればいいかわかんないじゃないか」

「なら戦って死ぬしかないんじゃないか。どうにも分からない、いまさら当たり前のような事言われたって、うんそうだねとしか返せないだろう」


 彼にとって、悩んでる未成年の主張などは、感じたことすらない代物なのだ。

 なにしろ悩んでる水野や日野坂といった生徒達が、こうやって勉学に励んでいる頃には、大魔法使いの称号を取得し、人類史上に残る演算使いと呼ばれるようになって、ヒーローにまで駆け上がった稀代の大馬鹿者だ。


「そもそも人間が救う価値がないなんて、どうでもいい事だからこそ、心が動かなくなる程度なんだろう」


 彼に彼女達の気持ちなど分かるはずもない。

 だから何一つ彼女達の心に通らないのだろう。彼の心が折れたときなんて、彼女が竜になったときと、彼女を殺したときぐらいだ。

 本質的には立ち上がることさえ出来ていないだろうが、それでも彼はこうやって足掻いている。


「違います、ただ動かないんです、何をやっても何をしても、あの言葉を聞く前のように、体が」


 狂人と言っても差し支えのない精神構造が、彼に諦めを許さないのかもしれないが、それを一般人である彼らに求めるのは度が過ぎた難題だ。

 かつての恋人であったからなどと言う事は問題ではないのだ。常人が竜を殺した、それはもはや人間の形容にすら余る冒涜だ。


 目の前の男は狂人、正気に正気をまぶして正気に狂っているような人間が、彼らと同じ精神を持っているはずもない。それを彼は生徒達に強要する、どんなことがあっても立ち上がれと、こんな教育は拷問と言い換えたほうがいい。


「動かせよ、私達は全身全霊を込めて怠けていますと言っているだけに聞こえるし」


 自然とあふれる嗚咽は、誰が最初に出したものか、響く声のすべて後悔という積み重ねの上にあって、やっぱりそれはどうしようもない絶望で、救ってくれる何かは彼らの元には届かない。


「違います。先生の言葉が正しくて、白銀の言葉が正しいのなら、竜が正しく生きていることになるじゃないですか、人を滅ぼすことが世界を救うと」


 だって彼らがその立場になるべき者だから。

 けれど、それでもどうしようもなく、心が立ち上がってくれない。


「私は、私達は、そんなくだらない物の為にヒーローになったんじゃないんです」


 そんなヒーローの卵たちは、声を震わせ驚くほど大きな声を吐き出した。

 体中の酸素でも吐いたかのように方で息をしながら、たまっていた膿を吐き出す。日野坂と呼ばれた生徒の感情は、他の生徒も一緒だったようで、彼女の言葉を聞いて、彼さえ責めるように視線を強める。


「じゃあさ、何の為にヒーローなんて兵器になりたかったんだ」


 ここにいる者たちは、それぞれの理由を抱えている。だがそれは基本的に災害に起因したもので、復讐であったり、責任感だったり、ヒロイズムだったりと、災害を悪と断じた代物なのだ。

 その根底にある基盤は、その程度のもの。

 だから容易く揺れ動いてしまう、彼の吐いた言葉もまたあきれた言葉であったが、あらゆる意味で辛辣だろう。


 お前らはその程度の覚悟もなく、災害と戦う兵器になりたかったのかと。


「でも、でも、それでも……」


 声が出なくなる。だが彼はこれでも抑えている、ヒーローであったのなら、無限の言葉を尽くして罵倒しているだろう。

 生徒だからこそ、これで落ち着いているのだ。今の言葉はすべて生徒達を立ち直らせる為に吐いた言葉だ、的確に言葉を出させないほどに追い詰めているが、少なくとも狂人にとってそれは間違いなく、立ち上がって欲しいと祈る声援。


 だがどう考えても谷に落とすが如き獅子の教育法である。

 しかしだ獅子でそれなのだ、その竜殺しの教育法はどう考えても上をいく。 


「しかし本当にあの言葉は事実かもしれないな、竜殺し以外はいつかすべてのヒーローは竜の下に集まるってのも」


 落とした子供めがけて、石を投げ落としていく。死ねと言わんばかりに容赦なく振り下ろす言葉は、彼女達に更なる絶望を悲鳴を上げる。

 容赦ない言葉だ、実はこの言葉も機密の一つではあるのだが、彼はそんなことお構いなしに彼女達に告げる。


「そうなったらお前らもめでたく竜にでもなるんだろうかな。俺みたいな欠陥品はともかく、いつか人類は全員が竜になってしまうのかもしれないな」


 その程度の心持だから人類は竜如きに負けてるんだろうと鼻で笑う。

 彼の言葉には自嘲さえも混じっていた。なるほどと、そんな代物だから人類は死体をさらすのかと。


 それならそれでいい、ここで彼女達が潰れてしまえば、まともな戦いさえ出来ないまま死ぬかもしれないが、そこまで構ってやれたことではないのだ。

 災害との戦いとは、そういうもの、現実に気づいても戦うか、戦わないか。竜となる前の殉教者達もそうだ、彼らは抗おうとしていた。


 彼が知っているヒーロー達は、その苦悩さえ持ちながら必死に抗っていたのだ。


 だから分かりさえしないのだろう。生徒達がそれに抗うことが出来ない理由を、所詮そこにいる男は英雄であっても二十そこらの若造。精神的に完成したわけでもなければ、完全な人間でもない。

 誰だって人の心がわからないのは当たり前だ。


 そして人間が人間を救わないのもまたその証左だろう。

 だってただ彼は生徒達を追い詰めているだけ、救っているとは思っていないだろうが、激励と思っていてもそれが届かない言葉だというだけ。


「そうやってお前らはぐだぐだと生きて、竜に食われるのか、それとも竜になるのか、どうするつもりなんだ」


 だから視界さえままら無い今の彼らに止めを刺す。

 暗闇の人生に一寸先ではなく足元に闇を作り上げる。だから生徒達はその闇に転げ落ちるしか選択肢を持たない。

 英雄は人に行動で伝えるものであり、弁士でもなければ、思想家というわけでもない。だから彼の言葉の奥にあるそれに彼らは気づかない。


 だからこそ吐き出した膿がまたあふれかえる。


「ま、少し向き合って考えてみろ。それが出来れば、ヒーローとしては一人前だ」


 そしてそれを放置するから化膿して傷口は台無しになるのだ。

 人は人を救えない、救おうとする事が出来るだけ、だがその狂人は思うのだ。救おうとする事が出来るだけで奇跡の所業じゃないかと。

 それは不可能を可能にする足がかりにだってなる可能性を持った言葉、それに気づくのは人の言葉では許されない。


 それは個人で察するべき内容だ。

 言うだけでは意味がない、内側からの発露がなければいつか崩れ落ちる。心とはそれほど優れた強度を保有することが出来る代物ではないのだ。

 だからこそ基礎工事をきちんとしておくべきだ、その段階を忘れては、欠陥工事にすぎない。


 それでも、問いたくなるだろう者もいる。

 何であなたはそれを気にしないのですかと、その一人が口を開いた。


「先生は、なんでこんな事実に気づいても教師なんかやってるんですか」

「そこを考えてみろ、ヒントではないが、お前ら少しだけ周りを見渡してみろ。どうでもいいことだが、結構大切なことだぞ、内側ばかりじゃ見えないものもあるさ」


 たった一人だけ竜に引きつられることのないとされた彼は、その本質があるからだろう。

 だがこの言葉は大切だった、もしかすると彼が今まで生きてきた中で、この発言が最大の功績だったのかもしれないと思うほど。

 

 けれど彼自身はそんな偉大な功績に気づくこともないだろう。それこそ死ぬまで、それほど彼にとっては当たり前のことで、だが間違いなく偉大な言葉を彼は口にしながら、必死に頑張って生きていた。


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