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彼はヒーローですか?


「ねぇ、そんなちんけな腕でいったい何を掴み取るつもりだい」

「馬鹿か、こんな腕で何をつかむんだよ。何一つ掴み取るつもりはないさ」


 じゃあなんで、そう簡単に命を張れるんだ。

 二人の間でわかる言葉、伝えなくても響いてきた言葉に、今世紀最弱と謳われる男は笑って答えた。

 まるで当たり前の事を、当たり前にするために。


「差し伸べるためだ」


 そして、もう一つの腕は、ただその眼前の壁を砕くために。


 この世界は魔法で包まれていた、ここでは科学はあっても常識ではなく、幻想があっても常識ではない。

 両方がまるで縄の様に絡み合った水と油が融和する場所。


 だが人類は危機に瀕していた。科学と幻想が交じり合い生み出した異端の胎児、母の腹からこぼれて母を食らうために生まれた狂気の産物が現れる。


 その圧倒的な力ゆえ、人は逆らう事す出来ぬ自然の猛威に例えて災害と言った。


 都市すらも薙ぎ払い、人類の尽くを死滅させるために動く破壊の化身。

 だが人は無力ではなかった、断じて無力ではなかったのだ。自然をねじ伏せるように、災害と呼ばれた自分たちが生み出した化け物に対抗するために、災害に対する災害を作り上げた。

 その圧倒的な理不尽を圧倒するための理不尽を、人はそれを陳腐な言葉でこう呼んでいた。


 ヒーローと


 体を特殊な装甲で包み、災害を蹂躙するべく彼らは存在していた。

 彼はそんな一人で、紛い物であった。災害に対抗するべく作られたその装甲は人を選ぶ。しかし選ばれなかった、彼は装甲に選ばれることはなかった。。


 それでも足掻いた、足掻いて足掻いて、結局手に入れたのは、片腕だけのヒーロー。

 だがそれでも彼はヒーローとなっていた。


 しかし今は土壇場、瀬戸際。

 彼の眼の前で語りかけてくるのは、あらゆるヒーローを殺した最強の災害である竜。それはかつて彼の愛した女、人間によって作られた災害であり大災害。


 大陸すらも割った世界最強の龍だ。


「ふふふふ、かつての私はもういないのに、竜にかなうヒーローがいるはずもないのに、まだあきらめないんですねあんたって野郎は」

「あきらめたらお前がまた消えるんだろう。振られたって良いじゃねーかよ、だったらこっちはお前専用のストーカーにでもなってやるよ」

「馬鹿、馬鹿だ、君は馬鹿だヒーロー。装甲の毒に置かされてあんた自身がいつか災害になるかもしれないのに」


 かつての私のように、その毒に食い殺される新たな竜になるつもりか。


「冗談だろう、俺が竜に納まる器かだと思ってるならそれは買いかぶりすぎだ」


 なれて死体が関の山だと軽く笑ってみせる。

 世界最高の装甲への不適合率を見せた人間は、自分がそんなものに変わるはずがないと、世界最強のヒーローだったそれに告げる。


「流石、流石だなぁ、君は大好きだったころと変わらず格好いい。本当に手放したくなかったけど」


 彼女はゆっくりと自分の右腕を彼に見せる。

 それは装甲と体が融合し人としての形を失った異形の腕、まるでミミズが体中にまとわりついているように、太い繊維がくちゅりと粘液をこぼしながら蠢いていた。


 竜が人間の体に擬態するのは少しの時間を要したが、それが竜と呼ばれる災害の象徴でもあった。そんな彼女の姿を見ても彼は何も言わない、ただ少し困った表情を見せるだけだ。


「露出が趣味なわけじゃないだろう。見せられてももう大体見ちゃってるしな」

「恋人だったものの隠された恥部じゃない、内臓以外はほとんど見せてあげたけど、こういう刺激は嫌いだったのかな」

「そりゃそんな泣きそうな顔見たくないに決まってるだろう。そんな腕ちょっとしたアクセサリーみたいなもんだ」


 馬鹿だ、馬鹿だと、彼女はなきながら彼を罵っていた。

 だがもうここはとっくに分水嶺を越えている。彼女はすでに終わっていて、彼はそれを終わらせるのが役目であった。

 二人はそれを知っていながら会話を止める事をしない、別れを告げることをしない。


「馬鹿だよ、それがこっちの大好きな君ではあるのだけど、そのために死んではやれないよ。こっちにはこっちの理屈が合って、そのために人類は不要だと言うことには変わりがあるわけじゃない」

「そのために災害になったわけでもないのに、どれだけのヒーローを引き連れるつもりだよ大災害」

「決まってるじゃないか、君以外すべてだ。君以外すべてが賛同してくれるんだよ」


 その言葉に彼は若干納得してしまう。

 狂気と言う鉄火場の中にいる存在が、同じ場所にいた竜の狂気に賛同しないのかと言われればしてしまうやからの方が多いだろう。


 彼はヒーローに対して幻想を抱いていない。同じ存在であるからこそ、いくらかの存在は食われてしまうだろうと、何より勝ち目のない戦いに挑む馬鹿は、現状存在するヒーローでは自分ぐらいだと言う確信があった。


「だからと言って、あきらめる要因にならないけどな。いつになったら俺の手を握り返してくれるんだよお前は、俺はそれが問題だと言ってるんだけどな」

「一生ないだろうけどね。どれだけ差し伸べられても余計なおせっかいだよ元恋人」


 そんなことは重々承知なのだろう。彼女の言葉に対して彼が返す言葉は、さして前と変わらない、しかし次はない。


「ならストーカー確定だと言いたいんだけど、これ以上は無理か」


 たださびしそうに言葉を作るだけだ。

 そこには泣きそうな、悲しそうな、辛そうな、慙愧に耐えない声が響くだけだ。


 イップスワン(欠陥品)開放


「なら止めるべきなんだろうな。お前が好きでいた俺は、ここで止めないといけないんだろう」

「そうだね、私の知る君なら、いや君なら、止めるんじゃないのかな」


 彼女と同じ右手から、彼がヒーローだと言う証が浮かび上がる。

 剣と呼ばれる装甲、体内に存在する魔力生成器官に刺激を与え増幅を促し、同時にその装甲によって災害の攻撃さえも防ぎきる最強の矛であり盾。


 本来はそれ自体が全身に刻まれ、個人によってその装甲に特徴が出るものだが、その中でも彼は特徴的であろう。

 ただからだの一部、詳しく告げるのなら黒金の腕がそこにあるだけ。イップスワンと呼ばれたヒーローのそれが剣、そして盾のないただひとつの災害への足がかり。ヒーロー史上最弱と呼ばれ続ける彼の姿だ。


 だが変身と同時に彼は血を吐いた。

 本来であれば装甲によって生成器官を保護するのだが、右腕だけのそれは宿主さえも傷つける諸刃の剣であった。

 本来生成器官の限度を超える魔力を操るなんていうのは奇跡の代物。同時に体が耐え切れるはずもないのだ。


 それこそが彼女の告げた装甲の毒。

 いつか野垂れ死ぬと断言していた彼の姿だろう。


「ヒーローね、一番失敗作に近いはずの君が、一番ヒーローに近い気がするよ」

「そいつは僥倖だが、困ったことに一番救いたい奴が救えないんだ、卑怯者にしかなれやしないけどな」


 対災害級魔法を駆動させる。大気にさえ響き渡る、災害の天敵は、最弱のヒーローにすら反則的な強さを与えるが、そこにいるのは災害ではない大災害と呼ばれる竜だ。


 オールインワン、最終起動


 その魔力をたやすく上回り、ヒーローと同じく装甲を体に装着する。息吹とかつては呼ばれたその装甲は、かつては彼と真逆の白金の剣。人でありながら人から外れた、最強。


「さて、どうするヒーロー彼我の戦力は絶望的だ」


 空を貫くように竜の魔力が咆哮をあげる。たかが人ではどうしようもない絶望だが、小人は閑居に不全をなそうと彼は意志を固める。


「絶望なんてたやすく言うなよ。希望と同じぐらいまれな言葉だぞ、これから始まるのは、振られた男が復縁を迫った女を襲うそんなちんけな話だ」


 剣しか持たないヒーローは、そんな事を呟いた。災害でないときから、いやヒーローすべてに勝てなかった彼だ。今の彼女に勝てるはずがない、だがそれでもここで退くような男なら、最弱の嘲笑を受けてもなおヒーローにはなるはずもない。


「ばっかだなぁ、本当に馬鹿だ。私の君は両思い、ただ結ばれるだけが恋愛じゃないと言うだけだよ」

「ならここで関白宣言でもしてやろうか、困ったことに俺はお前より先に死んでやれないがな」


 ただ災害と渡り合うだけでヒーローと呼ばれるこの世界だが、彼女はいつも思っていたことがある。本当のヒーローというのは絶望さえ絶望に感じさせない、絶望への天敵のような存在ではないかと。


「どうやって私を殺すつもりなんだか、どのヒーローですらも私に屈服していると言うのに」

「しいて言うなら愛情とかだろう。知らないだろうけどさ、俺は本当にお前にべた惚れなんだぞ」


 装甲の外側でさえわかる彼女の驚きぶりに彼は昔を少しだけ思い出した。そう言えば自分がヒーローになったのも彼女のためだったと、今思えば笑える話だ。


「俺はお前を守るためにヒーローになったんだ、お前を救いたいんだよ。竜になる前のお前との約束さ、絶対に守ると言ってしまったんだよ」


 そして言い切る言葉はのろけ、過去を振り返りながらそんなことを思う。だが終わったそんな言葉さえもまるで通り過ぎる風のように消えていく。そんな中でも二人は魔力を収束し形状を変えて力の形を作り上げる。

 彼は最大の最小を彼女は最悪の最大を、ただひたすらに彼らは反対方向に愛情を作り上げる。


「律儀だねぇ、私に操をささげるつもりかい」

「というより捧げただろうが馬鹿か」


 そう言えばそうだと、最後の思い出を彼らは楽しむ。

 これから先、きっと彼女と彼の一度でも会話が終われば、二人の会話はなくなり、結果はきっと勝者が嘆き悲しみ、過去を引き摺るだろう。

 そしてきっと、乗り越えて前を向いて歩き始めるのだ。


「さて、もう終わるか。そして始めるけどよ、先に言っておくが殺してごめんな春風」

「別に良いよ、私こそ殺させるように仕向けてごめんね太陽。

 あと残す言葉はこれぐらいかな、頑張れヒーロー、私の分まで頑張れ、頑張れ、頑張って、いっぱいいっぱい頑張って」


 この会話が終れば彼らは殺しあう。

 そして彼女はきっと彼に殺されるのだろうと確信していた。なぜなら彼は彼女との約束を破ったことはない。

 いつも、いつだって、どんな無茶だって現実に変えてくれた。きっと彼は彼女だけのヒーローだったのだ。けれど終わりはこんなにも傷つけてしまう。


 自分はいつでも彼を傷つけるだけだったんじゃないかと、そんな風に思って涙があふれてきた。

 だからせめて最後はそれ以上の無茶をを言って実現してもらおうと思うのだ。


「私を忘れてください」


 そんな愚にもつかない願いを彼女は願う。

 きっといつか忘れてくれるだろうと、願いをかなえてくれるだろうと、いつものように笑って彼は答えてくれるだろう。


 確かに彼は笑っていた、今まで見せた事がないほど優しく笑って、


「お断りだ馬鹿」


 彼女の顔にフルスイングの拳が打ち込んだ。

 その上踏みつけてくる。


「痛い、って言うかひどいよ、え、ここは涙を流す場面だよ」

「良いか俺はお前を一生忘れない。これからすることも含めて、すべて忘れるか、今から行うのはちょっとインモラルな恋人同士の肉体接触に過ぎないんだよ。

 SMとかそんな感じだ、俺はそのミスでお前を殺すだけなんだ。ただの愛情表現に過ぎないんだよ」


 無茶だ、無茶苦茶過ぎる、どうしても笑いがこみ上げてしまうのは、仕方のないことだろう。

 きっと彼がこんなのだから自分は惹かれたのだと、再認識して余計に泣きそうになる。


 今から行うことすら彼はそう思うのかと、そういう風に貫くのかと、つまり今から始まるのは、ただの恋人同士がいちゃつくのと変わりがないという事。

 なんとふざけた話だろうか、絶望の際に立ちながら、彼は随分と余裕があり、その姿に彼女は笑うしかなかった。


「は、はっはははは……は、はは、馬鹿だ、無茶苦茶だ、そこまで貫かれるともう、生涯勝てる気がしなくなる」


 彼は馬鹿に馬鹿を追加しても変わらぬ大馬鹿者だ。

 だからこそ去来するのは、絶望ではなく死に行く彼女に対して、最後の希望になりえるのかもしれない。


 そして。


 なんだろう。ただ揺れる感情を彼は気にしながらも、ぶっきらぼうに答えるだけだ。


「お前には今まで負けっぱなしだった気がするけどな」


 そんな言葉にじゅんと心が潤う。返答は彼に聞こえない愛してるよという告白、恥ずかしさで無理やりに彼女は自分を保って思う。

 想い続ける、頑張ってと彼女は心で願って顔で笑う。そこでようやく彼の顔を見て泣き出していることを理解して感情の限り声を上げた。


「この困ったさんめ」


 それは今までの竜と呼ばれた魔力の鳴動よりも激しく空間を震えさせる。


「のってやるよ、じゃあ誰も見てないけど二人でいちゃつこうか、ちょっと青姦なんて初めてで興奮してきた」

「ああ、なかなか出来るもんじゃないしな。まったく面倒な女に惚れたよ、ああ忘れてたけど一生涯愛していますよー、お前の生涯のストーカーのつもりなんでよろしく」


 最悪の下ネタだ、わかっていても、これが二人の終わりだ。

 いつも通りに終わらせたかった。転生しても愛してやるよと笑って、そして泣いていた。


「君はやっぱり馬鹿だよ。挙句に女の趣味が悪い、そして性癖も最悪だ」

「性癖はお互い様だよ。ま、いいや、後は終わったあとにしよう。さあとりあえずの変態プレイからとりあえず始めよう死姦は趣味じゃないから心配するな」


 それでまた彼女が馬鹿といって何もかもが終わる。


「けどさ、君が言うから我慢できるや。頑張れ、頑張って、これからも頑張って生きて、頑張って、もうこれしか浮かばないや」


 頑張れ、頑張れと、これからすぐに死ぬかもしれない彼に、彼女は、泣きながらずっと言い続ける。

 その言葉が終わったときが彼らのすべての終わりだった。その顛末もあまりにたやすい、彼女は死んで彼は生き残った。

 それはきっと本当に奇跡のような所業、竜をはじめて殺した最弱のヒーロー。


 だが彼に賞賛はなかった。

 災害を殺すヒーローさえも殺す災害を殺したヒーロー。彼が竜を殺したときに望んだ報酬はその情報の秘匿であったのだから。


 そんな奇跡から八年後。


「先生もっとまじめに授業をしてください」

「あーおっぱいは重力に勝っている間が一番さわり心地が良いんじゃないかと言う持論があるんだけどどう」


 二十六の男は首を傾げて可愛げを見せてみるが気持ち悪いだけ。

 なにより言っている言葉がかつてと変わらず最悪だ。


「何を教えとるんですかあなたは、何であなたみたいな教師がヒーローやってるんですか」


 竜殺しの英雄は教師になっていた。

 あまり真面目ではない様だが、彼はまだ生きていた。


「いや、今までの人生の結論を出そうと必死になってるんだけど」

「そこが集大成ですか、違うでしょう、もっと違う方向に」


 過去の女にとらわれながらも、ずさんに楽しく、それなりに頑張って。それにまだ竜はいる、息吹だけじゃない、爪も牙も尾も災害は終わっていない。

 ヒーローは次代を鍛えるべくここにいた。

 真面目ではないけれど、かつてのように必死でもないけれど。


「あのな俺にはもうそれしか残ってないんだよ」

「え、何でそこに決着するんですかあなたの二十六年」


 彼は頑張って生きていた。



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