PRODIGY
走らねばならないような気がした。間に合わないような気がした。運命がそう言っているような気がした。
だから走った。
いや、現在進行で走っている。
彼は今走っている。夢中で走っている。
家族と妹が疎開するという。今時。今しがたの東京行きの新幹線に乗って行ってしまうという。
「ちっくしょぉおおおお! 間に合いやがれッ! くだらない運命め! 俺たちを巻き込んだくだらない運命めっ! オレはお前に食われたっていいと言っているんだ。だから今しがたほんのちょっちぃの猶予をくれたってよぉ、いいじゃねぇかッ!!」
彼が決意したのはつい先刻前のことだった。畜舎の牛にエサをやっている時のことだった。
見送りはしない、なんてクールに決めたのが間違いだった。その愚かな行為に、彼自身が気付いたのはほんのちょっと前のことだった。父親以外の家族全員が行くというのに片意地張って自分はここに残るだなんて実にくだらない事を言った。今にしてもその後悔も拭いきれていない。挨拶はした。体裁的なお別れはした。ただ後悔だけが残っている。
それからこれまではつのる後悔に時間の経過を、新幹線の発車時刻午後1時42分の到来をひたすら待ち望んでいたものだが、今はまったく真逆の気持ちである。どうか時間よ止まれと、そんなバカらしい願いを腕時計に込めている。
1分でも貴重だ。5秒でも惜しい。
彼は免許を持ってはいなかった。車という便が使えなかった。使えたとしてもところどころの崩壊が進路をジャマする。すっかり沈んだ街に、ぐちゃぐちゃな感情が入り乱れる街に、バスは数本しか通らなかった。それを待つくらいならいっそ走ったほうが速いと決意した。
新幹線の止まる最寄駅までは歩いて30分くらいだった覚えがある。
今は発車の20分前である。これを詰めに詰めぬいて、ちぢめて、押し込めて、急いで15分で行く。疾走というか死力というか奇跡というかそんなような可能性が薄いタイムトライアルをやる。
ちょっと走るとなじみの商店街を通過する。
街は沈んでいた。ただれきったように沈んでいる。ひとつの光も灯っておらず、往来人が道をゆく姿もまばらだ。ゴーストタウン。そう言うのかもしれない。廃墟が立ち並ぶような、人の気がないこんなにもない静かな商店街というのは生まれてこの方はじめてだった。深夜の方がまだここに誰かしら姿はある。シャッター街というのも訪れた事があるがこれほどでもなかった。魚屋も閉じていて、空のウィンドウだけが道の前に出ていた。肉屋のとばりも降りていた。よく使った文具屋も人はいない。クローズの立て札と閉じられたカーテン。そのうちいくつかに強引にこじ開けたような丸いふくらみがあった。
この道、商店街アーケードにはシルクの糸のような真昼の陽だけが控えめに注がれていた。何屋の人かは知らないが、向こうの、この商店街の一角でじいちゃんだけが何だか寂しげにイスに座ってこれを見ていた。
まだ息も上がってなかった。気管もだいじょうぶそうだった。車のバッテリーが上がってしまうようなああいう状態にはまだなかった。だから一息にここを抜けてしまう。
通りのアーケードを抜けると嫌な雲が空を覆っていた。ただでさえナーバスな状況なのにそういうのは止してもらいたい。
商店街を抜けた景観は普通の道だった。コンビニやガソリンスタンドやファミリーレストランがあるような、どこの地域でも見るような変わり映えしない町並みがあった。接続の県道に向かって走るがそれも早いほうがいい。
彼が出会う物語は何もなかった。音も臭いもなく迫る“時間”と“おそろおぞましいアレ”にただ立ち向かってゆくしかなかった。
持ってきたのはサイフとケータイと腕時計くらいで、あとは着の身着のまま家を飛び出してきた。服はオシャレなものだったら映えもするがただのジャージである。作業着変わりのジャージで、選ばずにそのまま出てきた。しかしその分動きやすい。傍から見ると健康を意識してランニングしてるただの青年ということになるかもしれない。
うつり変わる風景。いつもの見慣れた風景をこんなに急ぎ足で通り過ぎるなんて、今までなかった。春先のちょっと冷たい外気に、あらい呼吸で白い蒸気を作る。
「足、つりそうだし。それにちょっちぃキツくなってきてるかも?」
自分に問いかけた。答える声はない。
減らない口だけ一人前で本業は半人前。牛数頭の管理さえおぼつかない。
自信だけはあった。過剰なくらいあった。根拠も理屈も無いまるでおかしな自信だけが彼にはあった。それがたまらないくらいの活力となって今の彼を突き動かしている。
「もうちょっとできるでしょ? タツさん」
走りながら自分に余計なことを言う。呟く。母親が子どもにがんばりを促すみたいな口調を模して、妙な自己暗示をかける。
街はただれた。海側は津波が全部持っていった。奪っていった。時間と感覚は止まり、空には暗雲立ち込める。ところどころから精魂は抜け出て、残骸だけが置き去りにされた。
ここは俺が治してやるんだ。彼はそんな食えない想いをいくつも持っていた。俺が街の一つ一つを拾って……、またプラモデルみたいにくっつけて治してやるんだ。そうして数時間後にそれらを思い出して、笑うしかないくらい滑稽な気持ちに襲われるのであった。
あと12分。猶予はそのくらいだった。
いきり立って、車なんてたまにしか走りっこない車道に飛び出て、ひたすら駆けた。ちょっと不思議な感じを覚える。メロスにでもなった気だ。見慣れたファミレスとか、入ったことないメガネ屋とか、割とオシャレな洋服屋とか、時々使う100円ショップとか、そういう思い出を一個一個通過してゆく。たまに落ちてる街の欠片は、めったに通る車にふんづけられて道脇にはじかれていた。それらを端目に失礼してまた通りを過ぎてゆく。ハンバーガーなんて食ってる場合じゃないし、ネオンなんて光りっこない。静かに眠りきった街に足跡を付けて、ひたすら息を吸って、吐いて。街の生活のひとつひとつをかなぐり捨てて……。がむしゃらにあがく彼の肌にはちょっと冷たい小雨の感じがあたっていた。
笑えない。笑うしかない。
坂通りを下って、ショートカット。こうすれば早く県道に出る。慣れた彼には朝飯前。
クンシャン駅に行くんだ。クンシャン駅まで行くんだ。行って、ケイたちを探し当てて言ってやるんだ。何を言うかまだ決まってないが何か言ってやるんだ。そうして笑顔で別れてやるんだ……。そういう勢いだけの決意が彼にはあった。
「っ…あっ……あいつ、何て……言うかな?」
だんだん息が詰まり始め苦しくなってくる。気管も、のども、渇いてきてひぃひぃ言い始めている。ちょっと熱いような痰も昇ってくる。つらい。彼はそう感じた。
ばかタツ!
ケイはきっとそう言うかもしれない。反抗期は過ぎたけどいまだ素直じゃない妹。かわいげもない。嫁の貰い手にも心配なくらいだ。
兄妹の間にはもことした壁があった。最近の二人には妙なしこりがあった。年頃のデリケートな時期の二人。気難しい思春期の中にいる兄妹。お互いもわずかばかりにそのそごを感じ取っていた。妙な覚えの違和感。噛み合わない距離感。ジレンマ……。せめて別れる前にそれだけは絶ち切ってしまおうと思った。
そういう思いとともに、彼はつまらない雨を浴びながら、平凡な道並を抜けた。曲がり角にはコンビニがある。やってない。ちょっと行った先にスーパーがある。明かりはついてない。おどる自主休業の文字。
まるで彼らは置き去りにされたかもしれない。飼い犬は放たれて群れなし、アスファルトの道を行く馬を見たという話も聞く。くずれた道に差し込む斜陽。顔をのぞかす黄昏の気。またすべてが後ろ向きに衰退してゆく気がした。
ここのモノは売れない。
父はそう言った。ここの地名がこれほどまでの足枷となろうとは……。郷土への愛着と風評被害。一次産業の従事者はとても悩ましい板ばさみに襲われる。
獲れても、廃棄。魚はいる。野菜はある。でも、採っても、獲っても、売れない。店に並んだとしても、この時期にここ産のものを好んで買う消費者はまず少ない。牛はいる。しかし、牛乳にいたっては出荷制限である。モノはある。だけれども廃棄されてここの産業もろとも腐ってゆく。そんなのってない。畳まなければね……、と諦める人もいる。そうして補償金だけが残る。
悔しいじゃないかッ! やってられないじゃないじゃないかッ! 一人の酪農家の息子はそう思う。地元民の心はもう耐えられないところまですさんでいた。
走る足も、降ってくる虚しい雨を思い切り踏んづけてしぶきを散らした。ようやく一人のランナーは県道に沿って、駅前通りのはしっこの部分に差しかかる。
ここはまだネオンも繁華も元気そうだった。通りかかったそば屋もかろうじて『営業中』の立て札を掲げていた。通りの外れにある百貨店も、控え目ではあるが多少の賑わいがあった。しかし所々に漂う自粛の感じがひっそりと、人々の傷心を表しているかのようだった。
残りは8分。まだ間に合う気がした。少なくとも彼はそう思っていた。
「……オレの進路ふさぐモンは全部どけぇッ! こちとらお急ぎなんだよぉッ! 家族が……家族が行っちまうんだッ!」
彼は吠えた。声も何だかクリアに通った。いや、気合で通した。すっかり強くなった雨を一身に受けて、もうもうと向こうに見えるクンシャン駅を目指して彼は走った。
雨に埋もれて、雨にまみれて。彼はひたすら走る。街路樹には季節らしく桜が咲いているのが見えた。まだ、つぼみ。こじんまりと咲いているくらいだが、それでもしっかりと芽を出していた。雨の中、桜は確かに咲いていた。
なんだ……、もう、春か。
彼はそう思った。そしてまた、力いっぱい走った。
「負けて……たまっかッ!!」
バイクを一速ギアチェンジするみたいに、疲れた身体にムチ打って、さらにピッチを上げる。
何に負けるのか? 言った本人ですら、明確には答えられずにいた。ただ、戦うというよりかは、負けたくない何かが、彼らのすぐ後ろにいるような気がしてならなかった。
だから、負けない。彼は負けない。少なくともそうならないように努め続ける。
雨が上がったら、もうすぐ……、もうすぐ、あったかい春が来る。
いや、もう小春は来ていた。けれど、まだちょっとだけ足りないと思った。だから彼はさらなる春の到来を待っている。
桜たちは彼を少し勇気付けたのかもしれない。そうでなくとも、何だかいきり立つようなやる気を起こさせたのは確かである。彼だってそうだったんだから、きっと他の人たちにとってもそうなのだろう。
ふっと一息。
雨がサクラに変わっていた。風が吹くのにあわせて、花びらが舞う。風に乗って花びらが舞う。渦巻きの木枯らしみたいな吹雪につつまれた。淡い白色の粒みたいなのが不規則に散る。ぱらぱらと行きかう。雨上がりのもわっとした空気のその先に、ひらひらと舞う桜のスコールはあった。ゆらゆら揺れる白色のかげろう。一身に浴びる桜色の風情。
だいじょうぶ。変われる……。
疲弊にムチ打ち走り続ける。転んでも立つ。いきり立つタツ。激情につぐ激情。これほどまでの感情を彼は今までの生涯で抱えたことはなかった。何かを掴み取るために走っているのか、いくらかの衝動が胸にあって走っているのかは分からない。分からないが、足は走るのをやめない。
予定をかえる。運命を何とかねじまげてやろうと精一杯だった。
足を前に進めて、また一歩。一歩。大き目の歩幅に、スピードを託して。一等馬のような気分で。クンシャン駅に差し込む。
黄土色。ベージュ。グレー。暗い寒色のタイルを乱暴にふんずけ、いつもより静かなバスターミナルも華麗にスルー、スピードを落とさずに正面口から彼は入ってやった。人は少ない。しかし、全速で駆けてゆく彼の姿はちょっと不恰好だった。何もそこまで急がなくても、なんて冷笑もあったかもかもしれない。
ひきずる雨の足枷。じゃまくさい。靴底のゴムとコンクリートタイルのあつれきで、キュッ、キュッと変な音が鳴る。
「なんて生意気な音かッ! 人様が雨と汗にまみれて走っつるっちゅーにッ!!」
キレた。ただ、ペースは落とさない。そのまま激走で構内に足を踏み入れる。いや、身体ごと突っ込むような感じだったかもしれない。なかば捨て鉢だった。日ごろの運動不足が祟ってか疲労もかなりきている。
駅の中。驚くべきほど閑散とした駅の中。重くのしかかる鉄っぽい感じと神経質な薬剤のにおいが絡み合った雰囲気。アナウンスの声だけがこだま気味に通り過ぎてゆく。
「あいつら……、どっこにいるんかなぁ?」
特に思うはケイのこと。どうにかせねばと考えてる。何とかしなくちゃいけない。あいつが行ってしまう前に。
「とりあえず、電話」
走りながら器用に携帯を取り出してみせる。そして、かけた。
「あっ、……ケイか?」
繋がった。
「あぁー、タツ兄ぃっ?」
電話口から妹の声が聞こえる。
「お前、今どこにいんの?」
「どこって……。今からもう行くよ? トンペ新幹線の8番口のトコ」
「分かった。そのまま待ってろ」
「えっ? ちょっ、タツ兄。来るの? 来るのか? もう新幹線来ちゃうよ?」
「じゃっ、待ってろ」
「って、聞けよっ!!」
それが聞き取れるかどうかのところで切った。
ある種、神経質だった。
二度と戻ってこない気さえしていたから。
取り戻せない気がしていたから。
思い出さえ。
過去さえ。
家族で紡いだ記憶さえ。
時間をかけて育んだ温もりさえ。
ただ1つの大きな地震で……。
たった、一つの津波で……。
僕らはやられてしまった。
だから、サヨナラの挨拶をするんだ。
泡。あぶく。残骸と、すぐに消えてしまうような泡沫だけが陸に残った。そして希望とともにまたたくまに弾けて消え去った。一瞬で。
海の底にも都はあるのよ?
自壊する時にそんなのを言ってた。
ではこんなのはどうか?
陸の上に昔、街があった。
ちょっと前まで、夜はヒカリに満たされた。
だが、ある日。
お盆がひっくり返ったみたいに逆さになった。
真っ逆さま、だ。
おまけに余計なモノまでぶちまけられてしまった。
皆、悲しみに暮れた。だいぶ派手にやられたから。
いったい復興はどうなるのだろう?
建て直しはあるのだろうか?
未来はまだ来てない、ここにはまだ。
時計はまだ止まったまま。
……。
土地とともに滅べと言うのか?
急に、そんな言葉が、走る彼の頭をかすめて……。
泥だらけの無力感の洪水に襲われて、喪失感の真っ暗闇の中に閉じ込められて、ちょっとだけ走るのをやめたくなった。
しかし、すぐに自分を取り戻した。
冗談じゃなかった。
「元に戻せって。やってみろ、タツ!!」
覆水盆に返らず。その言葉はあまりにも教育的すぎた。時間はもとには戻らない。何ものにも代えがたい虚脱心だけがここフットウの地にはあった。
許容しがたい。気が付けば、許容すらしがたい嘔吐的な運命だけが無残にも足元に浸っていた。ぐにゃりと足を取られる感触に酔いしれる時間すらない。もうすぐに電車は行ってしまう。
幻影?
もしかして彼が追っているものはそうなのかもしれない。それを追い続けることを自己陶酔とも言う。
ただ、それで構わなかった。誰にそう言われても平気だった。自己陶酔も、自己満足も、とりあえず無いよりはマシだった。何かの役に立つんかなぁと思いつつもとりあえずそれをこしらえていたかった。それも着飾るならとびっきりいかしたやつを。
自動券売機で急いで新幹線乗り場の入場券を買う。
時間は4分前。何とか、間に合いそうだった。
自動改札に突っ込むぐらいのスピードで新幹線ホームに入り込む。
東北新幹線の8番口。
そこにケイはいた。妹はいた。
家族はタツの到来に驚きつつもまた、荷を整え、新幹線に乗り込む準備をする。ばぁちゃんやじいちゃん、母親たちとは3つ4つ『しっかりやるから』と会話を済ませて、ケイのもとに近づいた。
「おいっ、ケイ!!」
「タツ兄ぃっ!!」
ケイは驚いた表情をしてこちらに寄ってくる。
「ここさ、もう……ダメなんだってさ」
泣きながら、ケイは言った。
「ホウシャセンに、汚されちゃったんだって……」
ホウシャセン、なんて授業で習ってないはずだが、連日騒ぎ立てるニュースのおかげですっかり知識も板についたらしい。そして、郷愁が傷つけられてゆく、耐えられない心の痛みに彼女は一筋の涙を流した。
「ウチ、ラクノウだけど、もう、おしまいなんだって」
まだまだ子どもの14歳の中学生の少女には、全てを背負うには荷が重すぎた。
「もう……やってられないよね」
ケイは泣かされた。地震と津波と放射性物質に、泣かされた。
「ケイ……、お前」
「あんまりだよねっ……」
しんみりとした表情でケイは言う。
「タツ兄ぃも、一緒に来る?」
ケイのその言葉がタツの心を迷わせたが、彼は踏ん切りをつけて一言。
「いや、俺はまだ残る。ここにな」
ケイの誘いを断った。
「それに……まだダメになんかなってない。この土地はまだ、ダメになんかなってねーんだっ!!」
そう言って、タツはここに来る時に通った桜並木を思い出した。
「桜はまた咲く。来年もこの地に桜は咲く。再来年も……、その次も。百年後も千年後も万年後も桜は咲き続ける。この土地に……、この土壌にだッ! 万年桜なんて、俺たちより放射性物質よりずっとずっとずーーっと長生きだぞッ!! 一万回の春を迎えるんだぜ!? 一万回桜の花を咲かせるんだ!! 一回くらい冬が長くったってぜんっぜんこたえないねッ!!」
兄は言った。
「……ばぁーーーかっ。キセキとか万年桜とか……ハズい兄がいると……帰って……来づらくなる……だろ」
妹は言った。あふれ出る涙を精一杯こらえて。
「それでいい。この土地は、タツ様にまかしとけ。んーで、お前みてぇーーなんは、とっとと嫁に行っちまえ」
憎々しげな表情を前面に浮かべて兄は言う。兄流の照れ隠しである。
「……へへーっ。……言ったなーっ? 楽しみにしてろよーーっ……。お前みたいな……バカよりさっ……よっぽど利口な男……、捕まえてくるからっ」
「同情してやんよっ。鬼嫁の尻に敷かれるその利口な男とやらに。牛でも捕まえた方がまだマシだったって」
「……ばかタツ!!」
そんな会話をしながら、ケイは新幹線の乗車口から乗り込んだ。ホームと新幹線。可動式の扉一枚、境界線を挟んで、二人は相対した。
――間もなく、5番線から東北新幹線、東京行きが発車いたします――
アナウンスは兄妹の時間の終わりを伝える。
「はや帰って来いッ! 福島に! 見せてやるよ、俺らが起こした奇跡を!」
発車ベルに押し負けないくらいの声量で言った。
「……そういうの……こっ恥ずかしいから……止めろって……言ってるんだよっ……ばかタツ!」
その言葉を聞いた瞬間、ドアが閉まって、二人の間に壁ができた。そして新幹線は東京に向け、動き出す。
自らの使命を終えた彼の足からは力が抜け、するすると身体が地面にくだっていった。普段の運動不足がたたったかその場にぐったりとへたりこむ。
直後、家族を乗せた新幹線は行った。
タツはコンクリートの地面に座りながら、小さくなってゆく新幹線を見た。
「またいつか帰って来い、フットウに。俺様もいることだしな」
去り行く家族の方を見てぽつりと一言、そう呟いた。




