女子中学生探偵橘は何も分かってない。
話が思いついたら続けたいのでプロローグとさせていただきます。
◇土曜日。
夏のじりじりとした日差しが照りつける町中。
こんな時期にも関わらず、橘が黒い長袖のスウェットしか着ないことを訝しんだのは、彼女の妹、チビちゃん。中学一年生。姉の橘は三年生である。
二人の顔立ちは遺伝的に類似しているものの、橘は柔和な表情で、チンケだが花に例えるとひまわりやらたんぽぽに類する無害そのもの。チビは、花に例えると途端に難しい。
虫なら容易く、スズメバチのように鋭い顔つきをしていると言えよう。
「……お姉ちゃん。なんでそんなくっそ暑苦しい格好してんのよ。見てらんないわ」
橘は汗を流すチビを横目に、顎に人差し指を当てて、脳に眠る引き出しを開けて正しい知識を引き出す。
「んー。深部圧刺激っていうんだけど、ある一定の圧力を受け続けると人間って安心できるの。」
「へー。それって、抱きしめられたらオキシトシンってホルモンが出るのと一緒の理屈?」
「まあそうだね」
「……それって、お姉ちゃん。誰かに抱きしめられたくて仕方がないんじゃないの?」
まさかの長袖を着る理由が、慢性的な愛情不足に帰結するとは思ってなかったらしい彼女は、途端に手をあたふたとする。
「な、なにそれ! 私が欲求不満女だって事!?」
「……その可能性、無きにしもあらず……」
感心する橘は今度はパぁーと明るい表情。これが彼女を春やら夏に咲く花に例えやすい由縁である。
「チビちゃんすごいねー。また謎を一つ解決しちゃったよ」
「……いやそれ謎って言わないんじゃない?」
一つの事象について疑問に思うことを謎と言うのであれば、別に橘は単に『着心地がいいから』という理由で着ていただけなので、謎とは言えない。
このように、彼女たちのやり取りはいつも平和で他愛ない。
日常の暗がりに潜んでいたしょうもない、謎にもならないものを謎として反転させ、先程のチビのように解決する。
あ、申し遅れました。
私、神です。以降、お見知りおきを。
私、神の視点で彼女たちを見守っています。
何故か目が離せないんです。世界が戦乱に巻き込まれようとも、何処かの誰かが神に祈りを捧げようとも、私を崇拝しようとも。
それらの救済を願う祈祷よりも、何故か彼女達を目で追ってしまう事を優先してしまうんです。何故か気になるんです。彼女たちのことが。
まあそんな感じで進行していきますので。これから長い付き合いになるかと思いますが、どうぞよろしくお願いしますね。
カメラを二人に戻す。
二人が初っ端から謎を解いた所で、また誘うは新たな謎。
とある掲示板の前で、橘は足を止める。
遅れてチビが「どしたの?」と言い、足を止める。
「 迷い猫の貼り紙だよ! 見てみて!」
「あら本当ね。こんな貼り紙、人生で初めて見たわよ」
町内のやれカフェ会だ、やれ手編み会だといった地域に根付いた告知の中に、紛れ込んだ『猫ちゃんを探しています』という記事が、雑にセロハンテープに、貼り付けにされ掲載されている。
「他の記事は、画鋲でちゃんとぶっ刺してんのに。変ね。これね」
「そうだねー」
一昔前なら頻繁に見かけたこのような張り紙も、SNSのほうが拡散力があるということであまり見かけなくはなった。
だが、いなくなった動物は見失った位置から半径幾らかの位置にいると考えるのが妥当である。かくして、この様なアナログな手法は現在も変わらず理にかなっていると言えよう。
「えー。どれどれ……」
隣に立つ妹のちびが、じっとその紙を見つめて内容を読み上げる。
「名前はミケ。三日前からいなくなっています。七歳くらい、痩せ型でほんわかした性格。狭いところが好き……」
そこまでは普通の迷い猫の特徴だったが、続く文章はひどく奇妙なものだった。
「好きな食べ物は私の作った猫用クッキーとキャットフード。それ以外は好んで食べません。鳴き声は『ぬわあーん』……そんな猫いる?」
「変な猫ちゃんだね」と、橘が首を傾げると、「でも分かりやすい特徴だ。」と、手掛かりとして即座に手札に加える。
連絡先には捨てアドレスのような不自然な文字列が記されていた。このご時世、普段使いのアドレスなどこんな公衆の面前に載せないだろうと納得する。
「どうする? 暇だからやってみる?」とチビ。
「そうだね。それに、困ってる人を見過ごせないよ。」と橘。
「お姉ちゃんならそう言うと思ったわ。んじゃあ早速連絡を取ってみましょう」
念の為、二人はメールの文言に『白鳥学園の生徒である』事を記載。県内有数の進学校の生徒であることを明示する、即齢10代前半にも関わらず社会的に信用できる人間であるという証明。
「よし。これなら会ってくれそうだね!」
「そうね。ミケちゃんを見つけてもないのに会おうなんて、普通不審だし
。」
送信。すると分でくる返事。
そこには丁寧な文章と、家の住所。
「相当困ってるんだね、とっても返事が早かったよ!」
「そうね。こういうのって警察とかも対応してらんないだろうし。相談に乗ってあげるだけでも大分助かるんじゃないのかしら」
「確かに! 話聞くだけでも聞きに行ってあげよう!」
優しさから起因するおせっかい。これが私を魅了する理由、というわけではない。
◇
貼り紙の主の家を訪ねる二人。
家はご立派な二階建て。新築ではなさそう。精々10年ほどの月日が経過しているといったところだろうか。
門扉には『飯田』の名前があり、メールの通りなら、ここがミケちゃんの飼い主の家になるはず。
ガラリと開いた扉の奥からふくよかな四十代ほどの女性――少々元気のない様子のおばちゃんが顔を出した。
「あらいらっしゃい。」
彼女は橘の顔を見るなり、「あら! 橘ちゃんとチビちゃんじゃない! あの有名な白鳥学園の!」と手を叩いて喜ぶ。
「あら、知ってんのね。私たちのこと」
「勿論よ! あなた達地方のニュースにも出てたりしてるじゃない!」
橘は科学オリンピックでの上位入賞。地域の歴史や特産品に関する独自の探究学習、論文発表等など、類まれな知能を活かした活動が評され、チビは異常な身体能力を活かしたスポーツ面での評価を得ている。
天才姉妹としてめちゃくちゃ有名なのだ。
それに加えて邪な気もなく、整った顔立ちを二人ともしているので皆に愛されている。良くも悪くも、注目を浴びない訳がないと。
「ささ。歓迎するわ。どうぞこちらに」
玄関、短い廊下、通された居間等に特に不審な点はなく、精々清潔に保たれているといった普遍的な特徴があるだけ。
長方形のダイニングテーブルには4人掛けの椅子が。
座り、二人は冷たいお茶をいただきながら話を聞くことになった。
「いなくなったと気づいたのはいつ?」
橘の問いに、おばちゃんは悲痛な顔を作る。
「三日前の朝よ。いつもは朝ご飯を食べに降りてくるのに、名前を呼んでも来なくて。寝てるのかなって思って、寝坊したらいけないから起こしに行ったときにはもう……」
「……いなかったんだね」
「そうなの。」
「誰かに相談とかは?」
「何人かにはした。でも、相談した所で手伝ってくれるわけではなかった。精々私の不安を和らげるような言葉を投げかけるばかり。だから、もう自分で行動しなきゃと思って貼り紙を出してみたの」
「それで、今まで目撃情報は?」
首を横に振るおばちゃん。
「まあ見つかるはずが無いよね。だって最近貼ったんでしょ? あの貼り紙」
「……あの掲示板を、日常的に見ていたから分かったの?」
それならすぐに分かる。しかし「ううん。普段はあんまり通らない道なんだ」と否定する橘。
「多分、いても立ってもいられなくなって貼り紙をしたんでしょ? 普通、あの手の掲示板って町内会長の許可とかが必要なんだ」
「……そうなの……?」
おばちゃんは知らなかった様子。
「うん。だけど、まだ剥がされてないってことは、掲示板の管理者がまだ見つけてないってことなのかなーって。」
「……なるほど」
おばさんに続いてチビまでもが顎に手をあて、考え込み「さすが橘ちゃん」だの「さすがお姉ちゃん」だのと感嘆とする。
「だからこその貼り紙なのね。誰でもいいから、とにかく助けてほしいと」
「そうなのよ……こんなに暑い夏の日だし。もう心配で心配で…」
「どこかよく回る徘徊ルートとかってないの?」
「それなら…心当たりがあるのはA公園とか…あとは裏山とかも…あとは…このルートもだね。」
「んー…」
橘。ここまで情報が出揃うと、彼女なりにやるべきことは整理されたらしい。
地図アプリを開き、机の上に皆が見えるように置いて表示。
ミケちゃんが徘徊されるであろうルートを指さしながら、次にやることを示唆する。
「やみくもに探し回ってもそもそも見つかるとは限らないし… 見つかったとしてもミケちゃんを捕まえられるとは限らない。
そして三日間見つかっていない…のであれば今はお腹すかせてるかもね。」
「おばさんの手作りクッキー。仕掛けてみよう。」
◇裏山っぽいところに移動。
「こんなくっそ暑い中、闇雲に探すよりかはマシそうね。おばさんの家に置いてあったこの餌箱を仕掛けるなら、納得よ、私も」
濃い緑の葉が重なり合い、蝉の声が幾重にもこだましていると、心配すべきは虫問題。その対策のために包みに入れたクッキーを置けば、今度はミケちゃんが開けられず、その場にいつかなくなるかもしれない。
そこでおばちゃんが提案したのは、普段使用しているらしいフットペダル式の給餌器。実際に実演してみる。
「足を乗っけて体重をかけるとディスペンサーが開く仕組みになってるの。ほら」
とペダルに足を乗っけると、いとも容易く給餌され、備えていた受け皿に溜まっていく。
「あら便利ね」とチビ、そのまま鼻をクンクンさせ、
「めっちゃいい匂いもするわね。これミント?」と疑問を投げかける。
「そうだよ、おばちゃんが精油を用意したの」
「へー。ミントって確か忌避効果があるのよね?」
「うん。虫が寄ってこない。他にも柑橘類も入ってるんだって」
「逆に人間が寄ってきたりしてね。女とかアロマデフューザーの匂いとか大好きじゃない。」
「確かに、人間に見つかる可能性もあるけど……人通りのない裏山に置いておくし、それに複数仕掛けておこう。これなら見つかっても問題なし。」
ペットショップで皆で購入した餌箱を見せつける。
「それで四六時中見張るのは無理だけど…おばちゃんが持ってた充電式のカメラを仕掛けておけば、ミケちゃんがだいたい何時ころに来るかをいずれ特定できるようになる。」
小型のカメラを適当な茂みに仕掛け終えた橘が、淡々とした口調で口を開く。
「ご飯を食べにくる習慣をつけさせて。最終的にどこかのタイミングで現行犯逮捕しちゃえばいい」
「それにほかの動物は多分この餌箱を見ても中にご飯が入ってるとは思わないはず……ミケちゃんだけ。わかるのは」
橘の推測に、チビも特殊なフットペダル式の給餌器を見下ろして得心がいったように頷く。
「これならいずれ捕まえることもできるわね!」
「本当にありがとう……二人とも……」
おばちゃんは安堵したように息を吐き、縋るような声音で姉妹に深く頭を下げた。
「じゃあ、私が定期的に回収しとくから」
カメラの設置具合を最終確認し、橘はパンパンと膝の土を払いながら立ち上がる。
「さあ、今日はこれくらいにして。帰ろうか。映らなかったらポイントを転々と変えてね。
探偵としての本日の業務を終えた彼女は、あっけらかんとそう締めくくった。
◆
その夜。
裏山の暗闇の中でカメラが捉えたのは、ひどくやせ細り、フラフラと歩いてきた一人の男の子。
「ぬわあーん……」
男の子は猫のような奇妙なうめき声を上げ、餌箱の中にあるクッキーに貪り食うように食らいつく。直後、彼は苦しそうに喉を掻きむしり、そのまま白目を剥いて意識を失い倒れ込んだ。
そこへ見計らったように一人の女がゆっくりと歩み寄り、無言でカメラを拾い上げた。
◇
数日後、橘のスマートフォンにおばちゃんから電話が入る。
「ミケちゃん見つかったの?! よかったねー……えっ……」
「……死んじゃったんだ。……衰弱してそのまま……。そうなんだね」
橘の声がみるみる沈んでいく。
「……なら、おばちゃんが看取ってあげないとね。……いやいや! そんな無粋なことはできないよ。大事にしてあげて……」
電話を切った橘は、ひどく悲しそうな顔でちびに「ミケちゃん、見つかったんだけど……一応ね」と告げた。ちびもすべてを察し、残念そうに目を伏せる。
「そうなんだ……。まあ、でも――」
「見つかったんならよかったじゃない!」
後日。おばさんの家の庭に、人間が一人埋まるほどの真新しい土の山ができた。
私は神の視点から、その光景をただ静かに見下ろしている。
彼女たちはまだ気づいていない。あの土の下で、首輪をつけられた『ミケ』が、四肢を折られながらもまだ微かに「ぬわぁーん」と息も絶え絶えに鳴き続けていることに。
そして、おばさんが次の張り紙を、掲示板に張り出したことも。
『新しい猫ちゃんを探しています。十三歳くらい、黒髪のボブカットが似合う、少し鋭い顔つきの女の子です』




