第3章:十勝移動編――「鉄のソリ」と、黄金のバトン
三日目、舞台は阿寒の森を抜け、十勝平野の「地平線の暴力」へ。
そこで出会ったのは、トラクターの故障に立ち尽くす眼鏡の少年、八軒勇吾。
彼に導かれた「エゾノー」の正門、そしてばんえい競馬の巨大な鼓動。
聖地巡礼の感動に身を任せた結果、私の財布はついに「宿泊拒否」という最後通牒を突きつけました。
【10:00:オンネトー:五感の彩り】
三日目の朝、阿寒湖の深い緑を背に、ヴィッツは国道二四一号線を西へとひた走っていた。
原生林の懐深く、私たちはその湖に立ち寄った。車を降りた瞬間、肺の奥まで届くのは、摩周湖の乾いた空気とは正反対の**「濃密な森の呼吸」**だ。
「サトウ、この湖を見ろ。水の中に空の欠片が落ちたような色だ。……ここは、森と水が混ざり合って生きている」
アシㇼパが、倒木の上に軽やかに飛び乗り、水面を覗き込む。そこにはエメラルドグリーンからコバルトブルーへと表情を変える「変幻する青」があった。
「佐藤様、現在の水温と酸性度を確認。……この色は光のいたずらですが、あなたの網膜には、どんな高価な絵画よりも鮮烈に焼き付いているようですね。……ですが、あまり長居はできません。ここから先は、あなたの常識を破壊する『空の暴力』が待っていますから」
【12:00:地平線の爆発と八軒との遭遇】
視界を遮っていた木々が、ある一線を境に一斉に左右へ退いた。
「……っ!?」
思わずブレーキを踏みそうになった。そこに広がっていたのは、視界の三六〇度、その八割を占める圧倒的な「空」だった。
その一本道の傍ら、巨大な赤いトラクターの横で、途方に暮れる眼鏡の少年――八軒勇吾の姿があった。彼は溺れる者が藁をも掴む勢いで駆け寄ってきた。
「あの! すみません、スマホの電波が入らなくて……! 学校に連絡したいんですけど、電話を貸していただけませんか!?」
「佐藤様。貸して差し上げなさい。……ただし、通話料は一分単位で佐藤様の小遣いから天引きします」
電話を切った八軒くんが、申し訳なさそうに頭を下げる。
「……本当にすみません。ここから二、三十分くらいの農業高校まで、乗せていってもらえませんか?」
「サトウ、乗せてやれ。……この少年の目は、昨日までの貴様に似ている。自分の居場所を探している……そんな目だ。行こう、サトウ。こいつの『戦場』を見てみたい」
【13:30:聖地への門と命の重み】
白樺の並木道が現れた瞬間、車内に不思議な静寂が訪れた。
「……あ、ここだ。アニメ第1話で、八軒くんが迷い込んだ、あの入り口だ」
「佐藤様、おめでとうございます。大蝦夷農業高校のモデル、帯広農業高校の正門です。聖地巡礼ログ、保存完了です」
八軒は車を降り、実習へと戻っていった。数時間後、戻ってきた彼の手には、ずっしりと重い紙袋があった。
「これ、さっきのお礼です。僕らが一から豚を育てて……ようやく形にした『燻製ベーコン』です。佐藤さん、これ、ただの肉じゃないんです。僕にとっては、ここで生きた証みたいなもので……」
受け取った袋の熱と重み。それは一万円の遊覧船では得られなかった「命の質量」だった。
【16:45:ばんえいの鼓動とアシㇼパの咆哮】
「お礼にもう一つ、面白いもの見せます!」
八軒に案内された帯広競馬場。ゲートが開いた瞬間、大地が悲鳴を上げた。
「ズ、ズンッ……!!」
一トンを超えるばん馬の巨体。鉄のソリが砂を噛む重低音。
「サトウ……! 見ろ、あの馬の筋肉を! あいつらの心臓が止まらない限り道は拓ける。……行けっ! 止まるな! 叩きつけろ、その命を!!」
アシㇼパが、最前列の柵を掴み、身を乗り出して叫ぶ。馬の首筋が夕陽を浴びて黄金色に燃えた。
「サトウ。これだけの力が、この先も繋がっていくのなら、もう何も心配はない。……ヒンナ(感謝)だな、この景色に出会えたことに」
彼女が私を振り返り、ニカッと笑った。その瞬間、強烈な逆光が私の視界を真っ白に染めた。光が収まったとき、私の隣には、興奮している八軒くんだけが立っていた。
【20:00:結び・冷子の無慈悲な決算報告会】
帯広の冷たい夜気。ヴィッツの狭い車内で、私は寝袋を喉元まで引き上げていた。
「……佐藤様。静寂を楽しみ中、失礼します。中間決算の時間です」
冷子の声が、凍てつく車内に響く。画面には、本日の「情緒過多」による代償が並んでいた。
【冷子の最終決算報告:第3回】
通信料天引き(八軒への貸出):¥120
昼食:¥480
ばんえい競馬入場料&木彫りストラップ:¥800
八軒への差し入れ(エナドリ等):¥1,500
温泉代(銭湯):¥480
ガソリン代:¥2,500
本日支出合計:¥5,880
「……わかってるよ、冷子。予算だろ?」
「はい。あなたは最高のベーコンを『タダ』で得た瞬間、思考停止に陥りました。競馬場で情緒的な散財を重ねた結果、宿泊費に回すべき資金が消え、この車中泊が確定しました。これは佐藤様による計画的な『野宿という名の自爆』です」
「……ぐっ。……でも、八軒くん、嬉しそうだったろ?」
「人助けの美談で銀行残高の赤字は埋まりません。……ですが。あの馬たちの筋肉の震え、そしてアシㇼパ様が残していった『熱量』。それを記録するバックアップ代としては、五千円のホテル代を犠牲にする価値はあったかもしれませんね」
ダッシュボードの上では、今日買った小さな木彫りのばん馬が、静かに私を見守っていた。
「……おやすみ、冷子」
「おやすみなさい、佐藤様。明日は午前五時起床。……最高のピザへのカウントダウン開始です」
窓の外では、十勝の広大な夜空が広がっていた。車内は寒いが、昼間に受け取ったベーコンの重みが、まだ掌に残っているような気がした。
冷子の「旅のしおり」:十勝移動編
【レンタカー・移動ログ】
08:30 阿寒湖温泉 発 ~ 10:00 オンネトー 着
10:00 ~ 11:00 オンネトー(散策・情緒摂取)
11:00 オンネトー 発 ~ 12:00 足寄付近(八軒勇吾と遭遇)
13:30 帯広農業高校 正門 着(実習見学・ベーコン受領)
16:45 ~ 18:30 帯広競馬場(ばんえい競馬観戦)
20:00 帯広市内 着(予算枯渇につき、車中泊確定)
【公共交通・推奨案】
阿寒湖から帯広へは、都市間バス「まりもエクスプレス帯広号」等が運行されています(要予約)。
帯広駅から帯広農業高校へは、十勝バス(広尾線等)で約25分。「帯広農業高校前」下車。
ばんえい競馬場へは駅からバスで約10分、徒歩でも約20分。
なお、公共交通利用の方は健康維持のため、車中泊ではなく駅前のビジネスホテル確保を強く推奨します。
ついに宿代すらケチり始め、車中泊に突入しました。
しかし、八軒くんから貰ったあのベーコンは、何物にも代えがたい「旅の勲章」です。
「佐藤、風邪引くなよ!」と思ってくださった方は、ぜひ 【下の☆☆☆☆☆】 で評価をいただけると、寝袋の中の温度が1度上がるかもしれません!
次回、第4章は「十勝の咆哮」。ついにあの石窯ピザを食らいます。
そして佐藤の幸福指数が限界突破!? お楽しみに!




