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第10章:函館完結編・上「聖地の残照、そして不屈の行軍」

 昨夜、函館山で涙の別れを告げたはずの新選組副長。

 しかし、旅の神様あるいはバグは、そう簡単に彼を帰してはくれませんでした。

 

 有給休暇、最後の一日。

 宝石のような朝市を堪能し、海へ続く八幡坂、そして黄金に輝く公会堂へ。

 そこで待っていたのは、一五〇年の時を超えた、まさかの「ファンサービス」でした。


【08:00:函館市内・ホテルのロビー】

 

 昨夜の函館山での別れ。あの涙と、あの感動的な言葉は何だったのか。

 俺は少し腫れた目でチェックアウトを済ませ、重いリュックを背負ってロビーのソファに目をやった。

 

 そこには、昨日と全く同じ、非の打ち所がない着こなしの軍服姿で、優雅に『函館新聞』を広げている男がいた。

 

「……遅かったな。空飛ぶ鳥(LCC)の刻限にはまだ早かろう?」

 

「……ひ、土方さん!? 消えたんじゃなかったんですか!? あの感動の別れは! 俺の涙を返してくださいよ!」

 

 土方さんは新聞から視線を上げると、ニヤリと不敵に笑った。

 

「ふん。あれは昨夜の函館山が、あまりに良い景色だったからな。つい役者が入りすぎた。……それに、まだ貴様の『LCCへの進軍』を見届けていない。あの窮屈な鳥の腹の中に、どうやってそのカレーの山を詰め込むのか、興味があってな」

 

「……佐藤様。解析不能ですが、これがこの旅の『仕様』のようです。土方氏はどうやら、貴方が函館の地を離れるその瞬間まで、バグとして居座るつもりのようですね。……ちなみに、今の土方氏の機嫌は、今朝のバイキングで『イカ刺し』を堪能した直後につき、最高潮です」

 

「冷子……お前、土方さんといつの間にそんなに仲良くなったんだよ。というか土方さん、今日は平日ですよ。普通なら俺は今頃、満員電車に揺られてる時間なんですから」

 

 俺がぼやくと、土方さんは新聞をパサリと閉じ、鋭い眼光で俺を射抜いた。

 

「平日、だと? ほう……ならば貴様、仕事はどうした。職務を放り出して、この北の大地を彷徨っているというのか?」

 

「……いやいや、なけなしの有給休暇を、今回の聖地巡礼のために全部注ぎ込んだんです! 今日がその、命よりも重い最後の休みですよ」

 

「有給……? 職務を免じられ、なおかつ賃金を得る、というやつか。……ふん、武士もののふには羨ましい仕組みだな。ならば、その貴重な最後の一日、最後まで付き合ってやろう。……まずは、あの『朝市』とやらで腹ごしらえだ」

 

「……よし、土方さん! それじゃあ最後、空港まで付き合ってください。俺の命がけのパッキングと、重量制限との戦いを見せてやりますよ!」

 

「ああ。……だがその前に、あの『ガラナ』とやらをもう一本買っておけ。空の上で喉が渇いては戦にならんからな」

 

 幕末の志士と、スマホの中の毒舌AI。奇妙な三人連れの旅は、いよいよ最終局面、函館空港へのラストランへと突入する。

 

 

【08:30:函館朝市・どんぶり横丁】

 

 活気に溢れる朝市の中心で、俺たちは宝石のような海鮮丼を前にしていた。

 

「……ほう。この『三色丼』。カニ、イクラ、ウニがこれほどまでに山盛りとは……。佐藤、貴様はこれを食って、明日から本当にもやしだけで生きるつもりか?」

 

「……明日からのことは言わないでください。……今はこの、口の中で弾けるイクラに全集中するんです」

 

「佐藤様、補足します。この贅沢な朝食代(二人分)で、もやしが約一五〇袋買えます。……幸せを噛みしめなさい。その一口が、来週の貴方の命を繋ぐ幻想となるのです」

 

 俺は震える手で箸を動かし、最後の一粒まで函館の海の幸を胃袋へ流し込んだ。

 さあ、あとは元町エリアを駆け抜け、空の戦場へ向かうだけだ。

 

「……佐藤様。了解しました。朝市の喧騒を抜け、いよいよ元町エリアの心臓部へと進軍ですね。……土方氏、覚悟はよろしいですか? ここからは貴方の強靭な足腰が試される『坂の洗礼』が始まりますよ」

 

 冷子のナビゲーションに従い、俺たちは市電「末広町」電停から、函館で最も有名なあの場所へと向かった。

 

 

【10:00:函館市元町・八幡坂】

 

 見上げるような急勾配。だが、頂上に着き、振り返った瞬間にその疲れは吹き飛んだ。

 

「……ほう。これは……。佐藤、この道は海まで繋がっているのか?」

 

 土方さんが、腰の刀を気にすることもなく、真っ直ぐに伸びる坂道の先を見つめていた。並木が額縁のように海を切り取り、その中央には函館港と、今は記念館となった摩周丸が静かに浮かんでいる。

 

「そうですよ。函館といえばこの景色です。かつては『チャーミーグリーンの坂』なんて呼ばれて、手をつないでスキップする夫婦のCMがあったくらいですから」

 

「……すきっぷ? 手を繋ぐだと? ……ふん。平和な世とは、それほどまでに浮かれたものなのか。……だが、悪くない。この一直線な潔さ、武士の生き様にも通じるものがある」

 

 土方さんの軍服が、海からの心地よい風にたなびく。

 

「佐藤様、シャッターチャンスです。土方氏の背中と摩周丸、および八幡坂の構図……。一五〇年前の志士が、現代の絶景に溶け込むこのバグ、私のデータバンクに永久保存しました。……ただし、佐藤様の背中の『レトルトカレーの膨らみ』が背景の美しさを台無しにしています。姿勢を正しなさい」

 

「余計なお世話だよ! それにここは、単なる景勝地じゃないんだ。……ラブライバーにとっては、絶対に外せない聖地なんだから」

 

「……ラブライバー、だと? 佐藤、またその奇妙な言葉か。昨日の五稜郭でも聞いたが、ここは『スクールアイドル』とやらを目指す娘たちが、自分たちの夢を懸けて走った場所なのか?」

 

 土方さんが、坂の頂上から広がる景色を改めて見渡す。

 

「そうですよ、土方さん! アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』で、Saint Snowの二人がトレーニングをして、そしてあの函館の冬の空に誓いを立てた場所なんです。……ほら、あの海の方を見てください。彼女たちが歌ったあの曲のメロディが、風に乗って聞こえてくる気がしませんか?」

 

「……ふむ。娘たちが、己の信念のために己を鍛えるか。それは武士の修行となんら変わらんな。……佐藤。その『Saint Snow』とやらの気概、この坂の真っ直ぐな造りに実によく合っている」

 

 土方さんは、そう言って満足げに頷くと、不意に俺の背中をポンと叩いた。

 

「……だが、彼女たちはこれほど重い『かれー』を背負って走ってはおらんだろう。佐藤。貴様も少しは彼女たちのストイックさを見習い、その膨らんだ背嚢をどうにかできんのか?」

 

「……う。それは……。でも、聖地でお土産を買うのもまた、ライバーの嗜みというか、義務なんですよ……!」

 

「……佐藤様。土方氏の正論が、貴方の『物欲の要塞リュック』に直撃しましたね。……さあ、感傷に浸る時間は終わりです。次はさらに高みへ。AqoursとSaint Snowが、函館の夜に歴史的なライブを披露したあの場所――旧函館区公会堂が、そのバルコニーで貴方を待っていますよ。……さあ土方さん、あの『黄金に輝く建物』へ行きましょう!」

 

 

【10:30:重要文化財・旧函館区公会堂】

 

 八幡坂の頂上から少し歩くと、視界を塞ぐように、鮮やかなブルーグレーと黄金の縁取りに彩られた巨大な洋館が現れた。

 

「……ほう。昨日の奉行所が『武』の静寂なら、ここは『雅』の結晶だな。佐藤、この建物……まるで函館そのものが、自らの誇りを見せつけているようではないか」

 

 土方さんは、左右対称の美しい木造建築を見上げて目を細めた。彼がこの地で戦っていた頃にはまだなかった、明治の気風。だが、大火の灰の中から立ち上がったこの建物の成り立ちは、不撓不屈の精神を重んじるこの男の琴線に触れたらしい。

 

「そうなんです。復興を願う市民の寄付で建てられた、函館のプライドそのものなんですよ。……さあ、土方さん。中へ」

 

 靴を脱ぎ、重厚な絨毯が敷かれた大広間を抜ける。ギィ、と時代を感じさせる木のきしみを感じながら、俺たちは二階のバルコニーへと足を踏み出した。

 

「……絶景だな。ここからなら、函館の街も海も、すべてにあるようだ」

 

 土方さんがバルコニーの欄干に手をかけ、海風に軍服をなびかせる。その姿は、一五〇年の時を超えて、この社交場の主役として舞い戻ったかのように様になっていた。

 

「土方さん。ここで、あのアニメの娘たちが歌ったんです。離れ離れになる姉と妹が、互いの手を握って、未来へ向かって……。あの夜、ここには奇跡のような雪が降ったんですよ」

 

「……歌か。ここで娘たちが声を合わせ、己の進むべき道を叫んだのだな。……ふん。佐藤、貴様がこの場所を『深掘り』したいと言った理由が分かった気がする。ここには、過去から未来へ繋ごうとする、この街の意志が満ちている」

 

 土方さんはそう言うと、ふっと遠くの海を見つめた。その横顔があまりに美しく、俺は思わずスマホを構えるのも忘れて見入ってしまう。

 

 

【10:45:重要文化財・旧函館区公会堂バルコニー

 

「……佐藤様。警告します。現在の土方氏と公会堂のシンクロ率が限界突破しており、下の広場にいる観光客たちが『あれ、本物じゃないの?』『いや、公式の俳優さんでしょ?』とざわつき始めています。次元の壁が、貴方の物欲リュックの重みより先に崩壊しそうです」

 

 冷子の冷静なアナウンスが耳に届くが、当の土方さんは、心なしか気分が良さそうだった。

 

「ふむ……。佐藤、下の者たちが、皆こちらを見ているな。……あのアイスの娘たち(Saint Snow)も、このように注目を浴びながら歌ったというわけか。悪くない」

 

「土方さん、洒落にならないですよ! 目立ちすぎですって!」

 

 俺の焦りをよそに、土方さんは何を思ったか、スッと片手を上げ、下の広場に集まった人だかりに向けて、優雅に、かつ堂々と手を振ってみせた。

 

「……ッ!? 土方さん、何やってるんですか!」

 

「何を、とは心外な。将たる者、民の期待には応えねばならん。……見ろ、さらに歓声が上がったぞ。現代の民も、なかなか熱烈ではないか」

 

 下の広場からは「キャーッ!」「こっち向いた!」「新選組最高ー!」という、ライブ会場さながらの悲鳴とシャッター音が爆発的に湧き上がる。土方さんは満足げにニヤリと不敵な笑みを浮かべ、さらにファンサービスを加速させようとしている。

 

「……佐藤様。土方氏の『役者魂』に火がつきました。このままでは函館市警が出動するか、歴史が修正されるレベルの大騒動に発展します。速やかに、その『伝説の副長』の首根っこを掴んで撤収なさい」

 

「わかってますよ! ……土方さん、もう十分です! 行きますよ!」

 

「待て、佐藤。まだ向こうの赤子を抱いた者が――」

 

「いいから! 次、次行きますから!」

 

 俺は、名残惜しそうにバルコニーの主役を演じ続けようとする土方さんの腕を強引に引き、殺到し始めた観光客の視線から逃れるように、公会堂の重厚な扉の向こうへと彼を連れ出した。

 

 

冷子の「旅のしおり」:函館の雅とファンサの嵐編

 

【贅沢の極み:函館朝市】

 朝の活気と共に、海の宝石を胃袋へ格納するミッションです。三色丼の輝きは、佐藤様の明日からのもやし生活を支える貴重な精神的栄養源となります。イクラの一粒一粒に、失った有給への未練を封じ込めなさい。

 

【奇跡の構図:八幡坂と旧函館区公会堂】

 海へ続く坂道と、黄金の洋館。そこは聖地の風と歴史の香りが交差する場所です。土方氏がバルコニーで発揮した「幕末のカリスマ」は、もはや時空のバグを超えたエンターテインメント。殺到する観光客から彼を連行する佐藤様の姿は、まるで敏腕マネージャーのようでしたよ。

 

【四日目・午前:函館元町進軍ログ】

08:00 函館国際ホテル 発(土方氏、ロビーで新聞を読むバグ発生)

08:30 函館朝市(三色丼を、もやし150袋分と比較しながら完食)

10:00 八幡坂(海風と聖地のメロディを堪能)

10:30 旧函館区公会堂(重要文化財での土方歳三ファンサービス騒動)

11:15 元町の石畳(大騒動を抜け、静寂の聖地へ)

 

【装備・推奨案】

 公会堂のバルコニーに立つ際は、堂々と胸を張りなさい。ただし、佐藤様。貴方のリュックからはみ出している「土産の袋」が、明治の雅な雰囲気を著しく損なっています。美学を重んじるなら、せめて背筋だけは伸ばしなさい。

 公会堂のバルコニーでまさかのアイドル(?)デビューを果たした土方さん。

 一五〇年前の英雄は、現代の女子たちの悲鳴にも動じない鋼のメンタルを持っていました。

 

 次章、ついに最終回。

 聖地巡礼の終着点『茶房 菊泉』での静かな時間。

 そして空港で待ち受ける「重量制限」との、命懸けの最終決戦が始まります!

 

 最後まで、どうぞお付き合いください。

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