第9話 444円の郵便物
「「こわっ……」」
二人の声が重なり、2DKのダイニングキッチンに響いた。
幼馴染の賢人と大樹が、大学進学を機に上京して3週間。入学式まではあと1週間ほどあり、新生活の慌ただしさも落ち着いて、二人はちょうど暇を持て余していた。
そんな二人の共通の趣味は、謎解きやARG(代替現実ゲーム)、そしてモキュメンタリー作品を読み漁ることだ。ダイニングテーブルの上には、フリマアプリ「メルノリ」で届いたばかりの茶封筒の中身が、パズルのピースのように広げられている。
【取引データ】
商品名: 302号室 郵便物集積記録
出品者: u_bin_83
価格: 444円
商品説明:
昨年亡くなった兄が遺した、自作のモキュメンタリー資料一式です。警察の事故報告書の写し、現場の音声書き起こし、住人の手記など、すべて兄が「本物」に見えるよう心血を注いだものです。兄の遺品整理で見つけましたが、私には刺激が強すぎるため、このジャンルが好きな方にお譲りします。内容の真偽を問うような野暮なことはご遠慮ください。
「……なぁ、賢人。これ、ただの創作ってレベルじゃないだろ。報告書のハンコのかすれ具合とか、異常だろ」
大樹が引きつった顔で資料を指弾いた。窓の外は3月の冷たい雨。アルミサッシから忍び寄る冷気が、二人の足元をじわじわと冷やしていく。
「たしかに。日付も去年のものだし、設定が練り込まれすぎてる。お兄さんの執念を感じるよ。とんでもない掘り出し物だよ、これ」
賢人は喉の渇きを感じていた。作り物だと分かっているはずなのに、読み進めるうちに、個室へ続く襖の向こう側が急に得体の知れない闇に見えてくる。
「とりあえず……評価して終わらせよう。出しっぱなしだと寝れなくなる」
賢人がスマホを手に取り、メルノリのアプリを開いた。
「評価、なんて書くの? 『めちゃくちゃ作り込まれてて驚きました』とか?」
「いや、世界観を壊さないように『無事受け取りました』くらいにしとくか」
賢人の親指が画面を叩く。購入履歴から該当の商品を選び、評価ページに飛ぼうとした——その時、賢人の動きが止まった。
「……え?」
「どうした?」
大樹が賢人の肩越しに画面を覗き込む。
そこには、さっきまで確かに存在していたはずの出品者「u_bin_83」の不気味なアイコンはなく、無機質なエラーメッセージが浮かんでいた。
『このユーザーは退会済み、または存在しません』
「……消えてる。アカウントごと」
「え、発送通知が来た時は普通にプロフィール見れたよな? 評価2桁くらいあったし、他のARG作品や調理器具とかも出品してたはずだろ」
二人の間に、嫌な沈黙が流れた。
444円という、呪いのような価格。そして、二人が資料を読み終えるのを待っていたかのように、消えた出品者。
「……賢人、これ。最後のページの下」
大樹が、最後に読み終えた資料の一番下の部分を指差した。
先程まではただの汚れかと思っていた、肉眼では判別できないほどの極小のシミ。
「何? 印刷ミスか?」
「いや……ちょっと待て」
賢人はスマホのカメラを起動し、レンズ代わりにその部分を拡大してみた。マクロモードのピントが合い、デジタルズームのノイズが晴れた画面越しに、それははっきりと読めた。
ただ一言、こう書かれていた。
『転送が完了しました。次は、あなたたちの番です』




