第7話 記録資料:藤代氏のスマートフォンより回収された未送信メールおよびボイスメモ
【資料概要】
本資料は、ネットカフェを逃走した後の藤代氏が、自身の母親(あるいは特定の知人)宛てに作成し、送信されぬまま下書き保存されていたメール、および逃走中に記録されたボイスメモを繋ぎ合わせたものである。
【未送信メール:202X年4月16日 16:30】
ネットカフェを出た。受付の「現金書留」なんて無視して、とにかく走った。
でも、おかしいんだ。
街を走っていると、住宅一軒一軒の玄関にある「郵便受け」が、全部私の方を向いて口を開けているように見える。
ガチャン、ガチャン、とあちこちで蓋が跳ねる音が聞こえる。
まるで、私の足音に合わせてリズムを取っているみたいに。
さっき、信号待ちをしていたとき、隣に立っていたサラリーマンの持っていたカバンを見た。
カバンのファスナーの隙間から、大量の「不在票」が溢れ出していた。
それだけじゃない。彼の耳の裏に、赤い判子が押されていた。
『転送』
彼は無表情でスマホを見ていたけど、その画面には、私の顔写真が「切手」みたいに四角くトリミングされて表示されていた。
街全体が、私をどこかへ運ぼうとしている。
「宛先」がない場所なんて、どこにもないんだ。
【ボイスメモ:202X年4月16日 19:45】
(藤代氏の声:激しい息切れ。周囲には風の音と、遠くで聞こえる規則的な「パタパタ」という音)
「……山の方へ向かってる。図書館の資料で見つけた、あの郵便局の分室跡がある山だ。
あそこに行けば、何か、終わらせる方法があるかもしれない。
……いや、本当はわかってる。私は、引き寄せられているんだ。
さっき、自分の腕を見て気づいた。
手首のあたりに、点線ができている。
『ここから切り取ってください』っていう、ハサミのマークと一緒に。
私の体は、もう半分、紙になりかけてる。
触ると、カサカサと音がするんだ。皮膚の感覚がない。
……待て、誰か来る。
自転車の音だ。
こんな街外れの山道に、配達員なんて来るはずがない。
でも、鈴の音が聞こえる。
昭和の、古い郵便自転車の音だ。
佐藤さん……? 佐藤さん、そこにいるのか?」
【未送信メール(下書き):202X年4月16日 21:10】
宛先:お母さん
件名:(なし)
ごめんなさい。
今、目の前に古い石造りの建物が見える。
地図には載っていない。でも、壁に「郵便」のマークが彫ってある。
入り口に、和也の靴が置いてあった。
綺麗に揃えられて、その中に、和也の「指」が一本ずつ、切手みたいに並べられてた。
中から、スタンプを押す音が聞こえる。
ドン、ドン、ドン、って。
私の名前を呼ぶ声がする。
佐藤さんじゃない。
和也の声だ。
『藤代、中身を見せてくれ。お前の、中身を』
今から、この扉を開ける。
封を切るみたいに。
【調査報告:補足】
藤代氏が最後にGPS信号を発信した地点は、40年前に土砂崩れで消失した「〇〇分室」の真上であった。しかし、現地は現在も深い土砂に覆われており、建物どころか人一人が入り込める隙間すら存在しなかった。




