第6話 記録資料:藤代氏がネットカフェ「サイバー・シェルター」より投稿した非公開ブログ
【資料概要】
本資料は、藤代氏が202X年4月15日深夜から16日にかけて、自身のスマートフォンから投稿した限定公開ブログ(現在は削除済み)のキャッシュデータを復元したものである。
202X年4月15日(火) 23:50 タイトル:どこにも行けない
最悪だ。
自分のアパートの壁に名前を刻まれて、怖くてたまらなくなって、和也のところに泣きついたんだ。あいつの部屋なら安全だと思ってた。なのに、あんなことになるなんて。
和也、巻き込んですまない。本当にもうしわけない。
警察には事情を話したが、彼らが来た時には玄関を固めていた「糊」も、あの巨大な「小包」も消えていた。ただ、和也が忽然と消えた事実だけが残った。私が「和也は郵便物にされたんだ」って叫んでも、警察はまともに取り合ってくれなかった。
もう、自分のアパートには絶対に帰りたくない。
今は駅前のネットカフェ「サイバー・シェルター」の32番ブースにいる。
ここなら、郵便受けがない。
店員には「自分宛の荷物が来ても、絶対に、何があっても受け取らないでくれ」と念押しした。
これで、私を「宛先」にして届くものはすべて遮断できるはずだ。
深夜、隣の31番ブースから音が聞こえる。
キーボードを叩く音じゃない。
カリカリ、カリカリ、と、紙にペンを走らせる音だ。
こんな時間に、誰が手紙なんて書いてるんだ。
……たまに、その音が止まると、壁一枚隔てた向こうから、重苦しい溜息が聞こえる。
「……厚みが、足りない。封ができない」
そんな呟きが聞こえた気がして、私はヘッドホンの音量を最大にした。
202X年4月16日(水) 10:15 タイトル:管理人さん
一睡もできずに朝を迎えた。
さっき、スマホに知らない番号から着信があった。和也のマンションの管理人、大谷さんの奥さんからだった。
「主人が、亡くなりました」
震える声でそう告げられた。昨夜、私のために和也の部屋を開けてくれたあと、帰宅してから急に体調を崩したらしい。
奥さんが言うには、大谷さんは亡くなる直前、自分の指先をずっと見つめて、
「糊が乾かない。私が閉じなければ、あの子(藤代)が届かない」
とうわ言のように繰り返していたという。
管理人さんは、私のために鍵を開けてくれただけなのに。
私の「郵便」に、管理人さんまで巻き込んでしまった。
奥さんの話では、大谷さんの遺体が見つかった寝室の畳の下には、数え切れないほどの「真っ白な封筒」が敷き詰められていたそうだ。
202X年4月16日(水) 14:00 タイトル:隣のブース
さっきから、隣の31番ブースの音が変わった。
書字音じゃない。
ペチャ、ペチャ、という、何か湿った肉を叩きつけるような音。
そして、私のブースの床の隙間から、何かが滑り込んできた。
最初は、誰かの伝票か何かだと思った。
でも、違う。
それは、一枚の「皮膚」だった。
名刺ほどの大きさに切り取られた、人間の皮膚。
そこには、私の名前と、今のこのネットカフェの住所、そしてブース番号が、血管のような赤い浮き彫りで刻まれていた。
隣のブースの奴が、私を「宛先」として書き上げたのか?
私は恐怖に耐えきれず、ブースの仕切りの上から、隣を覗き込んだ。
そこには、誰もいなかった。
ただ、デスクの上に、「中身がパンパンに詰まった、人間一人分ほどの大きさの郵送用麻袋」が置かれていた。
その袋の口からは、和也のものか、あるいは誰のものかもわからない、血の気の引いた指先が一本だけ、助けを求めるように突き出していた。
私は荷物を掴んでブースを飛び出した。
逃げなきゃいけない。
でも、出口に向かう私の背中に、店内の放送が響いた。
「32番ブースの藤代様。お客様宛の『現金書留』が届いております。受付までお越しください」
どうして。ここはネットカフェだ。
「郵便受け」がない場所なのに、どうして私を見つけるんだ。




