第6話 ラストバカンス
「ふぃ~~疲れたぁ~~」
私は、プールサイドのデッキチェアに背を預けながら思いっきり伸びをする。
そして、傍にあるテーブルから氷が入った飲み物――天界で今流行っている特殊な炭酸ジュース――を手に取り、一気に喉に流し込んだ。
シュワシュワと強炭酸がはじける感覚と、フルーティーで爽やかな味わいが長かった仕事の疲れを忘れさせてくれる。
「生きてるって素晴らしいことね……」
そうしてもう一度グラスに口をつけ、久しく堪能していなかった解放感に酔いしれるのだった。
朝霧くんを異世界に送ってから三日が経った。
現在、私は天界の中でも有数のレジャー施設の一つに来ている。
ここには休暇中の多くの天使たちが集まり、日頃の務めを忘れてしばしの休息を楽しんでいる。
悠久の時を生きる私たちにとって、こういったガス抜きは必要不可欠。これがないとやってはいけないのだ。
「お疲れさま。だいぶ消耗してるみたいね」
「仕方ないよ~。セラちゃんは今回長かったもんね~」
魔法で作られた太陽の下、全力でくつろいでいた私に声がかけられる。
そちらに目を向けると、友人であり同僚でもある二人の天使がいた。
彼女たちとは予定が合っていたこともあって、今はここで一緒に休暇を過ごしている。
ちなみに私たちは見た目が女性だから三人とも女性用の水着姿で、今は展開していないため背には翼もない。
「フッフッフ。でも、そんな長きにわたる戦いもついに終わりを迎えたのよ」
「セラの言う通り。私たちは籠の中から解き放たれた」
「自由だね~。素晴らしいね~」
そう言って私たちはそれぞれの手に持つグラスをコツンと突き合わせると、ジュースを一気に飲み干す。
ああ……やっぱりこの瞬間のために天使をしているのだなと改めて余韻に浸っていると、プール横の広場に人だかりができていることに気が付いた。
「あれ? 今日ってライブあったっけ?」
「いや、確か救世に苦戦していた世界の魔王軍と勇者が戦うみたい」
「四天王戦のパブリックビューイングらしいね~」
そう話しているうちに、会場となる広場のほうでは魔法によって超大型のスクリーンが展開されていた。
どうやらすでにかなりの人が集まっているようで、大歓声がこちらまで聞こえてくる。それだけこの戦いは注目されているみたいだ。
「今回の勇者は転移してからまだ三日らしくてさ。最速攻略を達成するんじゃないかって話題になってるんだ」
「すごいよね~。戦い方も奇抜だけど強いしね~」
「…………へ、へぇ~そうなんだ~。なら私たちも応援しに行こっか……」
嫌な予感がする。
ま、まさかね……。いや、でもありえない。
あの時に何度も光輪を使ってシミュレーションしたし、その結果も七日での攻略なんて無理ってなってたもんね。
た、たしかにあの後は爆睡して、そのあとすぐにここに来たからあれから彼の動向は追ってはいない。けど、そんなことあるわけ…………。
私は、不吉な予感を振り払うように早足で広場に向かう。
そして異様な熱気に包まれた会場内に入ると、スクリーンの映像が目に飛び込んできた。
そこには魔王軍の異形の魔物たちが隊列を組んで待機していて、その数は目視だけでも数万にも上る。
それに対する勇者が率いる人類の軍勢は数が圧倒的に少ない。
どうやら人類側は各国の連合軍というわけではなく、掲げる軍旗を見ても一国のみで編成された軍隊のようだ。
相手は高ランクの魔物がひしめく大軍。どう見ても無謀ともいえる戦力差。けれど今の私には、そこを気遣う余裕は全くなかった。
なぜなら勇者の軍勢が掲げる軍旗、その紋章に見覚えがあったからだ。
いや、間違いない。あの紋章は三日前に見た王国の……――
『――――さあ!! いよいよ人類の敵を前に救世主が立ち向かうぅぅ!! 今回も見せてくれぇぇ!! 我らが勇者――ケイト・アサギリィィィ!!!!』
「――――…………そんな馬鹿な」
実況が煽るように観客を盛り上げると同時に、「ケイト! ケイト!」と勇者――朝霧くんを鼓舞するコールが会場中に飛び交う。
そんな状況に私は理解が追い付かず、その場にへたり込みそうになる。
ありえない。ありえるはずがない。
けれど、確かに王国軍の隊列の最前列――その中央に彼の姿があった。
三日前に見た時と装備自体は変わらない。
どこか飄々としていて余裕を感じさせる雰囲気も一緒だ。
唯一の違いは手に持つ武器が鞭ではなく、もはや完全に縄跳びの縄になっていた。
色と細かな形状から察するに『悪魔の鞭』が姿を変えた結果だとは思うが、あれでどうやって屈強な魔物と戦うというのか。
しかしそんな私の疑問は、魔王軍の突撃が始まると同時にすぐに解消されることとなった。
「――な、なによあの技!?」
彼は迫りくる軍勢に対して、慌てた様子もなく一人で前に躍り出た。
そしてそのまま『悪魔の鞭』を使って、以前見たときのように縄跳びを開始する。
軽く前とびを数回。続けて洗練された身のこなしで、はやぶさとびを連続で繰り出していく。
すると、その技を決めるごとに技の名の通り――ハヤブサの形状をした特大サイズの衝撃波が生み出され、とてつもない速度で魔物たちに襲い掛かっていく。
その攻撃の前には、魔物たちの硬い皮膚や鎧、防御魔法も関係なしとばかりに次々と切り裂かれていった。
しかも、ハヤブサには自動追尾機能があるのかそのまま何十、何百もの鳥たちが群れを成して戦場を旋回し、敵を一方的に蹂躙している。
「…………『屠龍絶技』で縄跳びの技を進化させるなんて……」
「おおー! 相変わらず意味わからんけど派手な技だな」
「いけいけ~! ハヤブサちゃんやっちゃえ~!」
そんな勇者の無双劇を前に、私は今度こそその場に崩れ落ちた。
両隣の友人たちののんきな応援が遠くに聞こえる。
夢でも見ているのかもしれない。いや、きっとそうだ…………。
私はまだバカンスに来る前で、爆睡していたから長い悪夢を見ているに違いない…………――――
『――おおッとぉぉーー!! 勇者がついに敵の四天王を追い詰めるぅぅぅ!! かけ足とびによる高速移動! からのぉぉーー! 八重とびによる神速の八連撃ぃぃぃ!! 決まったぁぁぁ!!!!――――』
「ちょっとセラ大丈夫? めっちゃ顔色悪いけど……」
「ほんとだ~あそこにいるグリーンスライム見たいだよ~」
「…………に、逃げないと」
「「ん?」」
「――――【幼馴染契約】から逃げなくちゃ!!!!」
私はそう叫びながら、四天王撃破で盛り上がる会場を背に全力で駆け出した。




