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第5話 大天使から見た勇者

「……行ったわね」


 私は異世界転移が完了したのを見届けると、すぐさま空間魔法を閉じる。

 これで彼――朝霧くんはこちらに戻ってくることはできない。

 それはつまり、長い戦いだった転移者の人材確保の終了。そして休暇の始まりを意味する。


「――そう! これで私は自由な天使! 優雅に羽を伸ばしまくるわよー!」


 そう言って渾身のガッツポーズを決めた私は、しかし浮かれた気持ちをもう一度胸の奥に押し込める。

 その理由は単純で、休みを楽しむ前に一つ懸念点があるからだ。

 まだ浮かれるには早い。あの謎に余裕な態度。それに彼の思考にあった違和感…………。


 実は私が朝霧くんに使っていた読心の魔法には、常時発動することができないという制限があった。

 一度使用した場合には一定の間隔インターバルを空けないと魔法を再度発動できないのだ。

 さらに、相手の両眼を視界に収めないと発動すること自体もできない。

 とは言え、発動中は彼の考えていることは問題なく読めていたし、そもそも相手は魔法の使用条件を知らないのだから思考を読まれるのは防ぎようがないはず。


 なのに、私はなぜか彼の魔王攻略についての作戦や、スキルの運用方法などの重要な部分についての情報を一切掴めていなかった。

 それが偶然なのか。意図的にしたことなのかはわからない。でも何か嫌な予感がした。

 だからその不安を解消するまでは、バカンスに向けて羽ばたくわけにはいかない。



 さっそく私は空間魔法を使って、異世界の様子を見ることができる魔道具を取り出した。

 そして彼が転移した王国の王城に設定を合わせると、魔道具によって映し出された映像を見つめる。


 そこには異世界より召喚された救世主――勇者を出迎えようと、騎士や魔術師を中心に多くの人々が集まっていた。

 映像はちょうど転移した朝霧くんに対して、魔王によって危機に瀕している世界を救ってほしいと、国王が懇願こんがんしている場面だ。


「選んだスキルは『神速充電しんそくじゅうでん』と『屠龍絶技とりゅうのぜつぎ』の二つだったわね……」


 私は改めて彼が選んだスキル。そして、そこから導き出される戦略について考えていた。

 おそらく『神速充電』による無限ともいえる体力を生かして、『屠龍絶技』でなにかしらの【技】を磨いていく。それが彼の作戦なのだろう。


 フッフッフ。でもその戦略は甘い、甘すぎるのよ朝霧くん。

 私はそう内心でほくそ笑む。

 確かに『屠龍絶技』は極めて優秀なスキルではあるが、技を強化して【進化】させるためにはその技自体にある程度の熟練度が必要になる。

 熟練度が高くなければ、多少の強化はできても進化させることは不可能。

 けれど、ただの高校生にそんな熟達した技なんて使えるはずがない。


 そしてもう一つ。戦略を破綻させる重大な要因があった。

 それは彼が選んだ武器が『むち』だったことだ。

 ――『悪魔の鞭(デビルウィップ)』。

 その鞭は所有者が敵を倒せば倒すほど姿形を変えていき、強度や特性、能力自体も成長していく特殊な武器だ。

 こちらも、敵の血を吸ってレベルアップし続けるという極悪な性能を持ってはいる。でも、鞭という武器はそもそも扱いが難しい。

 しかも『悪魔の鞭』は通常の鞭とは構造が違い、ロープや鎖のように全体が均一に近いかなり特殊な形状をしている。

 素人では異世界の魔物――たとえ低ランクの相手であっても、最初は倒すことすら苦労するだろう。


「ふふん。スライムにすら苦戦するのに魔王が倒せるわけないもの……って何してるの?」


 私がそう結論付けていると、映像の中の朝霧くんに動きがあった。

 彼は国王の懇願こんがんに二つ返事で答えた後、おもむろにストレッチを始めたのだ。

 さらに周りが困惑した雰囲気に包まれているのも気にせず、自身の武器である鞭を取り出した。

 その動きに一斉に騎士たちが警戒する中、彼は鞭の両端を片方ずつ左右の手に持つという奇妙な構えを見せる。

 そして――――



「――――へっ? …………プッ、あはははは!! ちょっと何やってるの!」



 跳んでいた。

 そう彼は今、跳んでいるのだ。

 脇目も振らずに『悪魔の鞭(デビルウィップ)』を器用に使って、まるで縄跳びのように跳躍し続けている。

 いや、ようにではなくまさしく縄跳びの()を次々と決めていた。

 前とび、かけ足とび、あやとび、二重とび、はやぶさとび――…………。

 綺麗なフォームでリズムを刻みながら、まるでお手本にように()()()()()()を周囲に見せつけている。


「あははははっ! みんな目が点になってる! もうお腹痛いからやめて!」


 当たり前だけど、そんな私の声は異世界まで聞こえるはずもない。

 『悪魔の鞭』の特殊な形状と、その魔法素材によるしなやかさが両立しているからできるのだろう。

 普通の鞭ならそもそも先端が軽すぎて縄跳びはできないはずだ。

 でも、だからと言って縄跳びでどうやって魔王と戦うのか。

 必死に連続技を決める彼の姿を見ていると、少し前の自分がひどく馬鹿らしく思える。

 何をあんなに警戒していたのか。気持ちよさそうに跳んじゃって……どうやら完全な取り越し苦労だったらしい。


「よーし! これで契約の心配も無くなったし、安心してバカンスに行ける~……」


 私としては若干……本当に少しだけだけど、彼を心配する気持ちと申し訳なさもあった。

 でも、こちらだって幼馴染になるという重大なリスクを背負っていたわけだし。

 そこはお互い同意の上ということで仕方がない。恨みっこなしだ。


「悪く思わないでね、朝霧くん――」


 そうして私が魔道具の発動を止めると、次第に異世界の映像が乱れていく。

 映像の中の彼は、最後まで一心不乱に縄跳びの技を決め続けていた。

 その表情は真剣そのもので、転移前のやり取りをしていた時の軽い調子が嘘のようだ。

 普段からふざけてないであんな風にしていたら良いのに……。

 そう思って見ていたら完全に映像が途切れる。


 ――ヒュヒュン、ヒュヒュン、ヒュヒュン。


 彼が最後まで刻んでいたその縄跳びの音が、私の耳には妙に残った気がした。

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