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第2話 【幼馴染契約】

「本当に本当なの!? 朝霧くん!」


「ああ。俺の悲願が叶えられるなら」


「やったー! これで転移者の手配も終了ー! しばらく休みー! オフよオフー!」


 俺の魔王討伐宣言を聞いたセラちゃんは現在、ソファーから勢いよく立ち上がり両手を頭上に突き上げている。

 どうやら休暇を喜ぶという概念は天使の世界でも人間と同じなようで、ようやくの休みを前に喜びを爆発させているらしい。


「あのーセラちゃん喜んでるとこ悪いんだけどさ」


「あっ! 私としたことが大天使らしからぬ失態。ごめんなさい、話を戻しましょう」


 「こほんっ」とわざとらしく気を取り直したセラちゃんは、ソファーに座り直すともう一度開かれた資料を指差す。


「ここに書かれているように、私たちは魔王を討伐してくれた者の願いをなんでも一つだけ叶えることができる。けれど、それには条件があります」


「最短最速……168時間での魔王討伐。つまり、『転移後七日以内に異世界を救う』」


「そうよ。魔王を討伐してくれたなら他にも報酬はあります。でも、願いを叶える報酬は特別なの。だからたとえ一秒でも条件から遅れたら願いは叶いません」


「了解。で、実際のところセラちゃんから見てこの七日以内での魔王討伐ってどうなの?」


 そんな俺の問いに、目の前の天使はわかりやすく視線をさまよわせながらわずかにうわずった声で答える。


「へっ!? そ、それはもちろん可能よ。魔王はとんでもなく強いけど……ほら! 私たち天使の加護もあるしね。大丈夫、大丈夫!」


「そうかー。なら良かったよ」


「う、うん。じゃあさっそく『契約』を結ぶためにも朝霧くんの願いを聞かないとね」



 『契約』。

 セラちゃんの説明によると、それは天使たちの間で交わされる魔法の一種らしい。

 契約で交わされた内容は互いに破ることはできず、契約条件が達成された場合には事前に制定された義務を必ず遂行する必要がある。

 そんなあまりにも強力で、使い方によっては危険なこの魔法は天使の世界でもめったに使用されないようだ。


 まあ、なんだか物騒な感じだけど。今回は俺の側には契約によって発生する義務はないからその辺は気楽だな。


「念のため言っておくけど、世界を滅ぼしたいとかは無理よ。異世界を救ったのに別の世界が滅んでたら意味がないから」


「大丈夫。俺の願いはそんなくだらないものじゃないし」


「世界の滅亡をくだらないってなんだか嫌な予感がするんだけど……」


「さっきも言ったけどこれは俺にとっての悲願だからさ」


 そう。この願いは世界の滅亡なんてレベルのものじゃない。

 高校に入学してから数か月、新しい友達もできたし、勉強に部活と今のところ充実した毎日を過ごせてはいる。

 でも、ふとした時に思う。

 この青春の一ページには決定的に欠けている存在があると。

 そしてその存在がいてくれれば、俺の青春は華やかに彩られるどころか黄金に輝き出すはずだと。

 ずっと欲していた。けれど今となっては決して叶うことのない願い。

 そんな存在。黄金の青春へのラストピース……それは――――



「無理。私はあなたの幼馴染にはならないから」


「――――えっ!? セラちゃん俺の思いを…………」


「いやなんか心が通じ合ったみたいな雰囲気出してきてるけど、魔法で心の中を読んだだけだから勘違いしないでよ」


 「そもそも私が思考を読んでることも気が付いてるでしょ」そう言ってセラちゃんは、再びジトっとした目で俺を睨みつける。

 その瞳の冷たさと鋭さは決して天使が人へ向けるものではない。

 どうやら先ほどまで感じていた慈悲深さはどこかへ羽ばたいて行ったようだ。


「まったく当たり前でしょ……。今まで多くの転移者と交渉してきたけど、大天使の私に幼馴染になってほしいなんて前代未聞よ」


「わかってる! 自分でもおかしいことくらいは! でも、君が逆流してきたときから俺はずっと――」


「だからその例えはやめなさい! あなたストレートに思いを伝えてるふりして、若干私の魔法をいじってるでしょ!」


「そんなことない。ほら、魔法で俺の心の中を読んでみてくれ!」


 俺はその場で両手を広げ、目の前の天使様への思いを高速で思考化させていく。

 セラちゃんは魔法で俺の思考を読んでいるのだろう。

 最初は呆れた表情だったが、徐々にその表情にも変化が出始める。

 そして最後には顔をうつ向かせながら少し恥ずかしそうに制止の声を掛けてきた。


「わかった、わかったから。うぅ……こっちが恥ずかしくなるじゃない」


「思いが伝わったようで何より。じゃあ改めて、俺の願いはセラちゃん――君と幼馴染になることだ!」


「だからそれは無理なの! 天使が幼馴染になるなんて聞いたことないから!」


「その無理ってのは願いが叶えられないってこと?」


「いや、それはその……叶えること自体は可能だと思うけど…………でもやっぱり無理なものは無理ー!」


 どうやら願いを叶えること自体は不可能ではないらしい。

 ただ、俺としても自分の願いが突飛とっぴなことくらいは百も承知している。それに嫌がる相手に無理強いするなんてのはもってのほかだ。

 そんなことをしても俺の思い描く幼馴染とのスクールライフはやってこない。


「……ごめん、セラちゃん。俺が悪かった。今言ったことは忘れてくれ」


「まったくもう。やっとわかった?」


「ああ。じゃあ、名残惜しいけど俺はそろそろ帰るよ……」


「えっ!? あっ、ちょっと待って。他に願いはないの?」


 「ほら、なんでも叶うのよ!」そう言ってセラちゃんは必死な様子で、俺の願いを引き出そうと様々な願望や欲望を挙げていく。

 確かにその中には魅力的なものもあるし、他にも考えれば叶えたい願いはいくらでもあっただろう。

 けど、異世界に行って魔王と戦う――要するに命を賭けてまで叶えたい願い。

 俺にとってそんなものはセラちゃんと幼馴染になること、それ以外には思いつかなかった。


「俺の願いは一つだけだからさ」


「そ、そんなぁ……私のバカンスが…………」


 俺は目の前で再び崩れ落ちた天使様を見ながらふとあることに気が付く。


「そういえば帰ったらここでの記憶ってどうなるんだ……」


 セラちゃんとの記憶を留めておきたい気持ちはもちろんある。でも、そうなればおのずと未練も残るだろう。

 それならいっそのこと、この空間みたいに記憶も真っ白に戻して忘れたほうがいいのかもしれないな…………。


「うむむ……バカンス……契約……でも、あの魔王だし…………」


「――うおっ! セラちゃん!? てか、それめっちゃ回ってるんだけど大丈夫なの?」


 俺がそんな風に物思いにふけっていると、いつの間にか復活していた天使様は顎に手を添えて何やら考え込んでいた。

 しかもそれだけではなく、頭上に浮かぶ光輪がチカチカと点滅しながらかなりの速度で回転している。

 いったいどういう仕組みなのかはわからないが、鬼気迫る様子だけは伝わってきた。

 それにしても独り言をつぶやきながら光輪を回す大天使。一見するとかなりカオスな状態だな…………。


「……それに168時間なんて…………――よし、決めた! 朝霧くん!」


「えっ、あっはい」


 俺は突然勢いよく立ち上がったセラちゃんに若干気圧されつつも、しかしそのあとに続いた彼女の爆弾発言と気恥ずかしそうな表情に全てを持っていかれる。


「結びましょう」


「ん? 結ぶって……」


「あなたと私で契約を――――【幼馴染契約】を結びましょう!!」

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