【第2話:最初の商売と小さな経済】
通りを歩いていると、果物を売る露店の前で足が止まった。
山積みになったリンゴ。だが、どう見ても売れていない。
「その果物は腐りかけじゃないか?」
声をかけると、店主のオヤジが苦い顔をする。
「……ああ、そうだよ。だがな、仕入れに金を使っちまったから、赤字覚悟で売るしかねえ」
なるほど。完全に価格競争に負けている。
俺はすぐに脳内で計算する。
(このリンゴ、近場で売るから赤字になる。
でも……保存して少し加工すれば、菓子や酒に使える。むしろ値段は跳ね上がる)
俺は笑みを浮かべて言った。
「そのリンゴ、まとめて俺が買う。銅貨十枚でどうだ?」
「なっ……安すぎる!」
「どうせ売れなかったら捨てるんだろ? それなら多少の金になる方がマシじゃないか」
結局、オヤジは渋々ながらも頷いた。
◇
その足で俺は、路地裏のパン屋に向かう。
パン屋の女主人は、保存用の果物を探していると聞いていた。
「このリンゴ、まだ使える。ジャムや菓子パンにどうだ?」
試しに味見させると、女主人の目が輝く。
「これなら十分だわ! ちょうど仕入れ先が高くて困っていたのよ」
銅貨十枚で買ったリンゴが、銅貨五十枚に化けた。
――利益率は五倍。
◇
その帰り道。
さきほどのオヤジが、別の商人に愚痴をこぼしているのが聞こえた。
「クソっ、あの小僧に買い叩かれちまった……」
商人は鼻で笑う。
「ははっ、見る目がねえな。腐った果物なんざ銅貨一枚の価値もねえよ」
俺はわざと二人の前を通り、にやりと笑った。
「銅貨五十枚、感謝するよ」
二人の顔が同時に凍りつく。
捨て値だと思ったものが、数倍の価値に化けたと知った瞬間の絶望。
――これが、俺の最初の「経済」だった。