【第1話:尊厳ある人間として生きたい】
気づけば、俺は空を見上げていた。
夜空を切り裂く流れ星がひとつ。
――金も地位も、もういらない。ただ、尊厳ある人間として生きたい。
思わずそう願っていた。
俺は富豪の家に生まれ、父も母も政治家とつながる人間だった。
豪華な屋敷、何不自由のない暮らし。
だが、その裏には、常に「権力」と「腐敗」がつきまとう。
金の力で人を支配し、尊厳を踏みにじる日々。
俺は、そんな世界に嫌気が差していた。
――だから願ったのだ。
翌朝、目を覚ますと、そこは見知らぬ石造りの天井だった。
「……どこだ、ここは?」
ベッドではなく、わらの上。高級家具もない。
窓から見えるのは、中世ヨーロッパのような街並み。
馬車が石畳を行き交い、露店の呼び込みの声が聞こえてくる。
――異世界、か。
驚きよりも、なぜか妙な清々しさがあった。
金も地位もない。だが俺は、ゼロからやり直せる。
ポケットを探ると、銅貨が数枚。
身なりは質素で、誰も俺を「御曹司」扱いはしない。
「いいじゃないか。ここでなら、本当に尊厳ある人間として生きられる」
そう思った瞬間、通りの露店が目に入った。
果物が積まれている。――だが、俺の目にはすぐにおかしな点が映る。
(仕入れ価格と売値がまるで合ってない。これじゃ赤字だろう?)
周囲の店をざっと見渡す。
……なるほど。価格競争に負けて、無理に値を下げているのだ。
だが別の街で仕入れれば、逆に利益を出せる。
「フッ……やはり、どこでも経済は同じか」
金はなくとも、俺には知識がある。
富豪の家で身につけた経済感覚と、現代世界の知恵。
ゼロからでもいい。
いや、ゼロだからこそ、尊厳を賭けて挑める。
俺は異世界で、初めての商売を始めることにした。