008話
澪さんの力強い言葉に、俺は少しだけ気圧されながらも、慌てて首を横に振った。
「い、いえ、そんな! 俺はただ、できることをしただけで……」
「その『できること』が、私たちの命を救ったのよ」
澪さんはきっぱりと言い切ると、ドームの奥、ドレッドワイバーンが守っていたであろう祭壇のような場所を指差した。そこには、禍々しいオーラを放つ、黒曜石でできた宝箱が鎮座している。
「このダンジョンのボスが守っていた宝だ。中身は分からないけれど、それも、今回の討伐報酬も、すべてあなたたちに譲るわ。それが筋よ」
「ぜ、全部ですか!?」
思わぬ提案に、俺は素っ頓狂な声を上げた。Aランクの緊急討伐依頼の報酬に、ボス固有の宝箱。中身によっては、とんでもない金額になる。俺のなけなしの貯金が吹き飛んだばかりだというのに、いきなり大金持ちになる未来が見えて、一瞬くらりとした。
だが、すぐに我に返る。そんな派手なことをして、C級探索者の俺がA級依頼の報酬を総取りしたなんて噂が広まってみろ。今後、どんな面倒な依頼が舞い込んでくるか、想像もつかない。何より、ユキの正体がギルドや他の探索者に知られるのだけは避けたかった。
「だ、ダメです! そんなことはできません! 俺たちはあくまで、牛田さんたちの手伝いをしただけで……報酬は、ほんの少しで結構ですから!」
「はあ? 何言ってんのよ。命の恩人に対して、そんなはした金で恩を返せるわけないでしょ! いいから、8割は持っていきなさい!」
「8割!? 多すぎますって! せめて2割で……!」
「あんた、あたしに恥をかかせる気!? 7割!」
「いえいえいえ、だから2割で十分ですってば!」
「じゃあ6割!」
「4割!……あ」
澪さんの勢いに負けじと食い下がっているうちに、うっかり自分から落としどころを提示してしまった。しまった、と思ったがもう遅い。
澪さんは一瞬きょとんとした後、ニヤリと口角を上げた。
「……ふん、まあいいわ。4割ね。それ以上は、あたしのプライドが許さない。それで手を打ちましょう」
俺はがっくりと肩を落とした。結局、澪さんのペースに丸め込まれてしまった気がする。それでも、当初の8割という提案に比べれば、だいぶ現実的な数字に落ち着いた。
こうして、俺と澪さんの奇妙な押し問答の末、報酬の4割を俺たちが受け取ることで、話は決着したのだった。横では、ことの成り行きを静かに見守っていたユキが、「腹が、すいた」と俺の服の裾をくい、と引っ張っていた。どうやら彼女にとっては、報酬の割合よりも、次の食事のほうが重要らしい。
結局、報酬の4割をもらうことになった俺は、後始末を進めながらも、複雑な気分でため息をついた。ドレッドワイバーンの討伐報酬と、この後ギルドで買い取ってもらう素材の価値を合わせれば、ユキに買った刀の代金1000ゴールドは優に超えるだろう。なけなしの貯金が戻ってくることに安堵するような、そうでもないような……。
ユキが綺麗に切り分けてくれたドレッドワイバーンの素材は、どれも一級品だ 。鱗や爪の一部は、なじみの【頑鉄工房】に持ち込めば、源さんがきっと良い値段で買い取ってくれるはずだ 。当面の生活に困らないのは確かだった。
しかし、そこで新たな問題が発生する。素材の大部分……特に、食用となる肉に関する部分が、俺たちの荷物の運搬量を遥かに超えていたのだ。
「うーん、これは全部は持って帰れないな……」
俺が腕を組んで唸っていると、服の裾が、またしてもくいっと引かれた。
「マコト。腹が、すいた」
見れば、ユキが蒼い瞳でじっと俺を見上げている 。彼女の腹の虫は、本当に正直だ。
すると、その声に呼応するかのように、澪さんたちの方からも「ぐぅ〜」と可愛らしからぬ音が聞こえてきた。
「ははは……。安心したら、なんだか急に腹が減ってきたな」
「本当ね。命拾いした上に、あんな美味いスープを飲んだら、もっと何か食べたくなっちゃうわよ」
回復した『戦斧の乙女』のメンバーたちが、照れくさそうに笑い合う 。その視線は、期待を込めて、巨大な竜の肉塊と俺に注がれていた。
持ち帰れないほどの、極上の食材。
腹を空かせた、最強の剣聖とAランクの探索者たち。
俺の中で、料理人としての探求心と、お人好しな性格がむくむくと頭をもたげた 。
「……分かりました」
俺はにっこりと笑って、宣言した。
「こうなったら、今ここで祝勝会と行きましょう! 俺が、このドレッドワイバーンでフルコースを振る舞いますよ!」
「おおっ!」「本当か!?」と、パーティから歓声が上がる。
こうして、A級ダンジョンの最深部で、前代未聞のドラゴン料理のフルコースが始まることになったのだった。