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007話

『豪腕』牛田澪の震える声が、まだ熱気の残る溶岩ドームに響いた 。俺は彼女の問いに答えることもできず、ただ目の前の光景に立ち尽くしていた。ユキが、たった一振りで災害級モンスターを屠る。そんな非現実的な光景を、どう説明しろと言うんだ 。


俺が言葉に窮していると、不意に、脳内に大量のテキスト情報が流れ込んできた。意思とは関係なく発動した、俺のユニークスキル【グルメ鑑定】だ 。


【ドレッドワイバーンの死骸(鮮度:極上)】

・心臓:凝縮された生命力と魔力の塊。心臓病の特効薬となる。

・翼膜:極めて軽量かつ強靭。最高級の防具素材。

・逆鱗:個体につき一枚のみ存在する最強の鱗。あらゆる魔術を弾く。

・髄液:高密度の栄養素と神経伝達物質の複合体。消耗した体力を瞬時に回復させ、精神を安定させる効果を持つ。特に、周囲に自生する『溶岩苔』と共に煮出すことで、吸収効率が爆発的に向上する。


「流石A級モンスターだ……!」


思わず、心の声が漏れた。素材としての価値もさることながら、食材としてのポテンシャルが凄まじい。特に髄液! これがあれば……!


俺はハッとして、澪たちのほうを見渡した。彼女自身も満身創痍だが、ドームの壁際に倒れている仲間たちは、さらに深刻な状態だった 。骨が折れている者、深い裂傷を負っている者。このままでは命に関わるかもしれない。


損得勘定で動けない。困っている人を見ると放っておけない。それが俺の悪い癖だった 。


「……やるしかないか」


俺は覚悟を決めると、刀の血を振るって鞘に収めたユキに向き直った。


「ユキ! ちょっと手伝ってくれ!」

「ん」


俺のただならぬ気配を察したのか、ユキはこくりと頷く。


「あの竜の、背骨に沿って切れ込みを入れてほしい。できるだけ深く。中にある液体を傷つけないように、慎重にだ」

「わかった」


ユキは短い返事と共に、再び無銘の刀を抜くと、巨大な竜の死骸へと歩み寄った。


「ち、ちょっと、あなたたち、何を……」


澪が訝しげな声を上げるのを尻目に、ユキは躊躇なく竜の背に跳び乗る。そして、俺の指示通り、まるで巨大な魚を捌くかのように、正確無比な太刀筋で硬い鱗の隙間に刃を滑らせていった。Aランクモンスターの頑強な死骸が、豆腐のように切り裂かれていく。常識外れの光景に、澪も、息を吹き返した彼女の仲間たちも、ただ口を開けて見ているしかなかった。


俺はその間にバックパックから愛用の調理器具一式を取り出し、携帯コンロに火を点ける。周囲に自生していた『溶岩苔』を鑑定し、毒性がないことを確認して採取。ユキが切り開いた亀裂から、黄金色に輝く髄液を慎重に鍋へと注ぎ込む。


ジュワッ、という音と共に、濃厚で、それでいて食欲をそそる香りが立ち上った。岩塩と、隠し味に持参していた数種類の乾燥スパイスを振り入れ、手早くかき混ぜる。


あり合わせの道具と即席の食材。だが、【グルメ鑑定】による最適な調理法が、それらを最高の料理へと昇華させる 。


「できた……『ドレッドワイバーンのスタミナスープ』だ」


湯気の上がる白濁した黄金色のスープ…見るからに濃厚そうなそのスープの香りは香ばしく、一種の滋味を直感させる。

俺は木の器にスープを注ぎ、動けないでいる探索者の一人のもとへ運んだ。


「さあ、熱いから気をつけて。飲んでください」

「……あんたは、確かギルドの……」

「話は後だ、いいから飲んで!」


澪の檄が飛ぶ。彼は戸惑いながらも、俺から器を受け取ると、恐る恐るスープを口に含んだ。

その瞬間、彼女の目が見開かれる。


「こ、これは……!? うまい……! 体の芯から、力が湧き上がってくるような……!」


一口、また一口と飲むうちに、土気色だった彼女の顔にみるみる血の気が戻っていく。浅く速かった呼吸は落ち着きを取り戻し、だらりとしていた手足に力が漲っていくのが、傍目にも分かった。


「なんだ、これ……傷の痛みが引いていく……」

「すごい……こっちにも一杯くれ!」


奇跡のような回復劇を目の当たりにした他のメンバーたちから、次々と声が上がる。俺は頷き、次々とスープを振る舞っていった。ドーム内に響くのは、最初は苦痛の呻きだったはずが、いつしかスープをすする音と、感動と賞賛の声に変わっていた。


やがて、全員にスープが行き渡った頃には、あれほど絶望的だったパーティの面々は、自力で立ち上がれるまでに回復していた。


「……信じられない」


最後までその光景を見届けていた澪が、呆然と呟いた。彼女は俺の前に立つと、それまでの尊大な態度は消え失せ、真剣な眼差しで、深く、深く頭を下げた。


「……すまなかった。そして、ありがとう。あなたたちがいなければ、私たちはここで全滅していたわね…この恩は、必ず返すわ」


その力強い言葉は、俺とユキの運命が、また一つ、大きく変わるであろうことを予感させていた。

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