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004話

翌日。俺とユキは、朝食を済ませると探索者ギルドへと向かっていた。

奇妙な同居生活が始まって数日が経つが、ユキは驚くほど手のかからない同居人だった。……腹が減った時以外は。彼女は俺の作る食事を美味そうに平らげ、それ以外の時間は部屋の隅で静かにしているか、俺の料理の手伝い(という名のつまみ食い)をするだけだ。


今日もそうだ。ギルドの喧騒の中、俺が依頼掲示板の前で頭を悩ませている間、ユキは俺の隣で特製のジャーキーを無心に齧っている。これはダンジョンモンスター『ブラッドホーン・ボア』の肉を乾燥させたもので、【グルメ鑑定】スキルで導き出した秘伝のスパイスに漬け込んである。少量でも高い栄養価と持続力を得られる、探索者向けの携行食だ。まあ、ユキにとってはただのおやつでしかないらしいが。


「うーん、今日も地道に薬草採取か、ゴブリンの巣の残骸処理か……」


俺のC級ランクで受けられる依頼は、どうしても地味で稼ぎの少ないものばかりになる。ユキという大食らいの同居人が増えた今、もう少し効率よく稼ぎたいところだが、戦闘力ゼロの俺に高望みはできない。どの依頼書にしようかと腕を組んで唸っていると、不意に隣から白い手が伸びてきた。


「ん」


ユキが、掲示板に貼られていた依頼書の一枚を、ひょいとこともなげに抜き取ったのだ。そして、それを俺の目の前に突きつける。


「これが良い」


「え? どれどれ……って、うおっ!?」


彼女が指し示した依頼書の内容を見て、俺は思わず裏返った声を上げた。


【緊急討伐依頼:Aランク指定】

対象:『灼熱の災厄』ドレッドワイバーン

場所:ヴォルカノン溶岩地帯

報酬:2500ゴールド

備考:周辺地域への被害拡大の恐れあり。腕利きの探索者の協力を求む。


ドレッドワイバーン。火山の火口に巣食うという、翼を持つ凶悪な竜種だ。そのブレスは鉄さえも瞬時に溶かし、鱗は鋼鉄以上の硬度を誇るという。討伐には最低でもAランクのパーティー、それも熟練のメンバーで挑むのが定石とされる、まさに災害級のモンスター。


「こ、これってAクラスの討伐依頼じゃないか?! いくらなんでも無理だよ! 俺たちじゃなくて、俺には!」


報酬の2500ゴールドという金額は、俺の月収の何倍にもなる破格の値段だが、それは命懸けの対価だ。戦闘力ゼロの俺にとっては、ただの自殺志願書に等しい。俺はユキの手から依頼書をひったくるようにして、慌てて掲示板に戻そうとした。


その時だった。

俺の悲鳴に同意するかのように、頭上から野太い、しかし妙に色気のある声が降ってきた。


「そうね。戦闘力ゼロのローシーカーには、逆立ちしたって無理な依頼よ」


声のした方を見上げると、そこに立っていたのは一人の女性探索者だった。

見上げるほどの長身。しなやかで屈強な、筋骨隆々の四肢。豊満すぎる胸元と腰のラインを惜しげもなく晒した、革製の軽装鎧。そして何より目を引くのは、その背に担がれた身の丈ほどもある巨大な戦斧バトルアックスだ。


その威圧感に、周りにいた屈強な探索者たちがモーゼの如く道を空ける。

彼女こそ、このギルドでも五指に入る実力者。Aランクパーティー『戦斧の乙女ヴァルキリー・アックス』のリーダー、牛田澪うしだ みお。通称、『豪腕』の異名を持つギルド最強の斧使いだ。


「う、牛田さん……」


澪さんは俺を一瞥すると、ふん、と鼻で笑った。その視線は、道端の石ころを見るそれに近い。

彼女は俺の抗議など意にも介さず、ユキの細い手から、ひょいと依頼書をつまみ上げた。ユキは特に抵抗するでもなく、ただじっと、自分より遥かに大きな澪さんの顔を見上げている。


「お嬢ちゃんも、武器の一つも持たずにAランクの依頼書を弄るのはやめた方がいいわよ。それはガキのお遊びじゃない。死への招待状でもあるんだから」


澪さんはそう言うと、依頼書を片手に受付カウンターへと向かっていく。

「受付のお姉さん! ドレッドワイバーン、あたしたちが引き受けたわ!」

高らかな宣言に、ギルド中が「おおっ!」とどよめいた。さすがは『豪腕』の澪さんだ、と賞賛の声が上がる。


彼女は仲間らしき数人の探索者と共に、意気揚々とギルドから出発していった。そのたくましい背中を見送りながら、俺は「やっぱりそうだろ、危ないところだった」と胸を撫で下ろす。


しかし、隣にいたユキは、どこか納得したような顔でぽつりと呟いた。


「――確かに、武器は必要だな」


「へ? いや、だから話を聞いてたか? あれは俺たちには……」

俺が言い終わる前に、ユキはくるりとこちらを向いた。その蒼い瞳には、先ほどの澪さんと対峙した時よりも遥かに強い、明確な光が宿っている。


「買ってくれ、マコト」


「えぇ……??」


話の流れ、絶対そっちじゃないだろ!?

俺の心からのツッコミは、しかし声にはならなかった。困惑する俺をよそに、ユキのやる気は満々のようだった。その視線は、まるで「次は私たちが、あれを狩る番だ」とでも言いたげに、真っ直ぐにダンジョンへと続く扉を見据えていた。


とんでもない少女を拾ってしまった。俺の胃は、これから先、心労と食費の心配でキリキリと痛み続けることになりそうだ。

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