003話
結局、俺はユキに根負けし、山盛りのご飯と共におかわりを提供した。その翌日、俺は「問題しかない」少女を連れて、きっちり警察署へと向かった。
「――というわけでして、記憶がないみたいで……」
「うーん……」
生活安全課の窓口で対応してくれた人の良さそうなお巡りさんは、俺と、俺の後ろに隠れるように立つユキを交互に見ながら、困ったように眉を下げた。ユキはと言えば、知らない場所と人に囲まれて落ち着かないのか、俺のシャツの裾をギュッと掴んで離さない。
「お名前は、ユキちゃん、でいいのかな?」
「……ユキ」
「ご家族とか、住んでいた場所とか、何か思い出せないかな?」
「……分からん」
やり取りは完全に平行線。お巡りさんは粘り強くいくつか質問を重ねてくれたが、ユキの答えは「分からん」か、沈黙かの二択だった。
「そうですか……では、ギルドにも共有されている探索者の登録データベースと、こちらの行方不明者リストを照会してみましょう。何か分かるかもしれません」
そう言って、お巡りさんは端末を操作し始めた。俺は少しだけ期待する。これで身元が割れれば、一件落着だ。
……一応、念のために伝えておくか。
「あの、本人は自分のことを『剣聖』と……」
「けんせい?」
「はい、剣の聖者と書いて……」
俺の言葉に、それまで和やかだったお巡りさんの表情がスッと引き締まった。隣の席の警官まで、驚いたようにこちらを見ている。
「『剣聖』……! まさか、あの伝説の……しかし、歴代の剣聖に該当する少女は……」
お巡りさんたちの目の色が変わった。指が凄まじい速さでキーボードを叩き、画面に表示される情報を食い入るように見つめている。だが、数分後、返ってきたのは残念な結果だった。
「……ダメですね。データベースに『剣聖』と呼ばれるS級探索者は何人か登録記録がありますが、いずれも壮年の男性や、既に引退した方ばかり。ユキという名の少女は、どこにも該当しません」
結果は、空振り。
俺は安堵と落胆が入り混じった、複雑なため息をついた。
「……どうしましょうか。施設に保護を要請することもできますが……」
お巡りさんがそう言いかけた時だった。
「いやだ」
それまで黙っていたユキが、はっきりとした口調で言った。掴んでいた俺のシャツの裾を、さらに強く握りしめながら。
「こいつと、いる。こいつの飯を食う」
「え、ちょ、俺!?」
真っ直ぐな蒼い瞳が、俺とお巡りさんを交互に射抜く。その瞳には、有無を言わさぬ強い意志が宿っていた。
お巡りさんはユキの様子と、困り果てている俺の顔を見比べ、うーん、と大きく唸った。
「……ご本人がこれだけ強く希望していることと、他に手がかりが一切ない現状を鑑みて……新田さん。誠に申し訳ないのですが、一時的に、彼女の身元引受人、つまり保護者として、お預かりいただくことは可能でしょうか?」
「俺が、保護者ァ!?」
無理です、と即答しようとした俺の口は、しかし、ユキの強い視線によって縫い付けられたかのように動かなかった。見捨てるのか? と、その蒼い瞳が問いかけてくる。
ああ、くそ。なんで俺がこんな目に。
頭の中では警報が鳴り響いているのに、お人好しな俺の心は、この腹ペコで素性不明な少女を突き放すことができなかった。
「…………分かり、ました。一時的に、ですけど」
俺がそう答えた瞬間、ユキの握る力が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
こうして、警察のお墨付き(?)まで得て、俺とユキの奇妙な同居生活は、なし崩し的に始まってしまったのだった。これからどうなるのか、俺には全く想像もつかなかった。ただ一つ確かなのは、うちの食費がとんでもないことになるだろう、ということだけだ。