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016話

結局、俺たちの作戦はユキの言葉通り、「なるべく速やかに行って、目的を果たして、速やかに帰って来る」という、身も蓋もないが唯一の活路に決まった。作戦と呼べるのかすら怪しいが、他に選択肢はないのだ。三人は互いに顔を見合わせ、覚悟を決めると、それぞれの出発準備を整えた。


俺は萌恵さんから預かった忌避剤のアンプルを、慎重に自分の分析動器アナライザーにセットする。マンイータープラントの出現を感知したのと同時に、自動で周囲に散布を開始するように設定を済ませた。


「なあ、マコト」

準備を終え、一息ついていると、不意にユキが話しかけてきた。

「ん?どうしたの?」

「あの植物達、食えると思うか?」


その問いに、俺は思わずずっこけそうになった。今からあの化け物の群れに突っ込むという、この土壇場で、その発想に至るのか。


「さ、さぁ……。ごめん、さっきはパニックで、【グルメ鑑定】し忘れてたから、また近づいてみないことには……」



俺が正直に答えると、それを聞いていた萌恵さんが、ふふっ、と小さく笑いを漏らした。

「あ、すみません唐木田さん! こんな時に緊張感がなくて……!」

俺が慌てて謝ると、萌恵さんは優しく首を横に振った。


「ふふ。いえ、ここまで来たら、変に緊張している方よりも、それくらい肝が据わっている方が頼りになります」


彼女は呆れたような、それでいてどこか感心したような、複雑な笑みを浮かべて立ち上がった。その手には、調査用の機材と、いつでも矢をつがえられるように大弓が握られている。


「準備はよろしいですわね。では、行きましょう」


萌恵さんの言葉を合図に、俺たちは再び世界樹を目指して歩き出した。

先ほどとは違い、明確な目的と、そして時間の制約がある。世界樹に近づくにつれて、俺と萌恵さんの表情は自然と険しくなり、否応なしに緊張感が肌を刺す。ユキだけが、いつもと変わらぬ無表情で、しかしその蒼い瞳は鋭く前方を射抜いていた。


やがて、マンイータープラントが潜む危険地帯の境界線が見えてきた。


「……来るぞ。走れ!!」


ユキの鋭い一言が、号砲となった。

俺と萌恵さんは、その言葉に弾かれたように、全力で駆け出す。直後、ユキの言葉通り、俺たちの周囲の地面が、一斉に、まるで沸騰したかのように盛り上がった。無数のマンイータープラントが、おぞましい蔦を伸ばしながら姿を現す。


ビィィィッ! ビィィィッ!


俺の頭上を浮遊するアナライザーが、けたたましい警告音を発した。それと同時に、設定通りに機体下部から緑色の霧――忌避剤が散布される。

忌避剤の効果は確かにあるようだった。俺たちに殺到しようとしていたマンイータープラント達は、緑の霧に触れた途端、まるで熱湯でも浴びたかのようにビクッと動きを止め、苦しげに身をよじらせる。怯えたように後ずさりし、俺たちに近づくことができないでいた。


「萌恵さん! どれぐらいまで近づくんですか?!」

俺は息を切らしながら叫んだ。

「なるべく根本まで! 世界樹の影響がより濃く出ている場所のものを採取します!」

「喋るな! 息が続かんぞ!」


ユキの叱咤が飛ぶ。確かに、走りながら喋っていては、体力の消耗が激しい。俺は口を固く結び、ただひたすらに足を前に動かすことに集中した。

世界樹の根本が、もう目と鼻の先まで近づいて来る。それに比例して、周辺のマンイータープラントの数も増し、視界を埋め尽くさんばかりの、おぞましいまでの数になっていく。まるで、蠢く蔦の森だ。


(これは……想像以上に、大変だぞ……)


俺はうっすらと冷や汗をかきながら、必死に足を動かす。心臓が張り裂けそうだ。そうして、地獄のような植物の群れの中を駆けること、数分。


「止まって! ここが限界です! 採取を急ぎましょう! 誠さんは土を!」

「わ、分かりました!」


萌恵さんの声に、俺たちはその場で急停止する。俺は即座に採取キットから小型のスコップを取り出し、世界樹の根本近くの土をケースへと詰めていく。萌恵さんも、特殊なピンセットで、地面に落ちている世界樹の葉を慎重に採取していた。

その間、ユキは刀の柄に手をかけ、まるで仁王像のように、俺たちの背後で周囲を警戒している。


「急げ。何かがこちらを見ている」

ぽつり、とユキが呟いた。

「何かがって、植物の化け物なら、周りにいっぱいいるだろ?!」

「違う。それらとは別の、もっと厄介な視線だ。とにかく急げ!」


ユキの言葉には、有無を言わさぬ真実味があった。普段の彼女からは感じられない、焦りのようなものさえ滲んでいる。俺は背筋が凍るのを感じながら、採取の手をさらに急いだ。


「萌恵さん、これでどうですか!?」

「ええ、十分な量が取れました! 戻りましょう!」


萌恵さんが頷いた、その時だった。


ガキンッ!


突如として、俺たちの頭上で浮遊していたアナライザーから、硬い金属音が響いた。

次の瞬間、それまで安定して緑の霧を散布していたアナライザーの機能が、完全に停止した。ガタリ、と糸が切れた人形のように動きを止め、ゆっくりと地面に墜落していく。その機体の側面には、まるで高速の弾丸で撃ち抜かれたかのような、鋭い円形の痕が残されていた。


「なっ……!」


俺と萌恵さんの口から、驚愕の声が漏れる。忌避剤の効果を失った俺たちを取り囲むように、それまで怯えていたマンイータープラント達が、一斉に、飢えた獣のように迫って来る……!

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