015話
ユキの空腹が満たされたのを見届けた後、俺たちはキャンプに設置された折り畳み式の机を囲んでいた。萌恵さんが広げた世界樹平原の地図の上には、マンイータープラントの出現ポイントや、放棄されたという研究所の位置が記されている。作戦会議の始まりだ。
「あの植物、一体一体は脅威ではないが、数が多い。今の私の継戦能力では、長期戦になれば絶対に息切れするだろうな」
食後のお茶を静かにすすりながら、ユキが冷静に分析する。戦闘による消耗が【餓渇の呪い】を刺激し、彼女のスタミナを急激に奪うことは、先ほどの戦闘で証明されてしまった。 無尽蔵に現れる敵を相手に、彼女一人に頼り切るのは危険すぎる。
「それに関しては、一つ策があります」
そう言って、萌恵さんは机の上に、緑色の液体で満たされた小さなアンプルを置いた。
「これは忌避剤です。以前、調査のために一体だけ捕獲したマンイータープラントを分析し、彼らが嫌うフェロモンを濃縮したものです。これを誠さんの分析動器にセットして、周囲に散布すれば、奴らの襲撃を一時的にやり過ごせるはずです」
「おお、そんな便利なものが!」
俺が声を上げると、ただ……と萌恵さんは申し訳なさそうに口ごもった。
「この忌避剤の効果時間は、残念ながら10分程度しか継続しません。土壌や世界樹のサンプルを採取するには、それなりに世界樹に近づかなければいけなくて……。忌避剤を追加で作るにも、このキャンプでは設備が足りず、すぐには……」
「それなら、放棄したっていう麓の研究所に寄って、そこで忌避剤を追加で作るっていうのはどうでしょう?」
俺の提案に、萌恵さんは静かに首を横に振った。
「研究所の電源が生きているという保証がありません。もし停電していた場合、忌避剤を作れないばかりか、マンイータープラントの群れのど真ん中で袋小路になってしまいます。あまり良い案とは言えませんね」
「そうかぁ……。せめて、車みたいな乗り物があれば、一気に駆け抜けられるんですけどねえ」
「移動用の小型エアクラフトも、本研究所に投棄したままですね……。動力源がなければ、ただの鉄の塊です」
忌避剤の効果時間は10分。研究所は危険地帯のど真ん中。移動手段もない。話せば話すほど、有効な手立てが塞がれていく。
「……手詰まり感があるな」
沈黙を破ったのは、ユキだった。彼女は飲み干したお茶のカップを静かに置くと、真っ直ぐに地図を見据えた。
「結局は、速攻を仕掛ける他あるまい。忌避剤の効果時間内に、目的を達成して離脱する。それだけだ」
その言葉には、一切の迷いがなかった。Bランクモンスターの群れが相手だろうと、時間の制約があろうと、やるべきことは変わらない。最強の探索者である彼女の覚悟が、その一言に凝縮されていた。
ユキの言葉に、俺も、萌恵さんも、ただ頷くしかなかった。他に選択肢はない。危険な賭けになることは間違いないが、やるしかないのだ。俺たちの作戦は、奇しくもユキが最初に言った通り、「速攻」に決まったのだった。