014話
世界樹からかなりの距離を取ったところで、あれほど執拗だったマンイータープラントの追撃が、ピタリと止んだ。蔦はまるで意思があるかのように地中へと戻り、平原には先ほどまでの静けさが戻ってくる。その様子は、まるで世界樹を警護しているかのようだった。
「まったくもう……。私が援護に入らなかったら、どうなっていたことか……」
背後から聞こえてきた呆れたような声に、俺は必死に頭を下げた。
「す、すみません……! 本当に助かりました……!」
俺がお礼を言うと、女性レンジャーはふう、と一つため息をつくと、深く被っていたフードを取った。
現れたのは、陽の光を反射して輝くブロンドの髪を、うなじのあたりで丸く束ねた、知的な印象の女性だった。切れ長の瞳の奥には、細縁の眼鏡がきらりと光っている。そして、しなやかな体躯に反して、弓使いとは思えないほど豊満なバストが、革鎧の上からでもはっきりと主張していた。あ、いや、そんなことはどうでもよくて……。
「私は唐木田萌恵。探索者兼、植物学者です」
萌恵と名乗ったその女性は、俺と、俺の後ろでぐったりとしているユキを一瞥すると、「とにかく、詳しい話は私のキャンプで。こっちです」と言って、先導するように歩き出した。
彼女に案内されてたどり着いたのは、森の中に築かれた、野営と呼ぶにはあまりに本格的なキャンプだった。複数の大型テントが並び、その一つの中には、分析用の魔道具や資料らしきものが山積みになっている。まるで研究所のようだ。数人の非武装の研究員らしき人々もおり、俺たちのような探索者とは違う、どこか物々しい雰囲気を漂わせている。
「ここって……」
「今回のクエストの依頼を出したのは、ウチの研究所です。まず初めにここに寄るように、依頼書に書いておいたはずですが?」
「か、書いてた…ような……書いてなかった…ような……」
ユキが依頼書をひったくってしまったので、俺は備考欄までしっかりとは読んでいなかった。冷や汗が背中を伝う。
そんな俺の窮地を、ユキの声がさらに悪化させた。
「腹が減ったぁ……」
「貴方達、そんな調子で本当に大丈夫なんですか……?」
萌恵さんが、心底不安そうな顔でこちらを見ている。
俺はいたたまれなくなり、彼女に頭を下げた。
「あのっ、すみません! キャンプの一角をお借りしてもよろしいでしょうか? 彼女に何か食べさせないと、話にならないので……」
萌恵さんは呆れながらも頷いてくれた。俺は早速、先ほど採取した肉葉草や他の食べられる野草を使って、簡単なサラダと炒め物を作る。ユキがそれを無心に食べる間、俺は萌恵さんから詳しい話を聞くことになった。
「あの変異した植物達が現れたのは、一週間ほど前からです。彼らの襲撃によって、私たちは世界樹の麓に建てていた、本来の研究施設を放棄せざるを得なくなってしまって……。幸い、人的被害がゼロで済んだのが不幸中の幸いでしたけど」
「それで、外部の探索者に、落ち葉や土壌の調査を依頼したんですね」
「えぇ。まさか、依頼内容の説明も聞かずに、いきなり世界樹に突っ込んでいく探索者が来るとは、夢にも思っていませんでしたけど」
萌恵さんのジトっとした視線が、俺に突き刺さる。
「うぐっ……! も、申し訳ありません……! ほら、ユキさんも! 食べてばっかりじゃなくて、ちゃんと謝って!」
俺が慌てて促すと、ユキは口をもぐもぐさせながら、ちらりと萌恵さんを見た。
「んぐ……すまなかったと思っている。おかわり」
「はぁ……この人たち、本当に大丈夫でしょうか……」
ユキのあまりに堂々としたおかわり要求に、萌恵さんはこめかみを押さえ、深いため息をつくのだった。