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012話

転移門の光が収まると、俺たちの目の前には、信じられないような光景が広がっていた。


「うわぁ……」


思わず、感嘆の声が漏れた。

つい先日までいた、灼熱の溶岩が煮えたぎる殺風景なダンジョンとは、なにもかもが正反対の世界。見渡す限り、地平線の果てまで広がる青々とした草原。風がそよぐたびに、柔らかな草の葉が波のように揺れている。地面には赤や黄色、紫といった色とりどりの花々が、まるで宝石をちりばめたように咲き乱れていた。空はどこまでも高く澄み渡り、心地よい温かな日差しが降り注いでいる。


そして、その広大な平原の、遥か中心。

天を突くかのようにそびえ立つ、一本の巨大な樹木が鎮座していた。その幹は山のように太く、枝葉は雲に届くほどに広がり、巨大な樹冠が平原に穏やかな影を落としている。生命力に満ちたその圧倒的な存在感は、見る者をただただ畏怖させる。


「あれが……世界樹、かぁ……」


伝説に謳われる幻想的な光景に、俺はしばらく言葉を失って見入っていた。

その、次の瞬間だった。


【ミントフラワー:清涼感のある香りが特徴。乾燥させて茶葉にすることで、鎮静効果と消化促進効果を発揮する】

【サンライト・ベリー:太陽の魔力を豊富に含んだ果実。ジャムに加工することで、微量ながら闇属性への耐性を付与する】

【アース・ポテト:大地のエキスを凝縮した芋。蒸し焼きにすると極上の甘みを引き出せる。滋養強壮に最適】

【ウィンド・カモミール:風に乗って種子を運ぶ性質を持つ。花弁をオイルに漬け込むと、疲労回復のマッサージオイルに…】

【ファイア・リリー:微弱な火属性の魔力を宿す。球根は…】

【ウォーター・クローバー:葉に純粋な水分を溜め込む。そのまま…】


「ぐっ……!? あ、頭が……!」


突如として、脳内に膨大な量のテキスト情報が濁流のように流れ込んできたのだ。俺のユニークスキル【グルメ鑑定】が、この平原に広がる無数の草花を、俺の意思とは関係なく、片っ端から鑑定し始めたのである 。情報、情報、情報。名前、特性、食効、薬効、最適な調理法、他の食材との相乗効果…。情報の洪水が、俺の脳のキャパシティを完全にオーバーした。


視界がぐにゃりと歪み、立っていられなくなる。膝から崩れ落ちそうになった俺の体を、しかし、横からすっと伸びてきた細い腕が力強く支えた。


「マコト、しっかりしろ」

「ゆ、ユキ……すまん、ちょっと、情報量が多すぎて……」


ユキの肩に寄りかかり、必死に荒い息を整える。数分間そうしていると、ようやく脳を揺さぶるような情報の嵐が収まってきた。


「……もう大丈夫だ。ありがとう」

「ん」


俺が言うと、ユキは静かに俺の体を離した。顔色はまだ少し悪いかもしれないが、なんとか意識ははっきりした。俺は改めて、目の前に広がる植物の楽園を見渡す。さっき脳内に流れ込んできた情報が、今度は知識として、俺の中に収まっていた。


「すごい……。ここにある植物、ほとんど全部に何かしらの食効や薬効があるなんて……。これも、あの世界樹のおかげなのかな……?」


普通の平原ではありえない、異常なまでの生命力と恩恵。このダンジョン全体が、あの中央にそびえる世界樹の魔力によって育まれているのかもしれない。料理人として、これほど心躍る環境はない。俺の心労は、すぐに尽きることのない探究心へと変わっていった。


クラクラする頭で周囲を物色していると、ひときわ目を引く植物を見つけた。他の草よりも背が高く、まるで白菜かレタスのように、何枚もの葉が重なり合っている。その一枚一枚が、驚くほど肉厚で、瑞々しい緑色をしていた。


俺はその植物に近づき、そっと葉に触れる。再び、脳内にピンポイントで情報が流れ込んできた。


肉葉草ミートグラス

・葉肉に、動物性タンパク質に近い成分を生成する珍しい植物。

・分厚い表皮は硬く食用に向かないが、それを剥けば、中の葉肉は生でも食べられる。

・その味は極めて肉に近く、青臭さや生臭さは一切ない。

・ステーキのように焼くことで、香ばしさと共に旨味が増す。


「肉葉草……表皮を剥けば生でも食べられる、か……」

俺が鑑定結果を呟いた、その時だった。


「肉か? マコト、それは肉なのか?」


俺の隣で、ユキの蒼い瞳がキラリと輝いた。どうやら「肉」という単語に、彼女の食欲センサーが過剰に反応したらしい。その食い気味な様子は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。


「あはは……まあ、肉みたいなもの、かな。食べてみるか?」

「ああ。食べてみたいぞ」

「はいはい……」


興味津々といった様子のユキを横目に、俺は肉葉草を根元から慎重に採取する。ずしりとした重みが、その中身の詰まり具合を物語っていた。携帯用のナイフを取り出し、鑑定結果にあった通り、硬い一番外側の葉(表皮)を器用に剥いでいく。すると、中から現れたのは、まるで上質な赤身肉のような、ほんのりと赤みがかった美しい断面だった。


俺はそれを食べやすい大きさに切り分けると、一枚をユキに差し出した。


「ほら、どうぞ」


ユキはそれをひったくるように受け取ると、躊躇なく口に放り込む。そして、もぐもぐと数回咀嚼すると、その動きがピタリと止まった。


「……うまい」


短い、しかし最大級の賛辞だった。

俺もつられて、切り分けた一片を口にしてみる。シャキリ、という瑞々しい歯ごたえ。その直後、口の中に広がったのは、植物特有の青臭さなどでは決してなく、驚くほどフレッシュで、それでいてコクのある「肉」の味だった。確かな歯ごたえがありながら、筋っぽさは一切ない。噛むほどに旨味が滲み出てくる。


「美味しい……! これ、本当に植物なのか? サラダだけじゃなく、ステーキにだって出来そうだ!」

「塩味が欲しいな」


ユキが、的確な感想を述べる。確かに、少し塩を振るだけで、この素材のポテンシャルはさらに引き出されるだろう。俺の頭の中では、この肉葉草を使った新しいレシピが次から次へを生まれ始めていた。


テンションが思わず上がってしまった俺は、採取用のバッグに肉葉草や他の有用な植物を詰め込みながら、自然と世界樹のある方角へと歩き出していた。


「よし、行こうユキ! あの世界樹の近くなら、もっとすごい食材が見つかるかもしれない!」

「ん。もっと肉を食う」


俺の興奮が伝わったのか、ユキもどこか楽しげだ。

二人で鼻歌でも歌い出しそうな機嫌で、広大な平原を歩き始める。

新たなダンジョン、未知の食材、そして尽きることのない料理への探究心。俺にとって、そこはまさに天国のような場所だった。


――その様子を、遠く離れた岩陰から、一対の冷たい視線がじっと見つめていることには、この時の俺たちは、全く気が付かなかった。

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