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011話

ドレッドワイバーン討伐から数日後。俺とユキは、拠点都市サキガケの職人街の一角にある、なじみの店を訪れていた。


【頑鉄工房】


「ごめんくださーい」

引き戸を開けると、カン、カン、という小気味よい槌の音と、むわりとした熱気が俺たちを迎える。店の奥から現れたのは、見事な口髭を蓄えた巨漢の店主、源さんだ 。


「おう、誠ちゃんかい。そっちの嬢ちゃんも息災そうで何よりだ」

「どうも、源さん。今日はこれを買い取ってもらおうかと」


俺はバックパックから、布に丁寧に包んだドレッドワイバーンの素材――爪や鱗、牙などをカウンターに広げた。その禍々しいオーラに、さすがの源さんも「ほう……」と感嘆の声を漏らす。


「こいつはA級モンスター、ドレッドワイバーンの素材だな。大したもんだ。よし、いい値段で買い取ってやる」


手早く査定を済ませた源さんは、金貨の入った革袋を俺に渡しながら、不思議そうに尋ねた。

「しかし、どうしてギルドの素材工房に持っていかねえんだ? あっちの方が、足元を見られずに高く売れることもあるだろうに」

「あはは……。あっちだと、ちょっと目立つかもしれないから……」


俺が口ごもると、源さんはすべてを察したように豪快に笑い飛ばした。


「がはは! 気持ちは分かるが、そいつは時間の問題だぜぇ? ただの鉄の刀でドレッドワイバーンを斬っちまう、とんでもねえ相棒がいるんだからな」


源さんの視線が、俺の隣に立つユキの腰に差された刀へと移る。


「嬢ちゃん、その刀、ちょっと見せてみな」

ユキはこくりと頷き、無銘の刀を源さんに手渡した。源さんは熟練の鑑定家のように、刀身を光にすかして丹念に検分する。


「ふむ……。ガタ付きも、刃こぼれ一つねえ。完璧だ」

源さんは満足げに頷くと、ユキに向き直った。

「ん、その刀はやはり良い刀だったぞ。これからもよろしく頼む」

ユキは小さく頷いた。

「任せな。こいつはワシの魂を込めた作品だ。こいつの修理や手入れがしてえ時はいつでも来な。タダで、最高の状態にしてやるぜ」


源さんの言葉に、俺は心から感謝した。

そして、刀の話が一段落したのを見計らって、俺は本題を切り出した。


「あの、源さん。実は相談があるんですけど……。この携帯コンロを、もっと火力の強いものに改良したくて。お金が溜まったらお願いしようと思ってたんですけど……」


俺が愛用の調理器具を取り出すと、源さんはそれを一瞥し、ニヤリと笑った。


「ああ、それならこっちで手配してやってもいいぜ。おあつらえ向きの素材も、今ここにあることだしな」

「え?」

「ドレッドワイバーンの素材を使ったコンロなら、きっと良いのが出来るぜ。あの竜の心臓の一部か、火炎袋を使えば、そこらの魔道具なんざ目じゃねえ、超高火力のコンロがな。誠ちゃん専用の、世界に一つだけの逸品だ」


源さんの言葉に、俺の目は、見たこともない極上の食材を前にした時のように、キラキラと輝き始めたのだった。


源さんに特注コンロの製作を依頼している間、俺は上機嫌でギルドの依頼掲示板を物色していた。ドレッドワイバーンの素材を使った、世界に一つだけの俺専用コンロ。想像しただけで、料理人としての血が騒ぐ。どんな火力を実現できるだろうか、どんな料理が作れるようになるだろうか。自然と顔がにやけてしまうのを止められない。


そんな俺の様子を、隣に立つユキが不思議そうに眺めていた。


「マコトは、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

「ん? ああ、仕事道具が新しくなるのは、やっぱり嬉しいもんさ。ただ新しくなるだけじゃなくて、今よりもっと良くなるわけだからね」


俺がそう答えると、ユキは「そういうものか…」と小さく呟き、ふーむ、と何やら思索を巡らせ始めた。そして、何かを閃いたかのように、一つの答えに辿り着く。


「なら、もっと新しくしよう」

「え?」

「マコトが嬉しいと、私も嬉しい。それに、料理道具が新しくなれば、もっと美味しい飯が食べられるしな」


その理屈は、いかにもユキらしい。だが、彼女の次の行動は俺の予想の斜め上を行っていた。ユキはこともなげに、掲示板に貼られていた依頼書の一枚をひょいと抜き取り、俺の目の前に突きつけたのだ。


【Bクラス採取依頼:新ダンジョン『世界樹平原』の生態調査】

【依頼内容:世界樹の落ち葉と、その周辺の土壌の採取】

【報酬:800ゴールド】

【備考:先日発見された新ダンジョンの初期調査。危険度は未知数。相応の実力を持つ探索者を求む】


「これって……最近できたばかりの、新ダンジョンの調査依頼じゃないか。これが、道具を新しくするのとどう関係するんだ?」


俺の問いに、ユキは得意げに、しかし簡潔に答えた。


「それは、行ってから説明する」


有無を言わさぬその口調。彼女は俺の返事を待つまでもなく、依頼書を握りしめて受付カウンターへと向かっていく。そして、驚く受付嬢に依頼書を叩きつけると、さっさと街の転移門テレポートゲートの方角へ歩き出してしまった。


「ちょ、ちょっと待てって、ユキ!」


俺は慌ててその後を追いかけた。一体全体、彼女は何を考えているのか。新しいダンジョン、新しい食材、そしてユキの謎めいた行動。俺たちの新しい冒険は、またしても俺の全く予想しない形で幕を開けようとしていた。

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