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010話

そうしてドレッドワイバーンの討伐クエストは、無事に、とは言わないまでも、一旦の決着を迎えた。俺たちはギルドで正式に依頼完了の報告を済ませ、報酬の4割と、ドレッドワイバーンの素材の買い取り金を手に、アパート『すめらぎ荘』への帰路についたのだった 。


相変わらずユキの素性は謎めいたままだが 、ひとまず俺の懐は、彼女の刀代を支払う前よりもずっと温かくなった。これで当分は、ユキの底なしの胃袋を満たしてやれそうだ。


しかし、その翌日のことだった。食材の仕入れのためにギルドへ顔を出した俺の耳に、奇妙な噂が飛び込んできたのは。


「おい、聞いたか? なんでも、とんでもねえ腕利きの新人がこの街『サキガケ』に現れたらしいぜ」

「ああ、A級の『戦斧の乙女』が苦戦したドレッドワイバーンを、一人で仕留めちまったって話だろ?」

「それだけじゃねえ。その新人、剣の腕も伝説級なら、料理の腕も神の領域なんだとよ!」

「はあ? 剣と料理? なんだそりゃ」

「なんでも、討伐したモンスターをその場でフルコースにしちまうらしい。その味が、一度食ったら天国が見えるほど絶品なんだと!」


ギルドの酒場で、屈強な探索者たちが興奮気味に語らっている。俺はカウンターの隅で、注文した薬草茶を噴き出しそうになるのを必死に堪えた。


(俺とユキの存在が、ごちゃ混ぜになってる……)


剣の腕はユキ、料理は俺。どうしてそんな奇妙な合体事故が起きているんだ。頭を抱えていると、背後から「やあ、誠ちゃん!」と陽気な声がかかった。振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた牛田澪さんが立っていた。


「あ、牛田さん……どうも」

「どうも、じゃないわよ! あの噂、聞いたでしょ?」

「……ええ、まあ」


俺が疲れた顔で頷くと、見上げるほどの長身を持つ彼女は、Kカップの胸を揺らしながら「ごめんなさい!」と豪快に頭を下げた 。


「口が滑っちゃって……。ギルドマスターに報告する時も、付き合いのある商人たちに武勇伝を語る時も、あのフルコースがあんまりにも美味しくてね……つい、熱く語りすぎちゃった」


悪びれる様子もなく、てへ、と舌を出す澪さんに、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。この人は良くも悪くも裏表がない、正直な人なのだ 。


「いえ、大丈夫です……。むしろ、その方が助かったかもしれません」

「え?」

「いえ、なんでもないです」


きょとんとする澪さんに、俺は曖昧に笑い返した。確かに、「凄腕の剣士にして神の料理人」なんていう、伝説上の人物みたいな噂なら、俺やユキの正体とすぐには結びつかないだろう。C級の料理人である俺 と、素性不明の少女が個別に注目されるよりは、よっぽど動きやすいかもしれない。


「そういえば、ユキちゃんは一緒じゃないのね」

「はい、アパートで留守番してます。俺がいないと、ぐーたらしてるだけなので」

「ふふ、あの子らしいわ。ねえ、誠ちゃん。また近いうちに、うちのパーティに何か料理を作ってくれないかしら? もちろん、依頼料は弾むわよ!」


新たな依頼の申し出はありがたかったが、俺は丁重に断りを入れた。まずは、この街での地盤を固めるのが先だ。


澪さんと別れた後、俺は再びギルドの巨大な依頼掲示板リクエストボードの前に立っていた。隣には、いつの間にかアパートからついてきていたユキが、俺の服の裾を握って立っている。


彼女は周囲の喧騒や自分たちの噂など全く気にしていない様子で、ただ真っ直ぐに依頼書を見つめていた。


「マコト」

「うん?」

「次は、どんなモンスターを料理するんだ?」


その蒼い瞳は、未知の食材を前にした時の俺のように、好奇心でキラキラと輝いていた 。その純粋な問いに、俺の悩みも少しだけ軽くなる。


そうだ。俺のやることは変わらない。目の前の依頼をこなし、最高の食材を手に入れ、この腹ペコな剣聖と、そして俺の料理を待つ人たちのために、心を込めて料理を作るだけだ。


俺は気持ちを切り替え、たくさんの依頼書の中から、俺たちにできる、次の一枚を探し始めたのだった。

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