パンの神殿
パンの神殿は、想像を絶する規模だった。
焼きたてのバゲットでできた柱が無数にそびえ、空にはトーストの雲が流れ、床にはクロワッサンが敷き詰められていた。
風が吹くたび、どこからともなく「酵母は意識の源だ」という囁きが聞こえてくる。
ムーンフィッシュ博士は息を飲んだ。
「ここは……生命の発酵槽か……?」
「違う、博士!」
ケルベロス・オルガンが三つの口で同時に叫んだ。
「ここは、意味をパンに変換する場所だ!」
「……パンに変換!?」
マカロニ大尉が困惑するが、すぐに小麦粉の匂いに包まれ、パスタの腕がしんなりと曲がった。
その時、神殿の中央で巨大な食パンがむっくりと起き上がった。
それは喋った。
低く、もったりとした声で。
「お前たちは、意味を求めすぎた。パンはパンであり、それ以上でもそれ以下でもない。」
ムーンフィッシュ博士は息を呑み、震える声で問いかけた。
「ならば、この旅に何の意味があったのだ……!?」
巨大食パンはじっと博士を見つめた。
そして――
「バターを塗るか?」
突如、神殿の空間がぐにゃりと歪み、全てがトーストの断面に吸い込まれていく。
博士は叫んだ。
「待て!俺はまだ何も理解していない!!」
だがケルベロスが冷静に言った。
「博士、あなたは理解したがっているフリをしているだけです。理解など、もはや不可能です。」
マカロニ大尉は空を見上げ、パスタの目に涙を滲ませた。
「俺は、ただアルデンテでいたかった……。」
全てが渦を巻き、ハムスターたちが「バター!バター!」と合唱する中、ナマズ・オブ・ザ・デッドの声が再び響く。
「君たちは結局、バターを塗るのか?塗らないのか?それが全てだ。」
博士は立ち尽くしたまま、自分の手のひらを見つめた。
指先に、じんわりと溶けたバターの感触があった。
その香りが、脳内銀河の奥底で、微かに光を放っていた。
そして彼は気づいた。
「ああ……これが、意味だったのかもしれない。」