18話 宴前編
王様に招待されてお城へ行く日。
リュミエールは朝からそわそわしていた。
「え、これでいい?やっぱ変?いやでも王様ってそんなガチガチじゃないかもだし…!」
ぶつぶつ呟きながら、いつもより何倍も時間をかけて髪を整え、服を選び、最終的には「まあいっか!」と開き直ってカイの家へ向かった。
「用意できたー?」
「もちろん。むしろそっちの気合いの入りようが気になるけど」
「え!?…やっぱり変!?」
「いや、かわ…似合ってるよ」
「ふふん、じゃあいいの!」
少し時間があったので、カイの家でお茶を出してもらう。
湯気の立つカップを両手で包み込みながら、リュミエールがふと真面目な顔になった。
「ね、私ちょっと考えたんだけどさ。これからも魔石、作るよ?」
「……え?」
「だって、私が作った魔石が、なんで世界中にあるのかはまだ分かんないけど――確かにあれ、私の作品なんだよ。いろんな所でちまちま“ぎゅっ”てして“ぽいっ”てしてたやつ」
「雑すぎる説明…」
「でも!この街のために、必要なら私、いくらでもぎゅってぽいするから!」
「……いやだからその“ぎゅぽい”やめて?でも…ありがとな」
「任せといて!その代わり、変な風に使われたり、戦いに巻き込まれるのは絶対ダメだからねっ!」
リュミエールはどこか胸を張るように言いながらも、膝にのせたカップがちょっと揺れていた。
彼女にとってそれが、すごく大きな決意だったことを、カイはちゃんとわかっていた。
バルドは腕を組んでちょっと真面目な顔で言った。
「リュミエール、お前が魔石を作れるのは助かるが…エルフの存在がバレたら街は大混乱だ。俺たちの仕事もなくなっちまうかもしれん。」
カイも困り顔で言う。
「そうだな。俺たち探索師は魔石探しが仕事だからな。リュミエールがバンバン作り始めたら、俺たちの役目がなくなるってことだ。」
リュミエールは腕を組んでちょっとふくれ顔。
「うーん、そうだね。街の人たちが魔石に困らずにずっと平和なら、確かに私の出番は減るよね。」
しばらく考え込んでから、ニヤッと笑って言い切った。
「わかった!!!もし街の魔石が全部なくなっちゃったら、その時は絶対に私が魔石を作るからね!それまでは大人しくしてるよ。」
カイは笑顔で「よし、それなら安心だ。俺たちも探し続けられるし、リュミエールも秘密を守れる。」と応じる。
バルドも苦笑いしながら「よしよし、その約束なら納得だ。…でもあんまり調子に乗るなよ?」と言い、みんなで笑い合った。
石畳の道を進んでいくと、普段のミオルカとは少し違う空気が漂っていた。
お城のある丘の上――そこへ続く道は、なんだか空まで続いているように見えて、リュミエールはちょっとだけ足がすくんだ。
「わっ…すっご…」
リュミエールは思わず立ち止まり、城の巨大な門を見上げていた。
「…さっきからずっと口開いてるぞ」
隣でカイが小声でつっこむと、リュミエールはピクリと肩を揺らし――
「う、うるさいなー…すごかったんだもん。しかたないでしょ?」
カイが苦笑いするのを見て、リュミエールもぷいっと顔をそらしながら笑った。
カイの隣を歩く足取りは、いつもよりちょっと軽やかだった。
お城の中は、まるで別世界のようだった。
白と水色で統一された空間は、まさしく“水の街”ミオルカを象徴するような、清らかで優雅な美しさをまとっている。
「わあ…!」
リュミエールの瞳が輝く。目に映るものすべてが新鮮で、まるでおとぎ話の中に迷い込んだようだった。
案内された広間の扉が開くと、そこにはきらびやかな料理がずらりと並べられていた。
湯気が立ち上り、香ばしい香りがふわりと漂ってくる。
リュミエールの目はさらにキラキラと輝き、思わずカイの袖をつまんだ。
「カイ…!あれ全部食べていいのかな!?」
「落ち着け、始まってもいないだろ…」
カイが苦笑しながらも、どこか嬉しそうに答えた。
すると、場の中央に立つ王様がゆっくりと口を開いた。
「皆さん、よくぞ集まってくれた。
今回の作戦、心より感謝している。バルド殿をはじめ、皆の協力がなければ成し得なかった。」
場の空気が引き締まる。
「感謝のしるしとして、今日はバルドチームの皆と共に、ささやかな宴を用意させてもらった。どうか楽しんでほしい。」
一拍おいて、王様は隣に立つ少女に視線を向けた。
「そして本日は、皆にも紹介しておきたい人物がいる。
我が娘、イリス=アルディナだ。」
少女が一歩前に出て、上品にぺこりとお辞儀をした。
「イ、イリス…!?」
リュミエールは思わず声を漏らした。
あの図書館で静かに本を読んでいた、あの子が——まさか王様の娘だったなんて!
「うそでしょ…」
小声でつぶやいたリュミエールの隣で、カイがひそひそと囁いた。
「イリスって前に言ってた図書館で出会った友達、だよな?王様の娘だったのか。」
「う、うん。そんな雰囲気全然なかったから…びっくり…」
一方のイリスもリュミエールに気づいたようで、軽く目を見開き、それから小さく微笑んだ。
その仕草に、リュミエールは思わず背筋を伸ばす。
「では——乾杯!」
王様の声を合図に、場が一気に華やいだ。
グラスの音が鳴り、笑い声が広がる。リュミエールも、カイと顔を見合わせ、乾杯のグラスを掲げた。
乾杯からしばらくすると、王様は席を立ち、部屋のあちこちを回って談笑を始めた。改めて感謝の意を伝えるためのようだった。
その隙をついて、リュミエールはそっとイリスに近づき、バルコニーの方へと誘った。
「イリス!まさか、まさかあなたが王様の娘だったなんて…!お姫様だ!!!」
「お姫様なんて、やめてよ…。別に隠してたつもりはなかったの。でも、ごめんなさい。
これからも…図書館での普通の友達でいてくれる?」
「うん、もちろん!ていうか、ここで会えるなんてこっちこそびっくりだったよ!」
予想もしなかった繋がりに、ふたりはふわりと笑い合った。バルコニーの空気の中で、しばし世界にふたりきりになったかのようだった。
「イリス――」
不意に呼びかける声に見上げると、そこに王様が立っていた。
「はい、お父様」
「知り合いだったのか?」
「は、初めまして。リュミエールと申します。このたびはご招待いただき、ありがとうございます」
リュミエールは服の裾をつまみ、丁寧に一礼した。
「リュミエールさんは、図書館で知り合ったご友人なんです。とても本が好きで、いつも本の話をしてくれます」
「そうか。こちらこそ、今回の礼を改めて言わせてほしい。本当に助けられた」
王様の声は親しみやすさの中にも、王としての威厳と気品がにじんでいた。力強く、まっすぐな感謝の言葉だった。
「ところで、リュミエールというのはとても美しい名だ。
神話に登場するエルフと同じ名前でね。ご両親が神話好きだったのかもしれないな」
その言葉に、リュミエールの心臓が思わず跳ねた。
(どうしよう……なんて返せば――)
焦る彼女の横で、イリスがすっと口を開いた。
「へえ、そんな素敵な古書があるの?
お父様、リュミエールさん、本が大好きなの。きっと喜んで読むと思うわ」
「図書館で出会ったと言っていたな。ちょうどいい機会だ」
王様は小さくうなずくと、ふたりを見つめながら続けた。
「アルディナ家に代々伝わる書物がある。神話についての記録でな、エルフに関する記述も多い。
もし興味があるなら読んでみるといい」
「…そんな貴重な本を、私なんかが読んでもよろしいのでしょうか?」
「構わないさ。いま持ってこよう。
読み終えたら、君の感想を聞かせてくれると嬉しいな」