15話 森
リュミエールはひとり、森の奥へと足を進めていった。
カイと歩いた道を思い出しながら、緑が深まるその先へ——。
(このあたりでいいはず…)
足元には、濃く淀んだ魔力の層が広がっている。
リュミエールはそっと目を閉じ、自らの魔力を静かに流し込んだ。
“抑える”のではなく、“包み込む”ように。
魔力のうねりが肌をかすめ、風のように渦を巻く。
リュミエールはその流れに指先を添え、やわらかく、けれど確かな意志で——「ひとつにまとめて」いく。
その瞬間、地中から伝わってくる脈動。
まるで心臓の鼓動のようなリズムが、リュミエールの魔力と共鳴し、
地層に滞っていた力が、きゅうっと一か所に収束していった。
——ほのかに光る、小さなかたまり。
それは人間たちが“魔石”と呼ぶものだった。
「……これよ。これが、わたしが“作っていた”もの」
彼女はそれをそっと掌にのせた。
あたたかくも冷たくもある、不思議な感触。
まるで、ずっと昔に落とした何かを、今拾い上げたような気がした。
* * *
どれくらいの時間が経っただろうか。
日も傾きかけた頃、リュミエールは久しぶりに水場へ足を運んでみた。
そこに広がっていたのは、以前と変わらぬ静かな景色。
なのに、自分だけが変わってしまったような気がして、胸が少し苦しくなった。
「……あともう少し、頑張らないとね」
そう小さくつぶやいて、彼女は再び魔石づくりへと向き直る。
——その傍らで、一輪の花が、青黒く光りながらそっと揺れていた。
リュミエールは夜を過ごすため、森の中にあるかつての自分の家へと歩き出した。
「わあ、久しぶり。ちょっと変わったね……でも、とっても素敵」
家は、彼女が森を離れて以来、森の一部になる事を決めたようで、半分ほどが木々と同化していた。けれど、かろうじて扉はまだ開けそうだ。彼女は「ガゴッ」という音と共に、その懐かしい扉を押し開けた。
中はほとんど草や蔓に覆われ、家具の輪郭さえ曖昧になっていた。
それでも——ここは彼女の帰る場所だった。
「懐かしいな……ここで、長い間”休憩”をしてカイと、過ごして……」
思い出が胸をよぎり、カイの顔が浮かぶ。
リュミエールは少しだけ寂しそうに微笑むと、そっと目を閉じた。
「……明日、夕方までにはミオルカへ戻ろう」
そう決めて、彼女は草の香りに包まれながら、静かに夜を過ごした。
清々しいとは言えないが、それでも朝はやってきた。
リュミエールは振り返り、小さく微笑むと、かつての我が家に「ありがとう」とそっと告げ、静かにドアを閉めた。
背中に背負った大きなリュックには、まだ少しだけ余裕がある。
「あと一回分……少しでも多く、魔石を持ち帰りたい」
リュミエールは空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
「よし、帰ろう。これからどうするか——ちゃんと決めなくちゃ」
そして彼女は、静かに森を後にした。
日が落ち、辺りが薄暗くなった頃——
リュミエールはそっとカイの家の扉を開けた。胸の奥がどきどきと高鳴る。
「ただいま……」
「リュミエール!!!!」
カイの声が部屋中に響いた。
「なんで……いや、どこも怪我はしてないか?疲れただろ?座れよ!」
「ありがとう、大丈夫よ」
「……その、リュミエールは平気だって言ってたのに、俺……無理してでも行こうとして……」
「ふふ、カイがついてきてくれるって言ってくれて嬉しかったよ。でも、今回はわたしの方が動きやすかったの。だから……気にしないで」
「……よく考えたら、俺がいない方がいい場面だったのかもな。……、ごめん」
奥の部屋から、バルドが顔を出した。
「おお、リュミエール。戻ったか。……無事で何よりだ」
「はい。それで、あれから街は……どうだったんですか?」
「まだ奴らは現れていない。だが——王様の判断は下された。
この街を守るには、もう……戦うしかない、とな」
「そんな……でも、わたし……作ってきたの!魔石!これで争う理由はないでしょ!?ほら、これだけあれば……!」
リュミエールは背負ってきた荷を解き、そっと魔石を差し出す。
それでもバルドの表情は、変わらなかった。
「……ありがたいがな、リュミエール。それでも、争いは避けられん。魔石は“足りている”じゃなく、“もっと欲しい”ものなんだ。
一度渡しても、またやってくる。次はもっと多くを求めてな。
街はその度に苦しむ。ならば、ここで断ち切るしかない。それが……王様の判断だ」
「そんな……」
リュミエールの胸が、ぎゅうっと痛んだ。
それでも、目を伏せていた彼女は顔を上げた。
「……わかった。じゃあ、わたしも戦う!」
力強く言い切るリュミエール。
「この魔石を囮にして、反撃するのはどう?
不意打ちされたなら、今度はこっちが仕掛ける番じゃない!」
「ふむ……そうだな。こっちは『戦う気なんてありませ〜ん、お手上げで〜す』って態度で待っていればいいわけか。
ついでに『見つけた魔石、どうぞ〜』って差し出して……」
バルドが少し肩をすくめて笑うと、リュミエールがパッと続けた。
「そのすきに、背後から――バスッと!ねっ?」
「国の兵士たちには、森の影や建物に隠れてもらって……。
敵が油断したその瞬間を狙えば、きっとびっくり仰天よ!」
「ええ〜……そんなにうまくいくかなあ……」
カイがやや不安そうに眉を寄せたが――
リュミエールの表情は、曇るどころかますます明るくなっていた。
「きっとうまくいくよ!……なんだか、そんな気がするの!」
希望と決意をまとったその笑顔に、バルドもカイも、つい顔を綻ばせた。