13話 不安の影
最近のリュミエールは、やたらと張り切っている。
「街に住むなら、お仕事もしないとね!」
そんなことを言い出して、まず最初に挑戦したのが料理だった。
「きのこは森でいっぱい採ってたし、得意かも!」
嬉しそうに鍋をかき混ぜていたけど、結果は――味のないスープと、まっ黒に焦げたパン。
「これは……」
フォローを探してると、「大丈夫! まだあるから!」と元気な返事。
まったく懲りた様子もなく、次は植物育てに挑戦するらしい。街の人からもらった小さな鉢に、そっと魔力を込めていた。
「ふふ、こうやってちょっとだけ魔力を流して……っと」
……数時間後。俺の部屋の窓際は、ツタと葉っぱの要塞になっていた。
「おかしいな、成長しすぎたかも」
おかしいのは、明らかに君の魔力量だよ。
三度目の挑戦は、裁縫だった。
針と糸をじっと見つめながら、「これなら集中できそう」と言って、小さな巾着袋を縫いはじめる。
「ちょっと魔力込めてもいい?」
「ほどほどにな」
そう答えたものの、できあがった袋はほんのりと優しい光をまとっていた。手に取ると、ふんわりと心が落ち着く感じがする。
「どう?」と聞かれて、「……すごく、いいと思う」と答えた。
リュミエールは目を丸くして、それから、ぽっと頬を染める。
「やった。これなら、私にもできるかもしれない」
その笑顔が、本当にうれしそうで――
気がつけば、俺もつられて笑ってた。
……ほんと、最初に会った頃はどうなることかと思ってたのにな。
今じゃ、こうして一緒にいろんなことに挑戦して、笑い合って。
ふと、机の上に置かれた巾着袋に目をやる。
なんとなく、胸の奥がほんのり温かくなるような気がした。
たった数日で、あれよあれよという間にリュミエールは家も場所も決めてしまったらしい。
「乾杯!」
3人で小さなパーティーの、ささやかな最後の夜だ。
「やりたいことが見つかって、本当によかったな!リュミエール!」
「はい!ほんとに、みんなのおかげです!」
師匠とリュミエールは笑い合っている。楽しそうだ。
その様子を見ながら、俺は――少しだけ寂しかった。
同じ街にいるとはいえ、同じ家に住むのとはわけが違う。
それに、きっとリュミエールはお店もうまくいって、自分の道をどんどん進んでいくんだろう。
俺は……まだ探索師の見習いだ。置いていかれるような、そんな気持ちが胸に広がっていた。
「カイのおかげで見つけられたんだよ。ありがとう」
「そんな……リュミエールがすごいんだよ……」
すると、師匠がニヤッと笑って言った。
「お?カイ、もしかして寂しいのか〜?」
「んなわけないだろ!」
「だよな〜。これで寂しいなんて言ったら、バカだぜ?」
(いや、それはそれでどうなんだ!? こういうのって、普通寂しがるところだろ!?)
「最初に“家を出る”って聞いたときは、もしかして元の家に戻るのかと思ってちょっと焦ったが、この街に住みたいって聞いて安心したな」
「それにな、隣の作業場どうしようか悩んでたんだけど、リュミエールが使うことになってな!」
「……え? 隣?」
「そうだぜ? 隣の作業場。探索チームも人が増えて、もう手狭だったから今は使ってないだろ?
そこをリュミエールに引き渡したんだよ」
「聞いてなかったよ!? ビックリした!!」
「てっきり師匠から聞いてると思ってた。びっくりさせちゃったなら、ごめんね?」
「いや、嬉しいけどさ!? まさか“隣”とは思わなかったっていうか!」
「……夜ご飯は毎日お世話になります」
師匠は大笑いしながら、豪快にお酒をあおっていた。
「え、ほんと?すごいねリュミエール!」
イリスはまるで自分のことのように喜んでくれた。
いつの間にか、図書館で誰もいないときはよくふたりでおしゃべりをするようになっていた。
「ぜったいぜったい!お店に行くから!」
いつものように楽しく話していると、扉がそっと開き——
「イリス様」
短く声がかかる。
「はい。わかりました」
と返事をしたあとは、すぐにいつものイリスに戻って——
「お店!行くからね!今日はもう、ばいばーーい!」
と、両手を大きく振って去っていった。
「イリス様、だって……」
リュミエールはぽつりとつぶやく。
イリスって、言葉づかいも仕草もお上品だし、たまにああやってお迎えも来るし……
もしかして、本当にどこかのお嬢様なのかも?
「っと!私も帰ろ!」
そう言ってリュミエールも図書館を後にした。
そしてその夜。いつものように三人でご飯を食べていると——
「そうだ、リュミエール」
カイがふと顔を上げた。
「ついに、見たかったんだ。魔石が。
まだ少しだけなんだけど……だから、数日間、俺と師匠は戻らないと思う」
カイの表情はどこか真剣で、でも嬉しそうだった。
「その間のご飯なんだけど——」
「だっ、大丈夫よ!数日ぐらい!自分でできる!」
慌てて言いながら、リュミエールは笑顔を見せた。
「それよりすごいね!見つかったのって、久しぶりなんだよね?」
「ああ。いろんな探索チームが探してるけど、なかなか見つからないからな」
カイはうなずくと、ふっと心配そうに目を細める。
「……ほんとに大丈夫か?ちゃんと毎日、食べろよ?」
カイと師匠を見送った午後。
小さな店の扉が開いて、控えめな足音が入ってきた。
「……あの、すみません」
少し緊張した声の女の子。年はリュミエールたちとそう変わらなそうだった。
「はい、いらっしゃいませ!」
まだ慣れないその言葉が、少し弾んでしまう。
「無事を願ったお守り……って、ありますか?」
「えっと……はい、これなんですけど」
小さな布袋に、リュミエールのほんの少しの魔力と、「元気でいてほしい」という願いをたっぷり詰めたものだった。
それを手に取った女の子は、ふうっと息をついて、ほっとしたように笑った。
「よかった……。兄が、兵士なんです。
もうすぐ戦争が起きるかもしれないって言われてて……だから、少しでも守ってくれるものが欲しくて」
「……戦争?」
思わず聞き返したリュミエールに、女の子は小さくうなずいた。
「まだ噂の段階なんですけど……北のほうで何か動きがあるって。
何も起きなきゃいいんですけどね」
そう言って代金を渡し、お守りをそっと胸元へしまい、深く頭を下げた。
「ありがとう。本当に」
リュミエールは、黙ってその背中を見送った。
あの小さなお守りが、誰かの役に立つ日がくるなんて——そう思った矢先に聞いた、“戦争”という言葉。
胸の奥に、小さな不安が、じんわりと広がっていった。