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10話 ミオルカ

橋までたどり着き、ふたりが立ち止まって見上げると、眼前に広がる光景は息を呑むほど壮大だった。


どこまでも続く巨大な池。その青く澄んだ水面には、大小さまざまな船がゆっくりと行き交っている。船の帆には街の紋章と思われる渦巻き模様が描かれており、水の風にゆらめいていた。


白く輝く街の壁には何本ものロープが垂れ下がり、荷物や人を載せたかごが静かに昇り降りしている。壁のあちこちには水路が彫り込まれ、流れ落ちる水が滝のような音を響かせていた。

その水しぶきが街全体を霧のヴェールで包み、空の色と溶け合って幻想的な景色をつくり出している。


街には橋がひとつだけではない。視線を巡らせれば、いくつもの橋が弧を描いて水の上に浮かんでいた。高低差のある建物をつなぐアーチ状の橋、手押し車を押せるほど広い平坦な橋、小さな小道のような細い橋まで。すべてが水と共にある街ならではの姿だった。


ふと視線を下ろせば、街の外れには広大な畑が広がっている。そこでは大勢の人々が黙々と作業していた。色とりどりの作物が風に揺れ、あちこちに家畜の姿も見える。作業用の水路が田畑の間を巡っており、水と共に暮らすこの街の知恵がうかがえた。


「……すごい」

思わずリュミエールが呟いた声は、水音にかき消されてしまった。


彼女はそっと耳を隠す帽子を深くかぶり直し、胸の奥に湧き上がる感情を抱きしめるようにして、足を一歩、橋の上へと踏み出した。


「リュミエール、ミオルカへようこそ!」


カイが振り返って、晴れやかな笑顔を向ける。


「さっそく俺の家に行こう!師匠を紹介したい!でも……たぶん、まずは説教されるな……」


街に入ってからも、リュミエールの目には興味を引かれるものばかりが飛び込んできた。


本当に、街の中に水路が張り巡らされていて、人々はそれを使って船で移動している。

小さな船の上で、水音をかき消さないようにそっと鼻歌を歌う女性。

水路の縁に腰かけて、ただ水の流れる音に耳を澄ませている老人。

そのそばを走り回る子どもたちの、元気な笑い声。


静けさとにぎやかさが混ざり合う、不思議な調和のある街だった。


そんな景色を横目にしながら、ふたりは歩き、時には小さな船に乗って移動しながら、

街の一角、階段を少し登った場所にあるカイの家へとたどり着いた。




「師匠いるかな…」カイは神妙な面持ちでドアをギィっと開けた。


「ただいまーー…」


………


「師匠ー?いないんですかー?……」

まるで本気で居ないことを祈っているように、カイの声は慎重だった。


「ふぅ…まだ師匠はいないみたい。よかっ——」


「……誰がいないって?」

ひょっこり台所の奥から、エプロン姿の師匠がぬっと現れた。


「うげっ!!!」

カイは盛大にのけぞった。


「ちゃんと靴音で気づけ、間抜け弟子め。おかえり」


「し、師匠いたのかよ!!!」

叫んだあと、しまったという顔になるカイ。


「あ……ただいま……。反対を押し切って出て行ってすみませんでした。探索結果の報告してもいいですか……?」


師匠はエプロンを外しながら、ふっと息をついた。


「……無事なら、それでいい」


その一言で、カイはなにも言えなくなった。

きっと師匠には全て見透かされてるんだろうな…。



「で、そちらのお嬢さんは?」


師匠の問いに、リュミエールは一歩前に出た。そして、ためらうことなく帽子に手をかけた。


「初めまして。リュミエールです…。」


すっ、と帽子を脱ぐ。金色の髪がふわりと揺れて、尖った耳があらわになった。


「って、リュミエール!?ちょ、ちょっと待って!今!?今それやるのか!?」

カイは思わず半歩飛びのき、帽子を奪い返したいような手つきをしながら慌てた。


「えっ?だって、カイの大事な人にはちゃんと自分のことを…」


「いやいやいや、外じゃないだけマシだけどさ!初手で“実はエルフです”は展開早すぎるってば…!」


カイの小声の焦りにも、リュミエールはどこ吹く風。にこにことした顔で師匠の反応を待っている。


師匠はしばし絶句した後、ぽつりと漏らす。


「……エルフ。いやぁ、生きてる間に会えるとは思わなかったな……」

そして急に、椅子にどさっと腰を下ろして天井を仰ぐ。


「この家、もっとちゃんと掃除しとくべきだったな」


「そこ!?」


「いやあほら、伝説の存在が来るならさ。もうちょっと整ってた方がいいだろ?」


師匠は苦笑しながらも、目は優しくリュミエールを見つめていた。


「随分と面白い旅をしてきたようだな。カイ」


「……はい」

カイは少し気まずそうに頭をかいた。


師匠はリュミエールに視線を移し、ふっと柔らかく笑って言った。


「――カイが世話になったな。礼を言うよ」


リュミエールは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐににこりと笑って「いえ」と小さく首を振った。



「それで、お嬢さん。君はこれから、どうするつもりだ?」


リュミエールは少しだけ視線を落とし、答える。


「正直、まだ考えていません。カイに助けられてここまで来ましたが、私は……人の街で暮らしたことがないので」


「ふむ。まあ、いきなり決められることでもないな」

師匠は頷き、少しだけ口元を緩める。


「だが、街で何かを見つけたいのなら――その耳も名前も関係ない。おまえが何者かより、何を選ぶかのほうが大事だ」


「……はい。ありがとうございます」

リュミエールは少し目を見開いたあと、感謝を込めて深く頭を下げた。


「じゃあ、やりたいことが見つかるまでうちにいればいい。なんだったらずっと居てくれてもいい。」


「ありがとうございます。いいんですか?」


「ああ、もちろんだ。その代わり、きちんと働いてもらうからな。1人で長く暮らしてたんだろ?じゃあ家事も大丈夫だよな?」


「えっ…!師匠!!!家事は今まで通り俺がやるよ!!リュミエールにはまず人間としての生活を学んでもらいます!!」



「おお。そうか。じゃあ、カイがしっかり教えてやるんだな?」


「はい!もちろん!」と元気よく返事したカイは、ほっとしたように肩を張った。


リュミエールは少し照れたようにうつむき、そして小さく呟いた。


「…年齢に関しては、もう少し配慮してくれると嬉しいんですけどね」


その一言に、師匠もカイも思わず目を見開いた。


「お、お前、まさか…」


「はい、数千年生きてますから…」


一瞬の沈黙の後、カイは思わず苦笑いを浮かべた。


「年齢じゃなくて、あの部屋の住民には任せられない…な」


「まさか何百年前のホコリがまだ残ってるのか?」と、師匠が笑いながら問いかけた。



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