1話 エルフは今、休憩中
リュミエールは、ずっとひとりで生きてきた。
どれくらい経ったのか、正直もうよくわからない。
百年? 五百年? たぶん、それどころじゃないくらい。
この世界の地層には魔力が溢れすぎていて、エルフにとっては濃すぎる。
だからリュミエールは、一人旅に出ることにした。
エルフの未来のために。もっと生きやすい場所を探し、作るために。
長い長い旅へ。
──と、そんな素敵な志を抱いて旅に出たはずだったのだが。
リュミエールはとんでもなく、だらしなかった。
掃除は苦手。寝るのは大好き。
食事は、生きるために最低限とればいい派。
それに、地層の“掃除”と称していた魔力の処理も、
「ぎゅっ」と圧縮して、「ぽいっ」と捨てるだけ。
そんな生活を何百年も繰り返していたある日──
「……疲れた。眠い。飽きた」
そうぼやいて、旅はあっさり中断。
ちょっとだけ、と休憩することにしたのだった。
エルフの言う“ちょっとの休憩”は、人間にとっては気が遠くなるほど長いけれど。
森の奥深く――
空はほとんど見えず、木々の枝葉が幾重にも重なり合い、陽の光は細い糸のようにわずかに差し込むだけ。
湿った空気に包まれ、足元には苔やシダがふわふわと広がっている。
幹には鶴や蔦が絡まり、風が吹けば葉のざわめきとともに、かすかな水の音や鳥の囁きが重なる。
まるで誰かが息をひそめて住んでいるかのような―― そんな森の一角で、リュミエールは暮らしていた。
リュミエールの朝は、昼前にようやく始まる。
とはいえ、目が覚めたからといって特に何をするでもない。
ぼんやりしていると、ドアが「コツン」と音を立てた。
「……あ、もうないの?」
リュミエールはのそのそと立ち上がり、ドアを開けた。
その足元には、小さな木の実がちょこんと置かれている。
これは、森に住む動物たちからの合図。
家から歩いて10分ほどの森の奥にある水飲み場──
その水がなくなったことを知らせるサインなのだ。
もともとは木々や花のために魔力で用意した場所だったが、
いつの間にか鳥たちや獣たちが集まり、ちょっとした動物の憩いの場になっていた。
水が切れると、こうして木の実で知らせてくれるようになったのだ。
「……ほんと、助かる。忘れっぽい私にはありがたいね」
リュミエールは、頭をぼりぼりと掻きながら伸びをする。
あの水場には、彼女のお気に入りの花も咲いている。
「枯らすのはイヤなんだけどなー……どうにも、覚えてられないの……」
そう言って、また一つ大きな欠伸をした。
ついた水飲み場には、すでに動物たちが集まっていた。
「いやー、お待たせ。ごめんね、いつも忘れちゃって」
リュミエールはそう言いながら、水辺に立ち手をゆっくりとかざす。
ぽぅっと優しい光が灯り、地面から澄んだ水が静かに湧き出す。
「待ってました!」とでも言うように、動物たちは順番に水を飲み始めた。
リュミエールはふと木の根元に目をやり、そちらへと足を運ぶ。
「ああ、よかった。枯れてない」
その視線の先には、一輪の小さな花が咲いていた。
この場所に来てから、初めて見た花だった。
長生きのリュミエールにとっても、初めて出会う種類だ。
淡い光をまとい、日によって色が変わる、不思議な花。
今日は、やさしいオレンジ色に輝いていた。
「今日はオレンジなんだね。とても綺麗」
そうつぶやくと、花はまるで応えるように、ふわりと光を強めた。
今日は綺麗な花も見れたし、家の前を少し変えて花を増やそうかな?
と珍しく前向きだった。
「うん!そうしよう!」
珍しくやる気が出たリュミエールはいそいそと家へと足を運んだ。
うーん、どんな花を増やそうかな?
魔力を込めれば、怪我が治る花や気持ちがやわらぐ花、思わず踊り出しちゃうような花だってある。
あれやこれやと考えながら歩いていたが、
突然、ぐーーっとお腹が鳴った。
「そう言えば、ご飯…最後に食べたのいつだっけ?」
なんだか頭もふらついてきた気がする。
リュミエールは食事を忘れがちで、食べ物のことはいつも後回しになる。
考えるのを一旦やめて、家へ早々と戻ることにした。
荒れた棚を漁りながら、
「……あれ、どこやったっけ?」
「この辺に置いたはずなんだけどなー」とがさごそやっていると、
「あ、あった! 完全栄養食のキノコ!これさえ食べてれば大丈夫!って優れものだよね!」
キノコを見つけたリュミエールは適当な場所に座り、何も考えずにキノコを頬張った。
「うーん、キノコは相変わらず味気ないけど、これで元気が出るならいいか。」
キノコを食べ終わったリュミエールは、ふーっと大きく息をついて、しばらくぼーっと座った。
「さて、お湯でも入れようか。」
カップを手に取り、目の前でそっと湯気を感じる。温かさが手のひらにじんわりと伝わる。
「今日はどんな味になるかな。」
リュミエールはふっと笑みを浮かべながら、辺りに落ちてる枝を選び手に取り、魔力を込めて湯を混ぜる。すると、お湯はゆっくりと色を変え、花の香りがふわっと広がった。
「うん、今日はラベンダーと蜂蜜の味。」
リュミエールはカップを口に運び、ゆっくりと一口飲んだ。
その温かさが心地よく広がり、思わず目を閉じて深く息をつく。
「あぁ、なんていうか…ほっとする。」
飲み終えたカップを置くと、そのままゴロンと寝転がるリュミエール。
体がじんわり温まり、眠気が襲ってきた。
「……あ、花を増やすんだった」
と呟いたが、すぐに眠りに落ちてしまった。