上京したての田舎者③
気合も十分にいざ手続き……と言っても、手続き自体はとても事務的な物だった。養成施設での試験完了証明書の提出と潜航者資格証明書の記入、依頼達成時の振り込み先設定etc……当然と言えば当然なのだが、資格を取得する際の記入事項に亀裂内の事故での死亡に於いての責任云々の項目を見つけた時は嫌な汗が伝うのを感じた。分かっているつもりだったけど、亀裂内部では命は非常に軽い物なのだと再認識させられる。
「さて、書類の記入は以上になります。続いて、八狗 文さんの潜航者適性等を測定させて頂いた後、管理機関のデータベースに掲載する流れとなります。これは養成施設でも測定したことがあると思いますが、此方での測定はより高精度で適性等が把握出来るので、潜航者になるにあたり、どのカテゴリーのクラスタ……潜航者の方々が運営する団体、組織の事ですね。それらに所属するのが向いているのかの参考になるかと思います。場合によっては各クラスタから勧誘が来ることもあります。文さんは保有性質が【戦闘技能】、しかも【多性質】との事ですので、早い段階で勧誘の連絡が来ると思いますよ」
一通りの書類を書き終えると、職員の女性からの説明が始まる。
保有性質。それは多世界災害以降、我々に目覚めた能力の総称だ。これはこの世界に生きる人類誰もが保有する物であり、保有性質の持つ力の程度には大きな個人差がある。
性質は【戦闘技能】【作製技能】【術理技能】【特異技能】の4つに大別され、その中で更に幾つかの系統があるとされる。
【戦闘技能】は主に身体能力の大幅向上。筋力が異常に強くなったり視力や聴力などの感覚が鋭敏になったりと、物理的な部分での強化や運用に優れた能力の総称である。能力の強度には個人差はあるが、他の保有性質者に比べて潜航者になるものが多い。【多性質】と言うのは保有性質によって特に向上する能力が複数ある人達の総称で、その数が多い程希少とされている。私の場合は脚力と反射速度、嗅覚がそれらに当て嵌まる為、【三重】と呼称される。
「それと、書類にも記載してあるので確認済みとは思いますが、潜航者には活動実績等に応じての区分、階級制度が存在します。階級に応じて受けられる各種サービスや保障、特典等が多くなりますが、これらは活動実績のみではなく、潜航者としての普段の振る舞いや評判等も評価対象となるのでその点はご注意下さい。場合によっては潜航者資格の剝奪や、最悪犯罪者として処罰される事もあります……とは言いましたが、無差別な殺人や法に違反する事でもしない限りはそんな事にはならないのでご安心ください」
そうにこりと微笑む職員さん。しかしこう言った事が説明されるという事は、少なくともその手の潜航者が存在するという事でもある。万が一にでもそうならない様にしないといけないのだ。
「さて、長くなりましたがこれで此方からの説明は終わりとなります。八狗さんから何かご質問等はございますか?」
「いえ、大丈夫です」
「はい。それでは、これで潜航者資格手続きは終わりです。この後は先ほどお話しさせて頂いた潜航者適性の測定になります、これから頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
書類手続きを終えた私は、支部内の別のフロアに移動して潜航者適性の測定を受ける。これは養成施設でも受けたものとほぼ変わらず、円筒形の透明な機器の中に入り専用の測定機器で全身をスキャンされる。それだけでその人がどのような保有性質を持っているかが分かるものだそうだ。私はそういった分野にはかなり疎いので原理などは分からないのだが、ある作製技能の性質保有者が亀裂内で発見された技術を安全に利用できるように解析、改良したのだと聞いたことがある。此処の支部にある測定機器は他の支部や養成施設にある物とは性能が異なるものらしく、此処以外では本部と各主要都市の支部にしか設置されていない高級機だそうでより詳細な情報を読み取ることが出来る……らしい。
場合によっては此処での測定で実は多性質だった!という事が発覚する事もあるらしいが、測定結果は依然と変わらず三重。その他も問題無しという事で適性測定はスムーズに終えることが出来た。
「ん~、やっと終わったぁ!」
その後、その他の細々した手続きも滞りなく進み、無事に潜航者資格証の発行が完了した。半透明の素材で出来たプレートの様なもので、資格証自体は個人の携帯端末に専用のアプリをインストールすればそちらでも証明可能との事だったので忘れないようにアプリのインストールを紐付けを済ませておく。
管理機関支部の入り口を抜け外に出た私は、徐に発行されたばかりの資格証を眺めてみる。其処には潜航者の固有管理番号と、八狗 文の名前が確かに刻印されていた。
「これが私の……へへへ……」
何度も見返し、光に透かして見たりして、それが間違いなく自分の物である事を確認する。遂に自分は潜航者になれたのだ、憧れ続けていた潜航者に……その実感を噛み締める度、どうしても表情筋がゆるんでしまう。勿論、資格を取っただけでは何もしていないのと同じだし、浮ついたままでいるのは駄目なのは理解している。だがこの高揚感と感情は、今の私には到底堪えきれないのだ。嬉しさのあまり思わず踊り出してしまいそうな程である。
感動の余韻に浸る事暫し、いい加減冷静になる為に資格証をポーチに仕舞い込む。気持ちが落ち着いてくると、傍目から見れば相当にはしゃいでたであろう自分が少し恥ずかしくなってきたのだ。幸いな事にそこまで人がいない時間だったらしく、恐らく私の奇行を見てた人はいない。見られていたとしてもなんか小娘がはしゃいでるなー位で、そこまで気にも留めなかった筈だ。
目を瞑って大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ありきたりな方法だが、気持ちを切り替える時には昔からこれが一番効くのだ。
「……よし、切り替え完了っ。次は当座の宿泊場所を決めな……きゃ……」
これからは一人の潜航者として生活をしていくのだ。浮かれるのは此処までにして、先ずは拠点とするホテル等を探して……等とこれからの段取りを考えながら目を開き顔を上げる……と、顔を上げた先に見えたのは、少し前に見た事のあるとても綺麗な女性の顔……嗚呼、やっぱりニーノさんはとんでもない美人さんだなぁ……でもなんでだろう。どうしてそんなにも『これは面白い物をみてしまった』みたいな感じの微笑みなのだろうか……えっと、これは、もしかしなくても、見られていて……?
「やぁ、無事に潜航者になれたようだね?嬉しさで緩んだ表情も素敵じゃないか」
「え、待っ、ちょっ、い、いつか……っ」
「そうだね、君が入り口から出てきて徐に資格証を取り出してからこれがわたしの」
「わー!!それ最初からじゃないですか!!!なんで声かけてくれないんですか!?」
「いやぁ、アヤ君が随分とはしゃいでたのが初々しいやら可愛らしいやらで遂、ね?」
嗚呼、穴があったら入りたい……
「まぁ良いじゃないか。潜航者になれて、見る限り念願だったのだろう?多少はしゃいだとて咎められる事こそあるまいよ。おめでとうアヤ君。先達として祝福しようじゃないか」
「それはそうなんですけど、うう、ありがとうございます……」
そう言ってくれるニーノさんはとても優しい笑顔だ。その笑顔で少しは救われた気持ちになる。
「あれ、そういえばニーノさんは何故こんな所に?」
「嗚呼、元々私も此処に用があってね。そっちは手早く片付いたから、折角だし君を待っていようかと」
「私をですか?」
「ほら、最初に会った時に手続きを~、と言っていただろう?出逢ったのも何かの縁だ。新たな潜航者の後輩にランチでもご馳走しようと思ってね」
「えっ、いやそんな!!悪いですよ!!」
「細かいことは気にするものじゃないさ。私がそうしたいからってだけだし、先輩潜航者の一寸したお節介さ。それに……」
そう言葉を区切ったニーノさんの手が、スッと私の頬に伸びる。ほんの少しひんやりとした体温に、何故か私の心臓が早鐘を打ったように拍動する。
「私は君に興味があるんだ……ま、潜航者としての色々な話も出来るだろう。損はさせないよ。さぁ、行こうか」
スルリと頬に充てられた指が離れ、悪戯っぽい笑みを浮かべたニーノさんが歩き始める。そんな彼女の後を、どぎまぎしっぱなしの私は慌てて付いていく事しかできなかった。