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85、2匹の妖狐

胡蝶之夢、アゴーニの本陣となったクロザキ邸跡地。見上げれば曇り空。チラチラと雪が降り始めている。戦車部隊の撃破報告を受け、戦況の優勢を感じつつも油断なくミケは懐の毛玉を摩った。白くもふもふとした白毛玉はほんのりと熱を持ち、触れればピクリと反応する。


出来れば使いたくない奥の手。クロザキ亡き後の話をアグニと交わすミケの視線が瓦礫の方を向いた。音も無くそこに佇む一人の影が、気配も無くそこに居た。


「おやぁ。クロザキ組の狐さんじゃあないかい。」


手を振るミケ舌打ちで返すヨンビ。本陣を守る精鋭はいつの間に沈黙。先程の小手調べでは無い。正面からの本陣強襲。クロザキ組きっての強者であるヨンビが直接出向いてきたのだ。


「ヒト風情が気安く話しかけるな‥!貴様らを消した後、さっさと戦いを終わらせるぞ。」


ボスの二人を指差すヨンビ。途端に飛ばされた不可視の衝撃は、ガガーランの巨体によって防がれた。空気が震え風が悲鳴を上げる。その尋常じゃ無い衝撃にさしものガガーランも数歩後退り‥


「フン、良い威力だ。ヨウジュツと言ったか?ブラックボックスアーツを身に受ける機会はそうそう無くてな。」


ドン、と胸を叩いて筋肉を膨張させた。


「チッ‥!」


舌打ちの合間にもヨンビは矢継ぎ早手に指先から衝撃波を放ち、ガガーランの巨体が飛び上がって拳を振りかぶる。その馬力、推進力は不可視の攻撃を容易く弾き減速ほぼ無くヨンビへ迫った。


革靴型の駆動魔具で地面を蹴って飛び退く、着弾した拳が地面を割って瓦礫片を四散させる。アグニを狙って照準を定めるものの、アグニの姿はそこに無く。視界外から迫ったアグニの蹴りを片腕で受け止めた。


ガガーランの足を衝撃で撃ち抜いて怯ませ、アグニの構えた大口径のリボルバーの銃口から頭部を逸らして危なげなく回避。が、突然ヨンビの影から突き出た黒光のビームシュナイダーがバリア装甲を削り取り、アグニへの反撃を諦め再び飛び退いた。


自身の影に潜んだ黒子の腕が背中を襲い、影を撃ち抜いた瞬間には姿は無い。何の手応えも無く床を撃ち抜いただけ。しかしガガーランに意識が向けば即座にビームシュナイダーが襲いかかる。


(思ったよりやるな。)


幾らバリア装甲を削られようがヨンビにとっては些事。影から突き出たビームシュナイダーを躱さず、直撃しながらも影に潜む黒子を蹴り飛ばした。ビームシュナイダーはバリア装甲を貫き、ヨンビの腹部を灼き貫く。転がった先で黒子が見上げたヨンビは、青白い炎で傷を塞ぎ無傷の姿となって睨みつけてきていた。


「何だぁ?!どんなマギアーツを使ったかしらねぇが。何の種族だよ!」


飛び掛かるアグニの蹴りを片手でいなすが、宙で起動したブレードランナーの出力が、そのままアグニの体を回転させ更にもう一発の蹴りを見舞ってきた。独楽のように一回転し光学の軌跡がヨンビの腹部を切り裂く。既にバリア装甲は壊れ、強化外装が機能を喪失していた。


しかし。


手応えの無い傷は直ぐに塞がり、代わりにヨンビは両手の指で銃を構えるよう印を結ぶ。


(何かする気か?!)


飛び掛かったガガーランの爪が印を結んだ手首を切り落とし、振り払った剛腕がヨンビを吹き飛ばした。吹き飛ぶヨンビの手首は既に再生し、印を結んだ状態で口を開く。


(なんという再生速度‥!!)



「空鳴。」



爆発的な衝撃波が全てを吹き飛ばした。ガガーランも、アグニも、黒子さえも影ごと吹き飛ばされ瓦礫片の一つも残さず遠くに転がっていく。バリア装甲が砕け、ボロボロになりながら土埃に塗れる面々にヨンビはため息を一つ。


(これを使う事になるとは、癪だ。)


そんな中、ふと変わらない姿で席に腰を着けたままのミケに気付き思わず目が見開いた。


やれやれ、と言った感じにミケは懐から白毛玉を放り。白毛玉は急加速するとまるで液体のように姿を変形させ、宙を自在に駆けヨンビへと迫る。


「人界の揉め事に関わるんじゃないよ、狐さん。」


ミケの呟きは誰にも聞こえず。咄嗟に白毛玉を衝撃波で撃ち落としたヨンビの背後───


鈴の音が聞こえた。


白の和装に大きな笠帽子で顔を隠した小柄な影。生やした二本の白尾が揺れる。笠の下のその顔は爺の面に隠されつつも、玉のような少女の声がヨンビを刺す。


「ヒッヒッヒ‥」


不気味な笑い声が空間に木霊し、ヨンビの姿を迫り上がった四方の鳥居が隠す。そして宙に鳥居が消えた時には既に二人の姿は無かった。


とある伝手で押し付けられた厄介な毛玉。面倒な悪戯狐に手を焼かされていたが、こういう機会では役に立つ。同じヨウジュツを使う者同士、知らぬ所で潰し合って欲しい。ミケは席を立ち、倒れた黒子を回収しに動いたのだった。




真っ暗な空間に幅の広い回廊が伸びていた。左右を灯篭の仄かな灯りが照らし、和の装飾の施された回廊は無限に続く。回廊の重力は遥か先へ続く暗がりへ向かい、廊下は真っ直ぐ天上まで続く壁となっていた。ヨンビは回廊に放り出され、後を追って現れた白尾の少女と一緒に回廊を“落ちて”いく。


「ニビぃ!!邪魔をするなァ!!」


「ヒッヒッヒ!お邪魔は妖の常であろう?わしは胡蝶に与する身でなぁ!」


ニビは両手の指で輪を作りヨンビへ向けた。


迎陰招き門の法。


一瞬の視界の暗転の後、足が急に地についた感覚にたたらを踏む。ヨンビが囚われたのはカビ臭い廃墟の座敷牢。蠢く暗がりが一斉に飛び掛かる。その1匹、1匹が疫病を齎すネズミの群れ。バリア装甲を喪失し、体勢を崩していたヨンビはあっという間に群がられ数秒で体の半分を齧り取られてしまう。


が、空鳴が空間ごと全てを吹き飛ばし元の回廊へ脱出した。同時に背中を蹴り上げられ背骨を粉砕され、至近距離で向けられた銃口が胴体を蜂の巣にしてしまう。白を基調とした“雅”の銘が付けられたアサルトライフルはニビのお気に入り。全身から青白い炎を上げてヒトの形を保とうとするヨンビは、更に空鳴をニビに撃ち放つ。


ニビが指で輪を作り呪言を唱えれば──


「ぬりかべ。」


突如現れた巨大な壁がその身を持って空鳴を防ぎ、砕けた破片の向こうでニビは笑っていた。一陣の風がヨンビを通り抜け、ヨンビの胴から手足と首がバラけてぐらつく。次の瞬間には青白い炎と共に体は元通りなものの、着実に力を削がれてしまう。


タマモ配下の妖狐達に分け与えられた力の一つ、妖炎の法はその肉体を瞬時に再生させる代わりに相応量の妖力を消費する。妖力は妖にしか知覚出来ないブラックボックスエネルギー。その賄い方も消費の仕方も妖以外に知れず、故にオカルト扱いされる摩訶不思議な力。人智を超えた力のぶつかり合いはヨンビには久しく、ニビの手数の多さに翻弄されてしまう。


体を裂いた風の正体はカマイタチ。手足に鎌を持つ疾風の妖がヨンビを包囲し何度も斬りつけ、それを物ともせず一体ずつ空鳴で粉砕していく。


「相変わらず馬鹿力で何でも解決する脳筋木偶の坊じゃ!ちっとは技を磨かんか!!」


「ふざけるな!この街を手中に収めろと私を寄越したのは主の癖に!」


「状況が変わった言うとるじゃろ!帰還命令を無視してしょうもない田舎マフィアと戯れおってからに!」


「帰還するついでに仕事を終わらせるだけだ!貴様の邪魔が無ければ1時間後にはこの街はクロザキ組の手中、つまり私のものとなっていたのだぞ?!」


「ハンッ!ノクターンの支援者は胡蝶之夢だぞ?!」


「娼館に街を支配させてどうすると言うのだ!あんな木端勢力に私がつく理由は無い!」


「‥貴様、まただな?」


見透かした顔でニビは笑う。


「ヒトに懐きおったか。」


「‥っ!!」


空鳴の構えを取るヨンビの前、ニビは常世回廊の法を解く。ヨンビの指の向く先にはクロザキ、周囲を取り囲む組の精鋭達。ヨンビとクロザキの縁を追ってニビに転移させられていた。クロザキの目が見開き、ヨンビは空鳴を打てずに発射直前の濃縮された妖力が全身を駆け巡り酔ったようにふらついてしまう。


その傍ら、ニビは指で輪を作り邪悪な笑みを浮かべていた。


「海坊主。」


呪言が空間全体を震わせ、一瞬の暗転の後にその場の全員が海洋の只中に放り出された。


突然足場を失い、荒波に飲まれ、海流に揉みくちゃにされる混沌に一同は身動きすら出来ない。波に飲まれ海中へ没すれば上も下も分からぬ暗黒空間。その遥か底から大口を開けた巨大な頭部が迫ってきていた。


暗闇に光る巨大な二つ目が犠牲者達を真っ直ぐ見据えて海中から飛び出して来る。海上に突き出した大きさは小山程。


重く低く甲高い咆哮が地平線の彼方まで、空の果てまで届き何もかもを噛み砕いて海中に消えていった。

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