84、怪物の口腔から覗く悪鬼の眼
タマシティを運営する運営委員会、その筆頭であるタマ生命の本社。行政区の中心に建った巨大ビルの最上階。街を見下ろす景色を一望できる会議室へ、ソウジは足を進めていた。タマ生命社長テツオの一人息子、ソウジは幼少期から親の背中を見て育っていた。
(この会社だけが親父の生き甲斐だって事くらい理解はしている!)
既に中年、ソウジの黒い髪は形状記憶毛髪で七三分けに固まっている。櫛で整えるまでも無くキッチリした髪を揺らし、抑えた激情に顔を赤くしながら突き進む。幾度も社の方向性に異議を唱えたせいでソウジに与する人間は少ない。ソウジは都市運営委員会としての矜持を持って会社を運営するべきだと確信していた。決して運営能力に翳りが差したまま、ダンジョン運営を誤魔化し都市の住民にリスクを追わせるやり方を取るべきではないと。
ただ、タマ生命には理解者が少なかった。気高い理想より、現実的な既得権益。今ある立場が脅かされ今後の生活に不安を持つくらいなら、誰もが立場を守る為に攻撃的になる。守らねばならぬ都市に住まう住民の命であったとしても二の次三の次と。
魔王がタマ生命に接触を図ってきたという一大事にも関わらず、ソウジは会議に呼ばれなかったのだ。気高いソウジを排して行われる会議がどんなものになるか。冷えた汗が額を伝う。
「ソウジ様、今回の会議にはご出席なさらないのでは?!」
「退けっ!」
腰の低い警備兵を肩で退かし、会議室のドアを乱暴に開け放つ。ドアは自動で開くが、それすら待てないと言わんばかりの猛進。一瞬静まり返った会議室で、重役達の視線がソウジに集中した。ソウジの視線の先にあるのは、くたびれた顔のテツオだけ。
「どういう事だ?!」
烈火の如く怒声を上げたソウジにテツオは黙して語らず。代わりに隣に座していた白スーツの女性が口を開けた。
「おや?ソウジ様は今回欠席と伺っていたのですが、体調が戻られましたのでしょうか。」
鬼の形相を前に飄々とした態度を取る彼女はミヤノ。化粧の濃さで歳を誤魔化すミヤノは、タマ生命の中でも一番の出世頭。ソウジを差し置いてNo.2の席に座っていた。
(オヤジの愛人風情が!)
ソウジは青筋を立てる。この女と関わりを持った辺りからテツオの行動が怪しくなったと訝しんでいた。実際には幾つもの功績と、彼女の社内政治の巧みさが今の地位に繋がっていたがソウジはそれを知らない。興味も無い。ただ憎いだけだった。
「魔王の件は聞いている。取り引きだろう?新しいダンジョンを生み出すから手伝えと。」
「おや?耳が早いですね。知っての通りタマ地方にはめぼしいダンジョンが無く、どれも都市運営の足しになる程の規模も成長性もありませんでした。タマ地方は怪物の居ない平和な田舎、だなんてヤマノテの方では言われているそうですね。」
何処かバカにした態度のミヤノも、ソウジを嫌っていた。
(いい歳して正義漢気取りの気色悪い一人息子が。もうちょっと社会を勉強しろグズ。)
互いに暴言を吐き合う事は無いが嫌悪の視線が交差する。
「ただ、魔王が生まれてしまった事は想定外でしたが。魔王の力を以て直々にダンジョンコアを生み出すとなれば規模も成長性もピカイチ。上手くやればタマシティはニホンコク有数の大都市になれるでしょう。」
今の窮状を一発で打破する魔王、タマシティ双方にメリットのある最善策ですよ?とミヤノは微笑む。
「魔王との取り引きはニホンコク憲法に反するぞ!事と次第によってはジエイタイが動く!タマシティが警戒区域諸共吹き飛ばされるかもしれないのだぞ?!正気か?!」
「その憲法に則って運営すればタマシティは救われますか?何処の企業が運営委員会に名乗り出たとしても、現実問題タマシティ周辺にダンジョンが存在しません。都市の住民全てを追い出し、ここを放棄する事になるかもしれないのです。」
他の重役達も口々にミヤノを擁護し、ソウジを世間知らずと罵る。テツオも椅子に腰を預けたままソウジに冷ややかな視線を送っていた。
「タマ生命が都市運営委員会を降りれば良いだろうが!!この都市の運営を一時国に預ければいい!そもそもダンジョンが無くとも金さえどうにか出来れば都市の存続自体は可能だ!タマ生命のダンジョンは鉱脈ダンジョン!水も食料もエネルギーも全部輸入で賄っているだろう!このまま魔王の言いなりになるよりは!国の判断を仰いで正常な運営が行われるよう──」
「貴方はどの立場の人間ですか?!」
ミヤノの一喝が会議室を静まらせた。
「社長の一人息子が会社を困窮させる判断をよくもまぁぬけぬけと!財政破綻で運営委員会を降りた企業の末路など今更説明する必要も無いでしょうに!それともそんな事も知らないんですか?!」
あまりの剣幕にソウジは言葉を詰まらせる。
「だ、ダンジョン化と言ってもどうするつもりだ?十分な大きさの遺跡が無ければそもそもダンジョンコアがあっても根付かないんだぞ?」
タマシティ周辺にそんなサイズの遺跡など──
「有ります。」
一転しふと微笑むミヤノは会議室の壁面に候補地を映し出す。重役達が頷く中、ソウジは血の気が引いて後ずさった。
「警戒区域の深未踏地ギリギリの場所に、治外街であるアングルスという街が存在します。」
「そこには、ひ、ヒト、が。一杯‥!」
ソウジの口から漏れたか細い声。
「ご存知の通り、治外街とはニホンコクに属さぬ街。つまりニホンコクと無関係な、無断でニホンコクの領土内に住み着いたダニのコロニーのような場所です。ここにニホンコクの企業が一社でも参入していれば重大な責任問題に発展しかねませんでしたが、幸い現地のマフィアが企業の参入を幾度と無く拒み独立を保っています。」
ミヤノの口調はすらすらと。
「1円の税も払わずに勝手に住み着いた住人達は、新たなダンジョンの誕生の際非常に良い餌となりますから、場合によっては即座に魔王が新ダンジョンへ移転、魔王の居なくなった潔白な旧ダンジョンを我々に譲りダンジョン乗り換え計画を完遂する事も出来るかと。」
「ヒトが一杯死ぬんだぞ?!幾ら治外街だったとして世間が許す訳が無いだろうが!!!」
「勿論これはただの事故です。何処からかダンジョンコアがアングルスに侵入、ダンジョン化して住民は死滅。タマ生命とは無関係ですよ?誰が、何を許すのですか?偶々警戒区域内に出来た新ダンジョンでタマシティの今後が守られ、善良なニホンコク民の明日が繋がる。良い事ずくめですよね?それとも現地の汚らしいマフィアや娼婦達の命に何か価値でも?」
一瞬ソウジの目が見開き、血が出るほどに唇を噛み締める。目の前の女は、悪鬼だった。企業の明日の為に、大勢の人間の命を勝手な言い分で消費してしまおうと考えている。それが許された側の人間だと思い上がり、何処までも醜く立場を死守しようと足掻いている。
「丁度今、タマ生命は前々からの打診もあってマフィアの抗争を起こす事に成功しました。既に計画は動き出していたのです。マフィアの抗争で揺れる中、街の防衛など出来るはずがありません。明日の日の出までには全てが片付いているでしょう。」
「計画が動いている‥?」
「はい。ダンジョンコアは既にアングルスへ。」
微笑むミヤノにソウジは己の無力さを知った。今更事を知った自分が出張ったとしても何も出来ないと。とうの昔に蚊帳の外。知られても問題ない状況になったから知る事が出来た。
「世間知らずなソウジ様に言っておきますが、この部屋の外部とのネットワークは限定回線となっておりますので。明日の朝まで今後の事に付いて色々と話し合いをしましょうか。」
警備兵がドア前を固める気配にソウジは悪態を吐く。
「分かってくれ。これも会社の為なんだ。」
初めてテツオが口を開いた。そんなつまらない事を口にする為に。歯軋りしながらも、ソウジは諦めていなかった。




