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77、動く情勢、揺れるアングルス

────クロザキは煙を吐いた。室内は薄暗く、タバコの薄明るい火が煌々と。外の景色を隠すブラインドは光を遮り、黒を基調としたシックな組長室に影を落とす。


カネコの敗北、そして頭部を持ち去った影法師。


クロザキは再び煙を吐く。波だった心を沈める時はタバコの火を見つめるのがルーチンとなっていた。


まだ30後半。若々しい雰囲気の黒髪オールバック。シワ一つ無い黒スーツ姿の男、彼はクロザキ組の頭でありL.Cの幹部の一人。


(そろそろだと思っていたが。やっと街の寄生虫が逃げたか。)


元々アングルスの街を仕切る二台巨塔は獣尾族を中心としたアゴーニと、人間を中心としたクロザキ組だった。8年前。突然現れた流浪の開拓者崩れ集団、L.Cがクロザキ組を力ずくで乗っ取り組織のトップに立った。街の半分を支配下に置くクロザキ組の名は影へ、L.Cが表舞台を牛耳る。


しかし、今朝。


L.Cの面々が突如として消えた。部屋の壁には、


『そろそろ目標金額を達した、街は返す』


短いメッセージが一つ。何者かに敗れたピクルスが目を覚ましたのはつい先日。既に予備の肉体と首の繋がっていた彼は早々に出立の準備を整えたに違いない。元々気分屋、何を買う気だったかは知らないが、突然この街に興味を無くして去る可能性は十分あった。それが今日だっただけの事。


(このまま街の半分はクロザキ組の手に戻るってか?いや、今の街の情勢じゃアゴーニの天下か。それか胡蝶之夢が俺らに代わるか。間違いなくこの街に俺らの居場所は無い。)


タバコの火が消える。


ドアが乱暴に開けられた。


「おい!組長!アイツら逃げやがった!兄弟がやられて、今度はL.C解散だぁ?!無茶苦茶だろ!」


怒りに顔を歪めるのはカネコの兄、トゥ。いつもの兄弟揃っての無表情と打って変わって、しょうゆ顔から怒気を放っている。


「分かってる。おい、いつ動く?」


クロザキの背後にすぅっと現れた狐の獣尾族。黒スーツを着こなす男装の麗人は鋭い目でクロザキを見下ろす。


「情報が一つ。この街の運営体制を協議する為アゴーニと胡蝶之夢が廃墟街で会談をするらしい。つまり、」


「クロザキ組との決戦をする気か。逃げたいのなら止めないが、意地を張りたいんならかかって来いと。」


彼女は20年前からこの街でクロザキ組を支え、先代の組長が連れてきた組の相談役。ヨウジュツなるブラックボックスアーツを使う不思議な獣尾族だった。名をヨンビと言う。


「じゃあ切り込みにいかねぇとな。」


トゥの後ろから、刀を片手に室内を覗く眼帯の黒服は薄ら笑う。


「ああ、全員ぶち殺してやればいいんだろ?!兄弟がやられて黙ってられっかよ!ラフィとかいうクソガキは俺が殺す!胡蝶之夢のクソ女共も全員八つ裂いてやる!」


興奮し過呼吸気味に叫ぶトゥは昔から自制心がやや足りていなかった。しかしそこに一人のテレポーターが現れ苦言を呈す。黒頭巾で顔を隠した不潔感のある黒服は手をひらひらさせて。


「すいやせん、組長。言っちゃなんですが罠に飛び込むのはどうかと。ここは一時街を出て体勢を整えてからカチコミを掛けるべきでは?L.Cだってそんなやり方でこの街の半分を獲ったんでしょう?」


「んなぁにぃ?!」


思わず手が出るトゥの拳は黒頭巾を掠りもせず。クロザキの側に転移して肩を叩く。


「それに何度も言いますがヨンビを信用しすぎるのもどうかと。ぶっちゃけ獣尾族ってだけで怪しいのに、先代もクロザキ組長さえ妙に信用しますよねぇ?」


「使える手駒は使うまで。先代と同じだ馬鹿。」


クロザキのデコピンを受け止め、戯けたように後ずさる黒頭巾はヘラヘラと笑った。


「ケンザキ、トゥ、ハッサン。テメェらは動員出来るモン全員引っ張り出して来い。武器庫の武器弾薬全部引っ張り出せ。」


戦争の決断に3人はピクリと反応し、踵を返して部屋を出る。


入れ替わりに部屋の窓が音無く開き、一人の少女が腰掛けた。座ったままクロザキは振り向き、ヨンビが黒装束の少女を睨む。


「あらあら。戦争するのねぇ。」


「テメェは胡蝶之夢の雑用か。ルナ、だっけか。悪いがガキが出しゃばっていい戦いじゃねぇんだよ。」


「下品な言葉使いね、見た目はイケてるのに勿体無いわぁ。」


ルナはクロザキを指差し、しかしヨンビが振った片手で不可視の攻撃が払われる。


「ルナさん!」


突然背後からしたラフィの声にルナの気が一瞬逸れた。


同じく不可視の攻撃。ヨンビが片手でルナを制した瞬間、全身を巨大な壁で打たれたような衝撃を受け小さな体は激しく吹き飛んでしまう。


「ちょこざいな。陰でコソコソと動いていたようだが、所詮は使い捨ての駆け出し開拓者よ。」


間一髪ナノマシンの防壁で衝撃を殺したルナだったが、


(今のは何のマギアーツかしら?ここで大将首を取っちゃえば簡単に済むと思ったのにぃ。無理に戦わない方が賢明ね。騒ぎになったら大変だしぃ。)


追ってくる気配が無い事を確認し、その場を離れる事にした。


「ヨンビ。テメェは俺と来い。」


クロザキは席を立つ。


「失ったモン、取り返すぞ。」





胡蝶之夢、タマとラフィの部屋。パンタシアへの入り口が壁に取り付けられただけの簡素な一室。ベッド、シャワー室だけある。そんな部屋。


そこにパンタシアからそっと出てきたモモコがスマイルで通信を行っていた。プライベートルーム内の回線は買い取った利用料のお陰で外に通じるものの、内容は勿論全部記録に残ってしまう。


別にラフィに仇なすつもりはないが、一応機密事項である為外に出て通信をする必要があった。


何度目かの呼び出しにやっとモモコは応じた。


「ああ、やっと繋がりましたか。呼び出しに応じて一応来ましたよ、はい。」


「いやいや、まずは名乗ろうよ。」


「あいさー。シブサワPMC旅団大隊第四旅団副団長、ウメ。呼び出しに応じ只今参上致しました。」


気の抜けた適当な返事にモモコは内心でため息を吐く。シブサワグループの運営するPMC旅団。内閣に名を連ねるシブサワの持つ軍事力は国内でも広く知られている。ジエイタイは深未踏地の魔王の脅威から国家の崩壊を防ぐ壁、シブサワPMCは企業から依頼を受け、内部の暴走したダンジョンを合法的に潰して回る掃除屋のようなものだった。


ダンジョン破棄が合議で決まるか、間に合わずに暴走させてしまったか。そんな時都市を襲う怪物を食い止め、ダンジョンを潰すのが主な任務。勿論それ以外も大規模な怪物の群れが警戒区域内で捕捉されれば、都市から要請を受けて駆り出される。国内全てをカバーしている訳ではないものの、関東圏全域がシブサワPMCの活動圏内だ。


「と言うか私達暇じゃ無いんですけど、アングルスなんかに何の用事で?緊急って言うから私だけ来ましたけど。」


「ふふん、まぁ聞きなって。近々大きな戦いが起きそうでね。」


耳が早いウメは既に街の情勢を把握していた。


「言っておきますが、マフィアの抗争に介入なんてしませんよ?別にヒトを駆逐するのは私達のお仕事じゃありませんし。基本は怪物退治専門です。」


予想通りの反応にモモコの口角が少しだけ上がる。


「そっちは問題ないさ。だけど、タマ生命がね。そろそろ動くと思うんだ。」


僅かな間思案するウメ、会話の途切れは暫時。直ぐに応答した。


「彩色祭の前にカタを着けるつもりで。タマ生命はタマPMCを抱えていましたね。規模は田舎相応ですが、アングルスの街に襲撃なんて仕掛けますかね?幾らニホンコクに属さない治外街だとしても大義名分も無しに攻撃とか取り潰されますよ?」


モモコは上流階級の人間としての今までの経験則、開拓者として横から見てきた人々。そういう諸々を考慮した結果出てきた予測を語る。


「普通は、ね。時にウメはニホン史は知ってるかい?この世界にニホンコクが転移してくる前の、地球とかいう場所での話さ。」


「はぁ‥」


ぶっちゃけ知らないしどうでも良い。そんなウメの反応にモモコは苦笑する。


「昔ニホンコクは大名達が群雄割拠する、中央政府が力を失ってしっちゃかめっちゃかになった時代があったんだ。そんな時代に乱世の奸雄として国を纏め上げ天下統一寸前に手を伸ばした男がいた。」


「その話ぶり、その男はしくじったんですね。」


「ああ。身内の裏切りにあってね。裏切った本人も三日の間天下を取った後、仇討ちに敗れて死んだ。」


「それがなんの関係で?」


モモコの歴史うんちくは付き合いが長ければちょくちょく聞かされるやや面倒な会話だった。


「あはは、もうちょっと興味持ってよ。何で裏切ったと思う?強大な家臣団に囲まれた真っ只中での無謀な裏切りだよ?その後四方八方からタコ殴りにされる事なんて火を見るより明らかじゃんか。」


ウメは少し思案、まぁいいやと適当に流す。


「いけると思ったんじゃないですか?」


「当事者しか理由は分からないし、未だ確定的な説も無い。無謀な下剋上を天下統一一歩手前の変なタイミングでやったんだ。折角国を安定させようとした英雄を殺すなんて、誰の目に見ても国際テロリスト。周囲も中央もカンカンさ。でもね、むしろ変に辻褄合わせようと考えるから分からなくなるんだと思う。歴史を作るのは結局ヒトさ。合理的に動くAIじゃない。単に直前に禿頭を馬鹿にされてカッとなったとか、高齢故に脳の劣化が原因でボケが始まってたか。」


「権力を持ったままボケた老人とか厄介ですよね。」


モモコの説にウメは同調した。で、要点をそろそろ話して欲しいとウメは通話越しについ顎で促してしまう。


「タマ生命は未だ代わりのダンジョンを見つけられていない。このまま魔王の居るダンジョンを破棄すれば、間違いなく都市運営委員会から降ろされる。管理側から管理されるただの一企業に逆戻りするんだ。上層部は冷静じゃ居られないだろうね。ヒトは一度上がった生活レベルをそう簡単に下げる事は出来ないもんなんだよ。」


「いいかい?合理的に考えるんなら魔王のいるダンジョンを秘匿するなんて無謀な事はしない。魔王の存在を誤魔化しながら都市を運営している時点で十分狂っている。追い詰められた人間は何をするか分からない。来月には第1旅団大隊がタマ近郊に展開する予定だ。そうすれば万が一魔王が暴走しても食い止められる。」


「あいあいさー。それまで街で待機して入れ替わりに帰投って感じでいいですね?てかもう力ずくでタマ生命のダンジョンに攻め込みません?」


通話越しのモモコの呆れた溜め息。


「で、肝心な魔王が何処かに逃げてて発見出来なかったらどう申し開きするつもりだい?魔王だって馬鹿じゃない。まさか合議も無しに企業のダンジョンを破壊する訳にもいかないだろう?その間どっかに魔王に逃げられてたらそれこそ介入するチャンスを棒に振ってしまう。後手だけど事が大きく動くまでは専守防衛さ。」


「言ってみただけですよ。」


ノクターンがタマ生命のダンジョンに目をつけている事はモモコも知っていた。敢えて口に出さないが、事が大きく動くとしたら件のテロリストが切っ掛けか。やや子煩悩な父はモモコの話を素直に聞き入れ、緊急対応で旅団大隊を2部隊貸し出してくれた。この対応が今後どう影響するか。モモコは自分にできる対応を進めていた。


(タマ生命が運営委員会から降りれば次の後釜をどうするか。魔王を倒して大団円なら良かったけど、現実は先の先まで考えなきゃ大混乱で都市の運営に支障が出る。インフラを支えてるのは都市運営委員会の会長を務める企業なんだ。さぁ、どうするかな。)


モモコなりに運営委員会のどの企業を推すか思案する。しかし、財源の怪しいタマ生命を担いでいた企業達が果たして信用できるのか。シブサワグループが運営するならどういう形にするのが理想か。ラフィの故郷の都市なだけに、いつもみたいに父親に投げず真剣に頭を悩ませたのだった。

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