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9、共同体の為の死は個を埋没させる、救いの手を伸ばしたのは───

燃え盛る家の入り口は瓦礫で埋まっていた。そもそもの家がいつまで持つかも分からない状態だ。もし家が潰れたら?強化外装で耐えれる?タマさんは銃弾の直撃は避けた方が良いって言っていたけど、何百キロもある瓦礫の下敷きは耐えれるか分からない。


怖い‥怖い?


どうしてか恐怖感よりも、前へ!っていう衝動がボクの体を突き動かす。足は竦まない。脳波に従って強化外装はボクを引っ張っていく。こういうのって火事場のバカ力って言うんだっけ?ボクを動かすのはアドレナリン?


深く考える前に燃え盛る家はもう目前。


車を飛び出した勢いのまま外壁を回り込み、熱で変形した窓の一つ目掛けてマギアーツを発動する。


“操”、“掴”、“力”・・・


勢いよく意識の隅を流れた演算通り、袖から発射された巻物の先が窓を割って窓枠を掴み、そして窓枠ごと引き千切って隣家の屋根まで放り投げた。意識せずとも緊急事態にボクの着込んだ強化外装が身体を強化した。戦闘モードが自動でオンになっている。

体を包むように張られた薄くも頑丈なバリア装甲が、炎の熱と煙からボクを守ってくれた。‥水を浴びた意味は無かったかな?


強化された身体能力の内には内臓だって含まれていた。骨の強度も、筋肉の質も、強く鼓動する心臓と、身体中に酸素を送る肺も。戦闘モードに入った開拓者は超人的な強さになるんだから!なんとか支援システムだっけ‥?それのお陰ですっごい体が軽い。


燃え上がりボロボロになったドアが蹴飛ばされ、粉々になって散らばる。室内は煙で視界が悪い。ふと強化外装に搭載された探知レーダーが、室内の構造をボクの視界に共有してくれた。直前まで見えていた煙が急に晴れ、壁の向こうが半透明に透けて見え、最奥で縮こまるゴブリン達が見えていた。

操作不能一歩手前のスーパーボウルのように跳ね回ったボクは5秒かからずに家の奥まで辿り着いた。


奥の寝室に転がり込めば、驚いた顔で潜んでいたゴブリン達と目が合う。怪物騒ぎで避難した所を運悪く巻き込まれてしまったのかな。そのゴブリンの中にはラララさんの姿もあった。


「今助けるよ!」


叫んだボクが脱出経路を脳内で構築しようとした矢先。


派手に暴れ回ったせいか家全体がぐらりと揺れ、焼けた天井が迫ってくる。


脱出?いや、間に合わない。退くんじゃない。前に進むんだ!


泣き叫ぶラララさん達の声の中、ゆっくりと動く世界でボクは一歩踏み込み飛び込んだ。


集中しろ!


両腕から射出された巻物がボクとみんなを覆うよう瞬く間に展開する。出来るだけ長く、硬く、速く!


腰の本も全て展開して試せる全ての演算を全力で処理していく。


“防熱”、“硬質”、“耐衝”


無数の漢字が脳内を流れ、マギアーツが巻物を幾十にも強化する。


僅か数瞬の命を繋ぐための時間と膨大な演算処理が結果を変えた。落下の勢いで威力を増した屋根の質量を、先を尖らせた即席のシェルターが貫くように受け流す。炭化した木造は予想通り脆く、鋭く頑丈な三角錐が真っ二つにかち割った!

紙だし燃えちゃうかも?って思ってたけど、マギアーツで強化されていたからか、それとも紙に似た難燃性の材質だったのか。知識に無かったけど上手くいって良かった。

激しい衝撃に意識が飛びそうになりつつも最後まで演算を止めることはなかった。


トランス状態の終わり際、最後の力を振り絞って周囲の残骸を吹き飛ばす。


“斬”


瞬時に刃と化した巻物が荒れ狂って残骸を細切れにし、勢い任せに蹴散らした。


終わったのかな?何とかなった。怖かった。


修羅場を生き残った経験を積んだ実感がじわりと滲み出て、少し放心しながらも巻物を袖下に戻す。全力で演算をしたのは初めてだった。授業で使う魔具はちょっと動かすと壊れちゃうから。だけど演算式のない、演算処理能力に上限の無い巻物と本はそんなボクの力に応えてくれた。だけど今のでエネルギーパックが空になっちゃった。うう、暫くすれば回復するよね?


極限状態の無茶の先に少しだけでも演算のコツを掴んだ気がした。まぁ、さっきのをもう一回って事になっても上手く出来る自信は無いけど。


「ラフィ!」


口々にボクの名を呼んでラララさん達が抱きついてくる。ジタバタするも抵抗虚しく、好きに振り回されてしまった。そうこうしているとゴブリンの戦士達が駆けつけて来て、ラララさん達が興奮した口調で事態を説明する。


「協力、感謝する。君は開拓者かね?緊急救助依頼を受諾したのはタマという開拓者一人だったはずだが。」


「開拓者ではないです、まだ。タマさんに付いて色々勉強している見習いなんです。」


彼らの活躍を真近で見ていただけに、お礼を言われるとちょっとでも認められた気がして嬉しくなった。ぱぁっと目を輝かせるボクに、一袋の金貨が渡される。


「開拓者で無くとも礼をする。これは依頼を受けてくれた開拓者に渡す分だが、今は君が受け取るべきだ。それと、もしもう一つ協力してくれるのなら更に出そう。」


ずしっとした重みに驚いていると追加で依頼のお話が。でも、

「戦ったりとかは出来ません!ええと、さっきので魔具のエネルギーがカツカツで。」

実際もう巻物も本も操作を受け付けてくれない。全部使い切ってしまった状態から自動充電されるのを待つにも1日掛かるってタマさんが言っていた。


「君は優れた演算能力がある。凄い魔具使った。ラララから話を聞いた。今怪我人、大勢いる。アコライトが足りない。魔具は貸すから手伝って欲しい。」


アコライト。それは医療用魔具の取り扱いに精通した者達。でも普通アコライトは派遣会社に登録して、依頼が来た時に医療スタッフとして派遣される。依頼を出したものの想定以上の患者の量に追いつかなくなっているのかな?でも医療用魔具の取り扱いには資格がいるんじゃ。


片言なゴブリンの戦士に変わって、流暢に話すゴブリンの戦士が声を潜めて言う。


「この部落に常駐するアコライトは“もぐり”だ。資格はない。派遣会社に依頼を出した。けど亜人の部落での仕事、かなり渋られる。未踏地の先まで護衛する開拓者、別口で雇う必要ある。手間もコストも掛かる。しかも支払いは・・・」


そう言ってボクの金貨の袋を指差す。そっか、現金じゃ換金するのも手間が掛かる上に手数料も多少なりとも発生する。派遣企業からすればあまりに旨味のない仕事って事らしい。


「受けてくれるか?今は緊急事態だが強制はしない。元は我々だけの問題だ。救えぬ命があったとしてもそれは我々の落ち度であり、ラフィは一切関係ない。支払いは現金でしか受け付けられない。どうだ?」


ボクの答えは最初から決まっていた。やっと震える足をどうにかして前に一歩踏み出せたんだ。今は進めるだけ前に進みたい。この部落のゴブリン達とは孤児院と交流もあるしね。もし報酬が無かったとしても協力する気だった。


「受けます。案内して下さい。」


「そうか、助かる。」


火事で火傷を負ったラララさん達と一緒に、避難所として解放された大きな建物に案内された。部落の祝日に宴会場として使われる広間は、血の匂いが充満し呻き声に溢れている。10数人のアコライトのゴブリン達が必死の顔で医療用魔具を動かしているものの、目の前で声を出さなくなった一人のゴブリンが状況を教えてくれた。


「予備の魔具だ。これを使ってくれ。」


手渡された魔具は白くて丸い水晶玉のよう。質感は石みたいだけど、内部に演算式の施された円盤と機械部品が透けて見えている。一緒に渡された説明書にも目を通した。

ニホン語で書かれた説明書を読んで理解できるゴブリンが少なかったのもアコライトが足りていない事情なのかな。説明書には作動する際のキーとなる演算と、その後に必要となる演算内容がずらりと記載されていた。


うう、漢字びっしりで目が回る。演算自体は起動すれば勝手に脳内で処理してくれるけど、作動効率を上げるにはどの漢字をどういう順番で優先して処理した方がいいか決まっている。だから演算内容と、出力結果に対応した漢字を覚えなきゃいけない。


どうやらこの魔具は“奇跡の光”という治療に特化した魔法を封じ込め、それを誰でも使えるようにマギアーツ化した魔具らしい。普通に作動させれば単純な鎮痛作用と、軽度の怪我を治癒する効果を広範囲にもたらす。演算内容を隔たらせれば範囲は狭まるものの、大きな怪我の止血から骨や筋繊維に内臓の再生まで出来るらしい。


‥本当に?ちょっとした怪我の止血とかなら多分これでも出来るけど、内臓の再生だなんて、高価な医療用魔具をプロの人がしっかり使い熟して出来る事じゃ。前にアコライト密着取材チャンネルで動画を見た事あるから分かるんだ。


少なくともこんな簡素な作りの魔具で出来る事は止血と鎮痛が関の山って感じがした。すっごい安っぽい。よく見ると説明書のニホンコク語も怪しい。間違いなく都市産の国に認可を受けた魔具じゃない。


一応これも魔具だけど、製造日が十数年も前のもの。マギアーツ化されているけど、魔法そのままって感じの動作は汎用性が高い代わりにそもそもの効果が低い。


魔具の授業で習ったけど、未踏地で生産される魔具はこういう物が多いって聞いた。ニホンコクに税を払わず独立した治外街。マフィアが跋扈し犯罪の温床となった未踏地にある街。そういう胡散臭い場所で作られたのかな。


説明書にはあくまで汎用的な医療行為に向いたものであり、応急措置以上の使用は推奨されないとも書かれている。理由はあまり出力を上げすぎると、この魔具の演算式が耐え切れずに破損してしまう可能性があるからだ。


直ぐに思い立ったボクは、説明書の演算内容を腰の本を外してペンで書き込み始める。全部は無理だけど基本的な演算内容を一通り。既に本のエネルギーは尽きている。だけど車で説明を聞いた時、タマさんはエネルギーパックの規格は基本的にどれも同じだと言っていた。


医療用魔具からエネルギーパックを取り外す。それは細長い棒状の芯で、そのまま本のエネルギーパック装填部に差し込める。本には同じ芯が複数本刺さっていたけど、中身が入っているのは今取り出したこの一本だけ。


高出力で撃てば少しの時間しか持たなそうだけど、その間に止血と鎮痛を行き渡らせる!その後に個別にみんなで治療していけばいいと思う。今の状況だと最低限の止血と鎮痛を撒くだけで手一杯で、完全にジリ貧になっているから。一発逆転を狙うよ!


広間の中心まで歩く。突然のボクの行動に自然と注目が集まった。うう、緊張する。でもやらなきゃ。目を瞑って集中力をかき集め、演算を起動した。さっきはトランス状態になりながらも膨大な演算をこなせたんだ。今回はあくまで決まった演算内容を目一杯反芻するだけ。さっきよりは余裕があるはず。あって欲しい!


効果範囲が広がっていくと、目を瞑っていても広場全体の状況が感覚的に把握できるようになる。どの位置にいる患者が一番危険か、誰が一番苦しんでいるか、広間を上から俯瞰的に見たように理解できるんだ。もしかしてボクの持つギフテッドと相性がとてもいいのかもしれない。内にあるギフテッドの力が感応して、それが魔具を伝ってあたり一面に広がるように感じる。それは少しだけ心地が良くて、思わず笑みを溢す。


大きな血管が破断した危険な患者さんは血管を元通りに繋ぎ合わせよう。苦痛に苦しむ患者さんには癒しを。疲弊したこの場所をボクの癒しのギフテッドがそっと包み込んだ。





怪物の群れとの交戦が始まり、次々運び込まれてくる患者達にアコライトのゴブリン達は慌ただしくしていた。部落を守るゴブリン達は開拓者達のような、()()()()()生命を保障する生命保険に加入していない。理由は単純で、まともな保険会社は現金での支払いに応じないからだ。

そもそも純潔なニホンコク人の都市に割って入り、銀行に口座を作って電子通貨を扱うなんてのは未踏地に部落を作る亜人には無理難題であった。

ヒトに姿の近い獣尾族は受け入れられやすいが、ゴブリンのような大きく乖離した姿では良くて動物扱いだ。部落唯一のホブゴブリンであるラクゥが都市進出への希望となっていた。


ラクゥが卸した強化外装には最低限の生命維持機能が組まれており、現状それに頼ったやり方で燃え尽きそうな命を支えている状態が続いていた。しかしそんな状況は長続きしない。低質な強化外装の生命維持機能は事前に採取しておいた血液を緊急輸血して急場を凌いだり、傷口を焼いて強引に止血する程度のものである。お値段相応な機能ではそこまでの時間稼ぎは望めなかった。


凹んだ強化外装の中で胴体が千切れて臓物を隙間から覗かせる者、死亡確定。傍に避ける。


四肢の欠損のより強化外装の応急処置で傷口を焼かれより重傷化した者、望み薄。傍に避ける。


傍に片づけられた者共は部落という共同体全体の利を優先して運命を受け入れていた。強化外装の生命維持装置は生命保険に入った強靭な開拓者が使う事を前提にしている事が多い。特に低質な維持装置の応急手当ては、逆に弱い命を刈り取る結果になる事もあり得た。数の足りないアコライトは現実的に助けられそうな患者しか相手にできず、死と血の瘴気に満ちた広間は文字通りの地獄であった。


そんな中、いつの間に広間に現れた一人の少年。見慣れない白と青の衣装に身を包んだ少年は、広間の中心に進むと祈るように目を瞑りふわりと腰の本が開いた。


アコライト達の使う奇跡の光が眩く地獄を照らし、光の中少年は笑う。


それは誰もが体感したことの無い癒しの波動。呻き声は止み、いつの間に血の匂いも何処かへと消え去ってしまう。全身に疲労を抱えていたアコライト達は疲労感が抜け出ていく事に驚き、今まさにこと切れようとしていた戦士が起き上がった事に更なる驚愕を覚える。


光が場を包んだのは僅か数秒。しかし、苦痛を忘れた彼らの目にはしっかりと救いの天使の顔が焼き付いていた。目を閉じて微笑む可憐な少年を彼らが忘れる事はないだろう。


活力を取り戻したアコライト達が一斉に動き出し、その中に少年も混じって一緒に手当てをしていく。


「大丈夫そうですね、良かったぁ。」


厳ついゴブリンの戦士の大きな手をそっと握って微笑む少年。


・・・・・ありだな。


救いの天使が一人のゴブリンの戦士の性癖に一つ、書き足した事を知る者は他に居なかった。




部落を生かす為に死を誰もが受け入れる。部落の存続の為の命、そこに個人という概念は無い。脇に避けられようとそれも死ぬという最期の仕事に過ぎない。

ニホンコクの資本主義から距離を置く彼らを救ったのは、ただ善意で手を貸した純朴な少年。

都市のアコライトは積まれた金に手を伸ばす。

少年の羅針盤の針の先に金は無い。しかしその背を金が追う。


文明煌めけどヒトはヒト。


金はヒトの原動力であり金が彼らの生死を決めるのもニホンコクという共同体のルール。金は神であり時として怪物にもなる。多くの者の羅針盤の針を揺らすのも金だ。

報酬の交渉もせず、そもそも報酬の支払い能力があるかも考えず、ただ羅針盤の先を目指す少年はどれだけの金に追われる存在となるのか。


文明煌めく世界に降り立った天使は、金に個が否定されたこの世を照らす光となるのだろうか。

未踏地産の魔具

・都市に流通する全ての魔具は、都市品質管理委員会のチェックを得て認可を得る必要がある。しかし未踏地にある街の多くがニホンコクに属さず、即ちニホンコクの法を守る理由も無い。その街独自の行政組織によって統治される街を一般に“治外街”と言い、そういう街でニホンコクでは流通許可が降りないような低質だが安価な魔具が量産される。

構造が簡易な分安く、金とやや縁遠いような部落住まいの亜人でも手が出せる。高品質、高価な都市産は未踏地の者にとって憧れの存在ではあるものの、手にするのは現実的な未踏地産だった。

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