76.5 九尾の狐はさらりぃまんとして魔王の下まで出張三昧
タマ生命管轄ダンジョンの上に鎮座する防衛基地。ここはダンジョン内から溢れ出る怪物を押し留め、収容違反を起こさない為に作られた場所だった。
タマ生命に雇われた警備隊が常駐し、ダンジョンの入り口を固く守っている。
───それは表向きの話。
魔王と取引をしたタマ生命は長い間の“大人しい収容”を実現し、基地内はダラけたムードが漂っていた。
警備隊隊長は毎日FDVRにうつつを抜かし、入り口を固める数人も強化外装に立たされてスマイルを弄っている。
ノクターンが現れた!警備を厳重にしろ!
一時の慌ただしさは上役の視察まで。それが終わったら平常運転。増えた予算は誰かの懐へ消えて行く。実際の所ノクターンの影は何処にも無かった。
彼らは別に精鋭では無い。タマ生命子会社、タマセキュリティから派遣された警備員に過ぎず、銃を訓練以外で撃った事の無い者も多く居た。
それだけ魔王との取引をタマ生命は信用していた。いや、信用せざるを得ない状況だった。
ヒトの目に映らず、僅かな動体反応だけ残してゆうゆうと通り過ぎるタマモは正面から中へ。窮屈なノクターンの南蛮衣装を着込んでいない時は、いつもお気に入りの和装で決めていた。
これで10度目のダンジョン探索。
気配を消してダンジョン奥へと進んで行く。その速度は異様に早く、そこいらの駆動魔具のフル出力に匹敵する駆け足だった。
『妾がだんじょんの奥に爆弾を仕掛けてどーん!って言うのはどうじゃ?魔王ごと吹き飛ばせば良かろうて。』
タマモの提案をタマは素っ気なく却下する。
『で、基地にいる罪の無い一般人皆殺しって?あと、魔王ってのはダンジョンコアそのものよ。ダンジョン吹っ飛ばして、魔王がダンジョン内から離脱してたらどうすんのよ?ダンジョン外に潜伏されたらそれこそ状況が悪化するわ。』
魔王は実に厄介な存在だった。ダンジョンと紐付けて考えてしまうが、実際魔王にまで成長した場合新たな子作りをする時期だった。つまり新たにコアを作って怪物に運ばせるか、新たなコアをダンジョンに置き魔王自身がダンジョン外へ脱して次のダンジョンを作るべく候補地を探す。こうしてダンジョンは数を増やして行く。
つまり魔王化した時点で、ダンジョンそのものが仮に無くなっても致命打にはならない。取り逃がせば誰も知らない場所で新たなダンジョンを魔王が作ってしまうだろう。そうなったらどれ程のリスクが伴うか。
タマ生命と何らかの取引が行われている以上、魔王自身がこのダンジョンに潜んでいる事だけは分かっていた。もしかしたら既に新しいコアを排出している可能性もあったが、生まれたてのコアが新生ダンジョンに根付いたとして大した脅威では無い。
重要なのは魔王の所在が明らかな事だった。タマ生命との密約が魔王をこのダンジョンに縛っているとも言えた。
(妾が見つけ出して魔王をこの手で仕留めるというのがべすと。まぁ向こうも妾の脅威を理解しておる故、姿を見せなんだ。まったく、臆病な。)
ただ、多くの場合魔王はヒトを餌としか認識せず、挑発されると案外簡単に姿を現す傾向が強い。タマ生命の魔王はそういった面で異質な狡猾さを持っていた。
(大方たま生命が要らん知識を仕入れさせたんじゃろ。魔王様の安全の為になどと、愚かな。)
ダンジョン中に、タマモの袖から這い出た無数の黒鼠が散って行く。しかし既に1時間経つも、魔王どころか怪物1匹の姿も無かった。
事前に用意したガス爆弾を指定地点にセット。離脱間際に作動させた。
無色透明な重たいガスは、極めて刺激の強い激臭を漂わす。それがダンジョンの最下層へと流れ込んで行く。ダンジョンバルサンなど呼ばれるそれを嫌がらせとして使用した。
「おーい、いつまで逃げ続ける気じゃ?妾はここに1人だぞ?そんなに怖いか?」
魔王はダンジョン内の全てを把握する。タマモの声も勿論聞こえている筈。しかし沈黙だけが帰ってきていた。
(そろそろ時間じゃ。上の基地の連中ががすに気付くだろうて。とは言え、毎度ながら原因不明の事案として握り潰してしまうようじゃ。そういう所はひとの子はいつの時代も変わらぬな。)
タマモの居場所に鳥居が立ち、その姿が消え去った。
タマがあれやこれや企画し、タマモが使いっ走りとして仕事する。ノクターン執行者候補に過ぎないタマモは、サラリーマンのように働かされていた。
タマがアングルスから動いたとて結果は変わらない。理屈では分かるが心情的にはタマにも出張させてやりたかった。これから定期的にガスを撒く業務がタマモを走らせる。何度も同じ嫌がらせを同じ場所でネチネチと続ける。魔王が根負けして襲いかかって来るか、結果が出るのは最長2ヶ月後まで。
ノクターンも他の執行者を動かし、いざという時にタマシティに赴けるよう調整している。着々と準備は進んで行っていた。仮に魔王が動かぬのなら最後は力付くで。
タマ生命のダンジョン諸共周辺の地形全て一気に吹き飛ばす爆弾の開発が始まっていた。
(あゝ、らふぃを抱きたいのぅ。あの癒しの力が恋しい。そうじゃ、雪祭りをやってた筈。妾も休暇を取って参るとするか。)
出張帰りのタマモはそう考えたのだった。




