72 、雪合戦の裏で街が密かに揺れる
車の残骸の間を俊敏に駆けるアグニさんは、足にブレードランナーを付けている。その行く先々を阻むように大楯を構えた黒服が現れ、その盾の裏から黒服達の援護射撃が飛び交う。
激しい雪合戦の中聞こえる余裕の鼻歌。
同じくブレードランナーの青い軌跡を残して迫るボクの体を飛び越え、正面に捉えた防風壁に着地した。ヒメコさんを狙った雪銃の射撃は庇うように立つ大楯に防がれる。
黒服達が現れては最低限の仕事をこなして数秒で消え、その隙を埋めるようミニフィーが飛び掛かっていた。そんな多重攻撃もアグニさんに蹴り上げられた廃車が防ぎ、その下を一瞬でスライディングで駆け抜けて肉薄してくる。
アグニさんのブレードランナーを蹴り付け、ラインレーザー同士の衝突により起こるキックバックが互いの体勢を崩す。
ひゅうっという短い口笛、ボクの顔を覗いて笑う口元。対するはR.A.F.I.S.Sを起動し無表情となったボクの顔。突きつけられた雪銃の先端に、数秒前に遠くのミニフィーが山なりに放り投げていた小さな瓦礫片が衝突する。
「おっ?」
これには流石のアグニさんも驚いたようで、ボクの反撃で数発の雪玉を貰ったまま跳び下がった。その先に待つ黒服達の銃撃を踊るような動きであっさり躱し、ミニフィーの銃撃も車からもぎ取ったドアの残骸で防いでみせた。
強い。これだけ攻撃を受けても余裕の顔は崩れず、傷一つない綺麗な顔は楽しげに笑っている。
だけど本格的に攻め込んでくる気配が無い。何かを狙っている?その視線の先にあるのはミニフィー達だった。
囲むよう駆け回るミニフィーの包囲を、勢いよく急加速して抜き去る。その瞬間伸びた尻尾が一体のミニフィーを絡め取り、その小さな体がアグニさんに抱きしめられていた。
「‥!‥!‥?!」
声を出せないミニフィーはジタバタするも、細く見えて高身長故に大柄なアグニさんの腕の中から抜け出せない。おっきな胸元に顔を埋められ身動きが出来なくなっていた。
「ひゅーっ。あん時感じた癒しの力には及ばない、か。ほ〜らちょっかい掛けちゃうよ?」
ボクとヒメコさんの攻撃から逃げ回りながら、不意にミニフィーのズボンの中にアグニさんの尻尾が!もぞっと入って‥きゃー?!何処弄ってるの!!そういうのはダメですっ!
顔を真っ赤にしてジタバタするミニフィーはボクの感情を鏡のように反映させていた。
『きゃー!!ミニフィーちゃんがイタズラされちゃってます!いいんですかコレ?!BANされませんよね?!』
リコリコさんの黄色い声、
ーエッッッッッッ?! ーふぅん、続けて ー尻尾コキって凄いんですよね! ー直接映したら規制入るかも ークソ!ミニフィーに感覚を共有する機能があれば ーラフィきゅんの喘ぎ声聴けたかもしれないってコト?!
大盛り上がりなコメント欄。
尻尾がズボンの中を自由に這い回り、そんなセクハラ攻撃に思わずR.A.F.I.S.Sを起動中にも関わらず動揺しそうになる。
「じゃあそろそろ粘膜接触の方を。」
急にミニフィーの顎を片手で持ち上げると‥
ジタバタするミニフィーは急に力を失いくったり。口から精力を吸い出され、次第に生体ゲルに戻って地面に散らばってしまう。
「ふぅん、正体は生体ゲルか。まだまだ途上中の技術だが、面白れぇ。」
今の精力の移動は以前に体験した事があるから知っている。サキュバスの吸精のマギアーツ!アグニさんはサキュバスだったの?!
「おい、一応言っておくがオレは獣尾族だ。吸精のマギアーツは口内に仕込んでんだよ。直接吸われてみねぇか?恍惚感あってすげぇ気持ちいいんだぞ?」
「お断りしますっ!」
恥ずかしさに怒ったボクは一気に突っ込み、アグニさんに肉薄した。迫る尻尾を抱き込むように、展開したユリシスの中から飛び出すミニフィーが押さえ込む。ミニフィーの一体が車の残骸の中に飛び込み、そのままドアを蹴破ってアグニさんの側面を強襲。蹴りを掴んで阻止したアグニさんは、そのままミニフィーをボクに向かって振り下ろす。しかし激突することも無く、姿が即座に生体ゲルに戻ってボクを貫通。
液体の中から突き出されたボクの手には雪銃。オートマチックの激しい連射をゼロ距離で腹部に叩き込んだ。
「うおっ?!」
そのまま勢いよく突き飛ばされ転がり、車の残骸に激突してしまった。
「配信しているんですから!恥ずかしいのは禁止です!」
ピャーッ!と怒るボクにアグニさんはケラケラと笑いかけた。
「まぁまぁ。怒んなって。Hなお姉さんにイタズラされちゃう機会なんてあんまり無いんだから楽しもうぜ。」
ぷぅ、とちょっと大声出してスッキリしたボクはジト目でアグニさんを見やる。と、ヒメコさんがボクの肩を叩いた。
「雪祭りではしゃぐのはいいけど、どうだった?」
「ああ、申し分ねぇ。オレは気に入った。」
アグニさんが武器を収めるのと同時、突然ボク達の間を空から降ってきた巨影が遮った。積もってきていた雪が粉雪になって舞い上がり、ビシッとした執事服の大男が背筋を伸ばしてボクとヒメコさんを見下ろしていた。
「胡蝶之夢、ラフィ殿。L.C、ヒメコ殿。お嬢が迷惑を掛けたようで申し訳ない。」
モフモフに毛深いたてがみを雪で少しだけ汚した大男は90°に頭を垂れて謝罪を。ええと、そうだ。獅子族だっけ。獣尾族の中でも取り分け気性の荒いって言われる種族。
「私はガガーラン、ヒト族の言うところの獅子族だ。まぁ、獣尾族と全部ひっくるめて呼称するのがニホンコク流だがね。やんちゃなお嬢の世話係をしている。」
「それと。」
その姿が跳躍によって一瞬で視界から消え、近くで隠れて配信をしていたリコリコさんの目の前に着地した。
「わあっ?!ああああ、えーと!リコっちでーす‥」
動揺するリコリコさんの顔を、振り下ろされたたてがみの風が撫でる。90°再び。ビシッと頭を垂れていた。
「リコリコ殿も、申し訳ない。配信の邪魔をしてしまったようだな。」
「だだだ、大丈夫ですって!むしろ美味しいネタ的な?だから頭を上げて!」
脇を走り抜けてボクの背に隠れるリコリコさん。身長差のせいで盾にされてる感じになっちゃうけど。でも悪いヒトじゃないのかな?見た目はすっごい荒々しいけど、話は普通に通じそうな感じだった。
「アタシのラフィに!何してんのよ!!」
と、急に現れてアグニさんに飛び掛かるタマさん。勢いを付けて振り下ろされたランナーブレードの踵落としは、再度の跳躍で間に滑り込んだガガーランさんの太い腕が受け止めた。
「お嬢に何をする。」
「ミニフィーとはいえあんな事やこんな事を〜!」
うにゃにゃにゃ、なんて聞こえるような声にならない奇声を上げるタマさんは激昂しながら何度か蹴りを繰り出し、全部をガガーランさんが体で受け止めた。
「満足したか?」
「チッ、デカブツが。」
伸びたタマさんの尻尾に大人しく捕まったボクは、ふにふにと動く尻尾に首元をくすぐられていた。でも!ブレードランナーで攻撃したらルール違反!
「大丈夫よ。ガガーランは参加者じゃないから。ほら、レーダーに識別されないでしょ?」
あ、ホントだ。参加者マークが付かない。
「ちょっとちょっかい掛けただけだろ?減るもんじゃねぇしいいじゃねぇか。」
座ったままケラケラ笑うアグニさん。だけどさっきミニフィー越しに疲れた気配が伝わってきていた。黙っていればモデルさんみたいに綺麗でも、その振る舞いはおてんばな少女のようで。ヒメコさんと似たもの同士って感じがする。結局ボクの所に来たのって癒して欲しいからだよね?
「もう、じっとしていて下さい。」
考えの纏まったボクはエンジェルウイングをふわりと展開してアグニさんにパッと飛びつく。ボクに害意が無いからか、側を通っただけで癒しの波動を感じ取ったからか。ガガーランさんはボクを素通りさせ、驚いた顔のアグニさんが思わずくっ付くボクの頭を指先で撫でる。
「お、おい。急になんだよ?やっぱり直接キスをして欲しくなったのかい?」
「そういうのはいいですから、大人しく癒されて下さい。不器用ですよ。」
デリケートな胸元を避けるよう、腕を抱いたまま白翼がアグニさんを包み込む。
おぉ‥という気の抜ける声。ちょっと脱力したアグニさんが急にボクを抱きすくめてくる。デリケートな柔らかみに包まれて恥ずかしいけど、頑張って癒さなきゃ。
アグニさんの口数は急に少なくなり、少しうつらうつらと瞼を重そうにした後‥小さく寝息を立て始めた。その表情は険が無く、安心しきったようだった。
「アグニ嬢が人前で寝るなんて。」
驚いて目を見開くガガーランさんも、近くにいるだけで思わず脱力しそうになってしまう。うとうとと‥危ないっ!って風に一歩跳び下がって頬を手で叩いて眠気を飛ばす。
「執事の私が寝るわけには。これが噂の癒しか。くぅ、お嬢が羨ましい。」
「えっと。後で癒しますよ?」
ガガーランさんは少し気恥ずかしげに頷き、そんな中ボクの近くにいるのにへっちゃらなタマさんに目をやった。
「アタシ?別に毎日ラフィを抱いて寝てるんだし、疲れなんか無いわよ。いつだって絶好調よ?」
配信の傍、ついでによく羽に包まってくるリコリコさんも疲れが少なくピンピンして配信を続けている。だけど、ヒメコさんはアグニさんと同じく眠そうで。
「ラフィ。ウチも癒してね。」
とすっと背中に寄りかかって寝息を立ててしまった。
最近街の裏側で何か大きな動きがあるように感じる。L.Cのボスが倒された影響で蜘蛛の巣街の支配力が激減、胡蝶之夢の用心棒のお嬢が支援する自警団が台頭した。アゴーニもヤブシキさん亡き後、その支配域を掻っ攫ったチャガマさんと裏で睨み合っている。
ルナさんが前に、アングルスは大きく揺れると漏らしていたのを聞いた。
二人の疲れは大きな前触れなのかもしれない。ボクに出来ることはその疲れを取ること。この街がいい方向に向かったらいいな、と何となくそう考えていたのだった。




