70、見下ろす紅い瞳
ーラフィきゅん頑張れ! ーまたマフィアかよ ーあーもう雪合戦無茶苦茶だよ ーアングルス治安悪すぎィ! ーノータイムで撃ってくるとか怖 ーラフィの本気はどうかな? ーめっちゃ独特な戦い方すんだよな
視界の隅で流れるコメントを一瞥、ボクは天地逆さまに宙を舞っていた。真下には無表情で見上げるカネコさん、その銃口は既にボクの眉間に狙いを付けている。だけどユリシスから飛び出したミニフィーの手にはビームシュナイダー。そのまま引き金を引けば2本の光刃が突き刺さるのが見えていた。
銃声無くカネコさんの頭上を飛び越え、革靴に見える駆動魔具の跳躍が肉薄したお互いの距離を離す。両手に携えた二丁拳銃から撃ち出されるのはEX弾頭。ボクを通り過ぎた数発の弾丸があっさりと瓦礫に大きな穴を穿った。
直撃したら強化外装のエネルギーが一気に持ってかれそうだし、吹っ飛ばされちゃう。
「どうもL.Cを大分舐めてるようだ。」
そんな呟きをR.A.F.I.S.Sの広範な感知が拾う。チャガマさんも強かったし舐めてないよ!だけどイトウさんは仲間だから!
曇り空の下少し陰った雪原を一気に伸ばされたイルシオンが照らす。白光が蛇のようにうねり、通り過ぎた雪上に蒸発した跡を残す。カネコさんはそんな中を小刻みなステップで掻い潜り、銃声を3発鳴らした。
宙を灼き薙ぐイルシオンの合間に無表情で身を滑り込ませるカネコさんは冷静沈着。頭部と胴を狙った銃弾は、スッと半身ずらしたボクの傍を抜けていく。並走しながら雑多な銃器と安い弾丸で攻撃する2体のミニフィーを意に介さず、交差させた腕で撃ち出した弾丸でイルシオンを打ち払った。
重たい銃撃で軌道の変わったイルシオンがミニフィーの進路を妨害し、並走を維持できずに散開する。両脇のイルシオンの合間を縫って、蹴り出された硬質な革靴の蹴りがボクへ迫った。
ユリシスの中から飛び出したミニフィーが、カネコさんの蹴りを真横から蹴飛ばし攻撃を逸らす。至近距離で引かれた引き金はミニフィーを撃ち抜き、隙に捩じ込まれたボクのブレードランナーによって急加速した重たい蹴りが、カネコさんを吹き飛ばした。
撃たれたミニフィーは少し体を崩しながらもユリシスの中へ消え、パッパと雪を払いながら立ち上がったカネコさんは首を傾げてボクを見やった。
「ああ、厄介なマギアーツを使う。キミの事は色々調べてあるからね。知ってるが、実際に戦うと随分印象が変わる。」
その顔の表情筋は微動だにせず。
「正体は演算能力に長けた亜人種か?人間ではないな。何故人間でも無いキミが羅針盤なんざ手にしたがる?都市は亜人を歓迎しない。」
「ボクはボクが何なのか分からないんです。ですが、羅針盤がいつかきっと答えに導いてくれると思ったから。」
舞い上がった粉雪を残してカネコさんは跳躍する。そして宙を革靴で小刻みに踏みつけ複雑な挙動で乱舞。その動きはイルシオンを躱し、ミニフィーの攻撃でも捉えられない。タマさん程じゃないけど相当すばしっこい。
ボク目がけて何発もの銃弾が迫った。
硬質な音が弾頭を跳弾に変える。
ユリシスから出されたボクをすっぽり覆う壁は、イルシオンの白光を反射しキラリと光る。
自走式高機動機関砲砲座、エクエス40mm機関砲。ボクの背丈に合わせて調整された砲座は子供サイズ。だけどその防御性能も重量も火力も十分。
突然迫り出した砲座に流石のカネコさんも目を見開き動きを止める。しかし一瞬の思考の隙を突いてカネコさんにミニフィーが飛び掛かった。
咄嗟の蹴りを半身捻って回避したミニフィーは、そのまま足を2本のビームシュナイダーで鋏のように交差させて挟み込む。小さな体を体躯に任せて突き飛ばそうと、安直な動きをしてしまったカネコさんの顔のその中央。
ビームシュナイダーを放棄したミニフィーの勢いをつけた頭突きが炸裂した。
頭部は厳重なバリア装甲に守られている。しかしあくまで致命傷を負わないようにする為のもの。強化外装備え付けの回復装置でどうにかできる程度の負傷は甘んじて受ける傾向が強い。その分の演算リソースは攻撃か移動に回した方がいいしね。
カネコさんも鼻血を噴きながら青紫色になった顔で大きく飛び退き、エクエスの斜線から逃れるよう一軒の廃墟へ飛び込んで隠れた。
対人戦の極意をタマさんから訓練で度々聞かされていた。
対人戦に於いて大事なのは意表を突く事。そして集中を妨害する事。中でも顔の傷は大きくヒトの集中力を削ぐ。凹んで息苦しい鼻先に唇に垂れる血液の不快感。エクエスの射線から逃れたその一瞬、例え緊急性が無くても頭部の治療に演算リソースを割いてしまう。
だけど回復にリソースを割くという事は、その分強化外装の総合防御能力を大きく削ぐという事。回復で使われる演算リソースは大きい。その一瞬がチャンスだった。
カネコさんは射線を躱す為に廃墟に逃げ込んだつもりだけど、最初からその廃墟のリビングにカネコさんが逃げ込むよう誘導していた。
狙いは既に定まっている。遥か後方から音を置き去りに飛来した神速の銃弾がその腹部へ突き刺さった。
厄介な。
それがラフィと対峙したカネコの本音だった。アングルスに突然現れた天使、裏ではブラッティエンジェルと悪名高い正体の掴めない不気味な存在。カネコはそういう存在との対峙の可能性を常に意識し、情報を精査し勝ち筋を探り出す。
全てはクロザキ組の復権の為。
L.Cの、ピンポイントでクロザキ組の管理する事務所を襲撃したイトウを捕え情報を絞り出す。一体誰の差金か。胡蝶之夢?それともL.C‥‥
しかしカネコを阻む少年は奇怪な武器を自在に操り、聞いた事もないマギアーツで翻弄してくる。光学帯、とでもいう武器はビームウィップ系列の武器に似て、むしろ生物の触手のように機敏に動く。あれだけ複雑な動きをさせるには相当な演算能力が要求される。どれ程の補助装置を積んでいる?
同時に展開してくる姿の似た小人達は、一体一体が体術でカネコと五角に渡り合う。それでいて光学帯の変則的な動きに巻き込まれず、完璧に同期したタイミングで攻撃を差し込むのだ。
(格闘戦なら押し切れると踏んだが、見た目の割には一撃が重い。ぱっと見駆動魔具は装着していないが、俺の動きについてくる程に素早い。高級バトロイドと戦ってる気分だ、クソ。)
間違いなくJACによる完璧に揃った動き。それは複数体と戦っているようで、巨大な一個体の腕の中で戦っているよう。間合いに深く入り込めば死角無く、群がって四方から格闘戦を仕掛けられれば格闘が得意と自負するカネコであっても完封されかねない。
しかし戦いの中で僅かながら弱点も見つけられた。
(分身体は本体と距離が離れる程動きが鈍る、か。距離を取れば光学帯による攻撃がメインになって、分身体の格闘戦を仕掛ける頻度が大幅に減る。安物の銃で牽制してくる程度なら無視出来るな。)
そんな中不意に出現した、子供サイズながらも威圧感のある自走砲。間違いなく大口径弾の時雨を降らす破壊の権化。
気を取られるな、という方が無理な話。気づいた時には分身体の一体が懐に潜り込み、頭突きを貰っていた。顔の凹んだ不快感を拭うよう、廃墟に隠れて片手で顔を覆う。
(あんなものまで持ってたのかあのクソガキ!ウチでも自走砲台なんて持ってねぇぞ!)
心の中で悪態を吐くのも束の間、直ぐに思考を冷静に切り替えて状況を整理した。
(間違いなくあのガキの裏には大組織がある。そこらの弱小企業程度じゃあんな自走砲用意も維持も出来る訳がねぇ。大企業の技術広告塔関係か?政府の暗部?公安の新兵器?ジエイタイは無いだろう。持ってるとしても開拓者連中でもランク50とかいってる化け物連中ぐらいだ。)
カネコとしては持て余す案件だった。顔を治したら撤退を‥‥
途端にカネコの体がくの字に折れて吹き飛ぶ。知覚速度が引き上げられた世界で一瞬遅れてレーダーが狙撃を警告し、その後に音がやってくる。
場数を踏んで慣れていたカネコは回復時の狙撃を警戒していた。最低限の止血と狙撃警戒システム、防弾装甲だけに全リソースを振り分けていたのだ。狙撃に不向きな光学兵器を切り捨て光学装甲を切り、駆動魔具すらも動力をオフにしていた。
そのお陰で半身が千切れる事もなく、内臓に多大なダメージを負いながらも一撃ノックダウンを辛うじて避ける。未知の弾速に動揺。家の裏手から転がるように飛び出し、そこで真横から迫る威圧感に目を向けた。
いつの間に音も無く移動していた自走砲台。それは宙に浮き、特急列車のような速度で真っ直ぐ突っ込んでくる。防弾性能に全リソースを割いた今なら、数瞬間の大口径の弾幕にすら耐えられるかもしれない。
しかし火砲を噴く気配もなく迫った壁は、一切の躊躇なくカネコを轢き去った。
強化外装の持つ最低限の耐衝撃性能で、最高速度で飛来する自走砲台との衝突に耐えれる訳もなく。肉が猛然と壁に打ち据えられる柔らかい音、雪原を染める赤い霧が廃墟の窓枠を濡らす。爆散した半身の一部が転がり、頭部を庇った両手が何処かへと消える。半分消えた頭部と一緒に僅かに残った上半身が半回転して積もった雪の上を滑走した。
生命保険の効力で欠けつつも残った脳がカネコの視界のブラックアウトを数秒遅らせる。見上げた先、動画内ではおどおどして照れた笑顔の印象深い少年が無表情に見下ろしてきていた。演算陣の浮かんだその紅い瞳は、ただ排除した敵の残骸を確認するだけの意思以外何も感じられなかった。




