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8、吠える銃火、夜の帳を燃やす

ベットの上でタマさんに好きにされ、人肌の温もりに意識を預け眠って暫く。深夜に異変が起きた。ピクリと反応して起きたタマさんが、寝ぼけて目を擦るボクの隣で忙しくホロウインドウを弄っている。共有モードじゃないから見えないけど、ホロウインドウを操作してるヒトの目線の動きは独特だから分かっちゃう。そういえば羅針盤と連携する開拓者アプリをスマイルに入れてるって言ってたっけ。


「ラフィ、今から緊急依頼よ。ここに怪物どもが迫ってきてるみたいだから、アンタはここに隠れてなさい。この程度ならアタシは大丈夫。絶対にアタシん所に来たりしたらダメ。何かあったらとっとと撤退してトンズラするから、その際アンタがここに居ないと出遅れるのよ。」


あっという間に寝巻きを投げ捨て、いつもの黒パーカーに着替えたタマさんは、その場でブラックキャットの動作を確認した後飛び出して行ってしまった。


車内でじっとしている事が前提だけど、一応ボクもいつでも動けるよう準備を済ます。ベットの上でジッとしていられない。袖の下の巻物の動作は大丈夫?腰の本も。ジッと車の中で構えていると、次第に遠くで鋭い砲火の音がし始める。チラリとドアを開けて外を確認すれば、部落を囲う門の外の空が赤く燃えていた。





車を飛び出したタマは足に装着した、“ブレードランナー”を起動させた。ぱっと見ローラースケートブーツに見えるそれは、高度な姿勢制御システムによって不安定な足場をものともせず進める半光学駆動魔具だ。短時間なら空中すらも足場にする空歩のマギアーツと、重力の方向を変えて壁や天井を足場にする重力操作のマギアーツを搭載した代物である。


ローラースケート‥‥とラフィは見たものの、靴底の車輪は接地しない。宙に浮いたまま地面を滑走する、エアスケートの一種だった。駆動すれば靴底が青い光を纏って浮き上がった。


青い軌跡を残して夜を駆けるタマは門を垂直に駆け上がり、そのまま宙を数歩蹴って目前の木の枝に着地する。この辺りの木々は枝が太く、飛び乗っても折れないだけの強度があった。それにブレードランナー等のエアスケート型は、駆動する際に使用者の重量を減らし身軽にする。

起伏の激しい地上を避け、枝の上を滑るように移動するタマは直ぐに最前線に辿り着いた。


「おー、やってるじゃない。」


枝の上でしゃがんで見下ろした先、強化外装で武装したゴブリン達が木を遮蔽物に怪物の群れと戦っていた。小さい体で抱えた連射性に優れたアサルトライフルは、発射の度に激しい反動を与えるものの強化外装の力で無理やり抑え込まれていた。あまり実戦経験は無さげだが、その動きに迷いは無く守るものの為に殉ずる覚悟を決めているようだった。


(銃は‥‥あら?雑銃じゃない?意外ね。低品質だけど都市企業のちゃんとしたやつじゃん。)


こういう小規模な部落で流通するのは大概、未踏地産のマギアーツが大して施されていない粗悪な雑銃。数を揃えれば小型の怪物の群れとも戦えるものの、安心して命を預けるには心許ない性能。その分弾薬費・メンテナンス費の負担が軽く、安値で買い揃えられる。


タマの見立てではゴブリン達が使う銃は、ムラマサ工房製の低価格帯のアサルトライフルが中心か。値段相応の品質と言いつつ、武器の殿堂ムラマサ工房製なだけあって雑銃とは比べるべくも無い高品質。駆け出し開拓者レベルの装備を持つ彼らと、それを活かす有効な戦術。そういった情報を読み取ったタマは、この戦いに手を出すべきか考慮する。


怪物の多くが頭部にヒートブレードを装着した狼型・ブレードハウンド、両手が火器に直接接続されている人型・バラージゴーレムだ。赤熱するツノを持つブレードハウンドの群れは接近する前に優先的に狙われて処理され、バラージゴーレムの火器を遮蔽物で躱しながら牽制するように立ち回っている。堅実な戦い方だが、何処か一箇所でも狼の群れに飲まれれば一気に戦線崩壊しかねない状況が続いていた。


しかし、そんな戦場にもヒーローがいる。


タマが視線で追う先を駆け抜ける紅い閃光。それはまるで独楽のように回転しながら、全身から生やした赤熱する刃で踊るように後衛のバラージゴーレムを灼き裂いていた。強化外装の戦闘モードに搭載された、戦闘総合支援システム(I.C.S.S)。それによって強化された動体視力を以ってしても、その速度を“速い”とタマは評価する。瞬く間に紅い軌跡と肉片を残して怪物達の合間を斬り抜けていった。


(ラクゥだったか、想像以上にやるわね。)


タマの中でラクゥに対する警戒が一段階上がる。ランク25と聞いていたが間違いなくそれ以上の実力がある。村の戦士として随分と鍛えてから開拓者になったパターンか、それとも──。


戦況を上から観察して戦いに参加するか、どうか最後の思案を行った。緊急依頼を受けるかは保留って形でこの場に来た。勿論大して思い入れもない部落の攻防戦で死ぬ気はない。加勢して勝てそうなら受ける、敗色濃厚なら黙ってトンズラ。場数を踏んできたタマは慎重に戦況を観察した。


タマも開拓者になりたての頃、色んな奴を見てきた。まず間違いなく言えたのは、正義感や義務感に燃えるタイプは早死にするって事だった。

怪物の群れが集落を襲う事件はそんなに珍しいものではない。正義感に燃えるアイツは亜人の小さな集落を守る為に怪物の群れに突っ込み、最後は生きたまま怪物に咥えられて何処かのダンジョンへ引き摺られていった。多くの怪物を屠った事が生み親のダンジョンの気に障ったのか、恐らく(なぶ)り殺しにされただろう。


未だに戦場から一足先に逃げたタマへ投げかけた、縋るような最期の視線を忘れない。あの視線がタマをより慎重にさせた。


(戦況は悪くないわ。ここにはラフィの知り合いが住んでるっぽいし出来れば対処したい。仕方ない、できる手は打ちますか。)


タマはそっと通信を送る。そして袖の下に収納していた二丁の特殊なアサルトライフルを呼び出した。ムラマサ工房製、MMシリーズ・3M50。MuraMasa Model50と名付けられた高性能なEX弾頭対応アサルトライフル。

強化外装の“ポケット”として備え付けられた袖下の収納のマギアーツのその内部に複数の銃器を仕込んでいたのだ。両手が空いていた方が何かと便利な為、多くの開拓者が使う一般的な武器の収納方法だった。


青い軌跡を残して枝の上から飛び出したのと、緊急依頼を受諾したのは同時。両手に携えた3M50は非常に高性能なR.C.S(反動抑制システム)が搭載されている。

発射時の反動に指向性を持たせ、同量の衝撃で打ち消す衝撃のマギアーツによって軽快な動作を妨げない。強化外装無しの素手で扱える、なんて宣伝文句で売り出されるくらいだ。実際にはかなり鍛えた大男なら、という前提条件が付くが。


後続を狙って発射された弾丸は唸りを上げて怪物達を肉片に変える。一発の弾丸が何匹もの怪物を容易く貫通し、僅かな間に群れの一角を吹き飛ばした。


発射された弾丸は“加速”によって速度を上げ、着弾の間際に“等倍”によって元のサイズ・質量を取り戻す。マガジン内に元々縮小されて装填されていた弾丸の元のサイズは対物ライフル相当。

このような挙動をする弾頭をEX弾頭と呼び、口径以上の破壊をもたらす反面弾薬費も相応に嵩むものだった。しかし事態を好転させるには必要経費と即座に割り切った判断あってか、大口径の銃弾の雨が怪物達のヘイトを集め攻撃がタマに集中していく。


直ぐ脇を通り抜ける砲火を掻い潜りながら、タマは木々の上を飛び回る。怪物達の銃口が上を向いた分だけ戦場全体の負担が減り、戦況は徐々に好転していった。


(やっぱ数がこんだけ多いと反撃もままならないわね。奥の手は使いたくないし、面倒だわ。)


集中砲火を浴びるタマに余裕は無い。多少ならブラックキャットで展開したバリア装甲で防げるものの、怪物の群れの総攻撃を受けれる程の防御力は無かった。自身の強化外装のバリア装甲も同じ。直撃が続けばあっさり壊れかねない。木の幹を蹴ってバク宙し、本来胴体があった場所を砲火が通り抜けていく。鉛の豪雨をすぐ下に3M50の引き金を引いた。結果発射された弾数以上の損害を即座に叩き出し、狙い通りヘイト集めに努めていた。





強化外装に身を包んだゴブリンの戦士達は、戦場の変化に直ぐに気付いた。夜の帳を燃やさんと怪物の砲火が天に向けられ、夜闇の中を滑るように舞う青い軌跡がその先を駆ける。それが緊急依頼を受けて駆けつけた開拓者だと気付くのは少し後の事だった。闇の中で舞う紅と蒼の軌跡は美しく、どこか芸術的なものさえ感じるものだったからだ。


天から放たれた激しい銃撃が大地を揺らし、夜空を仰ぐ怪物達を瞬く間に肉片に変えてしまう。ブレードハウンドの群れも明らかに上空を警戒し出し、隙の出来た横腹にゴブリンの戦士達の銃火が突き刺さった。戦況は優勢へと傾いていく。空を舞う1匹の黒猫が戦場全体に認知され、誰もの視線をも釘付けにしてしまった。


ゴブリンの戦士達もただの銃を持った素人では無い。羅針盤を持たぬものの、ラクゥの卸した武器や強化外装を使いこなせるよう何年も訓練を積んだ村の防衛戦力だ。この規模の怪物との戦いは初めてであったが、戦線を維持できるだけの力はあった。統率の取れた動きで砲火の中を生き延びられる実力者揃いだ。


タマの戦いぶりはゴブリンの戦士達とは隔絶した実力を持つ、高位の開拓者の立ち回りである事を誰もが理解していた。この近辺にそれだけの開拓者が居ただろうか?ラクゥと同等の戦士がこの場にいた幸運に、ゴブリンの戦士達の士気が上がっていく。無数の怪物が(たお)れていく様に歓喜し、戦線が勢いよく押し上げられていった。





タマさんが飛び出して行って間もなく、門の中で響いた突然の銃声に驚いてソファーから転げ落ちてしまった。


「ピィッ?!なんなの?!」


慌てて起き上がって思わずキョロキョロ。


直ぐに周囲で喧騒が渦を巻き、悲鳴や勢いよく家が燃え上がる音が聞こえ始める。外で起きた異変を、リビングの壁面が映し出していた。音も鮮明に聞こえてくる。両手を銃に接続した怪物達が数体暴れ回っていた。


タマさんとちょうどすれ違うタイミングで!どど、どうしよう!


門の中にも戦士は居たみたいで、直ぐに激しい銃撃戦が繰り広げられる。だけど怪物達は屋根の上を身軽に跳ね回り、上手いこと家を遮蔽物にして被害を拡大させていく。


今ボクが出たらどうなるだろうか?


コソコソと戦況を確認しながら脳内で何度シュミレートしても、マギアーツを発動させる間も無くやられてしまう。目の前で交わされる銃弾の応酬、そして空間を支配する重たい衝撃音が戦う事の無謀さに説得力を持たせていた。


一歩も引かずに戦うゴブリンの戦士達が、酷く負傷しながらも怪物を押し切って撃破する。銃撃の音が止み、炎と悲鳴の中怪物が斃れた音がした。


目前の危険が去った安心感に思わず一息つき、そして動けなかった自分に漠然とした後悔が湧き上がる。


開拓者を目指す以上、こういった危険は承知の上のはず。


車の近くの炎に包まれた家の中から、助けを呼ぶ声が聞こえた。


今飛び出したらどうなる?そのタイミングで再び怪物が防衛網を抜けて現れたら?運悪くボクの前に降ってくるか、銃口が向くかもしれない。足がすくむ。判断に迷う気持ちが心を揺さぶり、視界が狭まっていく感じもした。


ふと、ポケットの中で手に何かが触れた。それを掴んで取り出せば、ブリキの余りで作られた手作りの羅針盤が握られていた。その針は真っ直ぐで───


震える足を叩き、お風呂場に飛び込んでシャワーで全身を濡らした。水を滴らせたままのボクは勢いに任せて車を飛び出した。心はもう決まっていたんだ。行かなくちゃ!今行かなかったら、ずっとタマさんの背中に隠れてついて行くだけ。


タマさんは車から出ないように言った。


だけど、ボクの羅針盤の指す先は違っていた。そう直感していた。


車外へと飛び出したボクはそのまま足を止めず、燃え盛る家へと飛び込んでいった。




───そしてその頃。


地表に顔を出したダンジョンから湧き出る怪物の軍勢。その本隊が動き出していた。背中に巨大な砲塔を背負った巨大な数匹の甲虫、それを守る無数のバラージゴーレム。


甲虫の背負う砲塔が火を噴けば、部落を守る門は容易く砕けてしまうだろう。劣勢となった戦局をひっくり返すダンジョンの切り札が現れたのだ。しかし、そんな怪物達の前にふらりと紅い影が現れる。


紅い燕尾服にシルクハット、そしてニタリと笑う仮面。


燕尾服の突然の出現に怪物達は警戒し、臨戦体制を取る。1秒後には集中砲火を浴び、肉片も残さずに燕尾服は消滅する運命にあった。しかしその仮面の奥の瞳に怯えは無く、むしろ流れ作業で面倒を片付ける時のくたっとした気配で。


砲火を掻き消す、夜闇を裂く怪物の咆哮が天まで響いた。

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