66.5.side4、豊かな人生の秘訣はおでん屋の大根の中
「巻き込んでしまってごめんなさい!」
ボクはコゼキさんに頭を下げた。あの後丁度時間になったから帰還したけど、チャオさんを戦いに巻き込んでしまった。チャオさんに戦うよう言われて、反応に迷ったせいで逃げる機を失ってしまった。
銃を向けられていたからチャオさんを庇いながら無理な撤退は危険と考え制圧したけど、正面から銃弾が直撃していたらバリア装甲があっても大怪我させていたかもしれない。
そもそもボクが犯罪行為を検知した時に、ミニフィーだけを送ってボク自身が動かなければ良かったのかも。ミニフィーだけだと体格の小ささもあって、スマートな制圧が難しいんだ。子供に対する暴力を止めるために暴力を振るう‥‥そんな構図に少しだけ疑問が過ぎって。でも、結局イルシオンでそっと拘束するのに失敗して怪我をさせてしまった。
正義について色々考える機会は多いけど、今回は失敗しちゃった。でもチャオさんが怪我しなくて良かった。今回はボクの迷いと甘さがチャオさんを危険に晒した。正義の為に戦うって決めたばかりなのに。
正義はエゴの押し付け合い。ボクの正義を押し通す為に、犯罪者を倒す事に躊躇しちゃダメだ。
「いや、頭を上げなさい。娘は無事だったんだし、アングルスは危険な街だ。守ってくれただけ寧ろ謝礼を出させて貰いたい。」
「危険な目に合わせちゃったんです。もし依頼を受けたのがボクじゃなかったら狙われていなかったかもしれません。だから受け取れません。」
ぺこぺこするボクにチャオさんが明るく笑った。
「あんなごろつきを軽く捻れるラフィはすっごいカッコいいって。将来開拓者目指すんだしあれくらいの危険には慣れないと!」
そういうチャオさんはパッと懐から雑銃を取り出した。
「えっ?!持ってたんですか?!」
「強化外装は無いけど、お父さんに銃を買って貰ったの!かっこいいでしょ!」
アングルスは危険な街だから、とコゼキさんは苦笑いする。そもそもこの街に来たのも開拓者を目指す娘に、危険な環境へ慣れさせる目的もあったらしい。
「法規制のキツい都市じゃ銃の練習もままならない。訓練校には通える年齢だけど、正直ああいう温室よりこういう環境に慣れて腕を上げたほうが身につくと思うんだよね。」
開拓者に憧れる娘に対する、コゼキさんなりの考え方だった。
「娘の思い出作りくらいに考えていたが、もっと深い経験を積ませて貰ったようだ。報酬に色を付けさせて貰うよ。」
そこまで言うのなら‥‥とボクは報酬の増額を受け入れた。お金は沢山あった方が良いしね。謙虚さは大事だけど、こういう時に無理に断るのも良くないってタマさんから聞いていた。気に入った開拓者に投資したいクライアントの気持ちも大事だって。
ボクが失敗したと思っていても、コゼキさんが納得したのならそれで良い。感情論じゃなく、責任を持って仕事として当たらないと。こういう時に飄々とした態度で上手く対応するタマさんを思い出していた。
この後やろうと思っていた悪いヒト達の取り締まりも一緒に出来ちゃったし、時間が余ったな。
「ラフィ、もし良かったら武器を見せてくれない?」
チャオさんの要望に応える事にした。クライアントに仕事前に武器を紹介して売り込むというのもよくある話らしいし。強い武器を持ってる開拓者はそれだけでお仕事が回って来やすいんだって。
やっぱりデザインのカッコいいフェンリルかな?イルシオンをするすると伸ばし、フェンリルを一丁取り出して机に置いた。白を基調とした銃身に青のラインが刻まれた、洗練されたデザインはやっぱり綺麗でカッコいい。
「これ知ってる!ムラマサ工房のでしょ!本物は初めて見る!触っていい?」
脳波操作で安全装置のロックを確認して、頷いて許可を出す。これで引き金を引いたとしても発射できない。都市産の正規品は全部銃に持ち主の脳波を登録する。安全装置のロック解除も、銃の収納内からの遠隔操作もボクの脳波がないと機能しないんだ。
前にロゼさんも話してたけど、開拓者から武器を奪っても大抵安全装置を解除出来ない。撃てない銃にインテリア以上の価値が無く、売却しても二束三文の雀の涙。だけど駆け出し開拓者や治外街のヒト達は、知らなかったり認識が甘くて装備目当てに開拓者を襲う事もあるらしい。
卓上に乗せられたオオワシM100をキョロキョロ見回って写真を撮る。目の前に展開したエクエス自走機関砲座を前に、大はしゃぎで弄っていた。
結局夕方まで装備を色々見せたりして遊んで、帰りはそのままバルコニーから手を振りながら飛び出して行く事に。着地した場所は真っ直ぐロゼさんが隠れる近くの路地裏。
「お疲れ様でした。今日受けた依頼はこれで全部になります。これくらいにしておきましょう。」
掲示板のものは全部終わったし、最後に自警団の本部へ報告を済ませれば完了。さっさと行こう!
道中ロゼさんが訊いてきた。
「ラフィさん。アングルスから少し行けば都市警戒区域内になります。そこで怪物退治をすればもっと早く開拓者ランクを上げる事が出来ますよ。」
タマシティは怪物の少ない都市で有名だけど、流石に警戒区域ギリギリまで行けばそれなりに出没する。区域内の怪物討伐分は常設依頼扱いで、羅針盤の情報を送信すれば報酬が出た。だけど‥‥
「自警団の皆さんと知り合えたんですし、お手伝いしたいです。怪物討伐は何処でも出来ますけど、アングルスを助けるお仕事はここでないと出来ませんし。」
報酬もそうだけど、皆の笑顔を見たかった。ボクがお役立ちしてるって実感を得たかった。他に自警団を助ける開拓者が少ないのなら、街にお世話になっているボクが助けないと。
「街にお世話になっている‥‥ですか。」
ロゼさんは思案顔。
「最短距離で高ランク開拓者を目指して一直線、じゃないんです。ええと、高ランク開拓者になるのは夢ですけどそれは本命じゃ無いっていうか。沢山のヒトと知り合って、冒険して、深未踏地を開拓したいんです。だから最高率って概念がないんですよ。」
結果じゃなく、大切にしたいのは過程なんだ。結果を出せれば一番だけど、それまでの全てを大事にしたいから。
「今日食べたパスタもパンケーキも美味しかったです。都市の完全に味が整ったご飯も凄い美味しいですけど、ここで食べるどんなご飯も美味しいです。えへへ、色んな美味しいものを食べて今日一日冒険したって積み重ねが楽しいんです!」
開拓者として駆け抜けて行く間の全部を楽しみたいって笑顔を向けた。
夜の蜘蛛の巣街を仄かに照らすおでん屋の屋台。ロゼはメリーを誘って夕飯を食べに来ていた。あれから何度か個人的に来て、一番おでんが美味しく煮える時間を把握していた。ロゼの頼んだ大根がそっと提供される。小さく乾杯したニホン酒を一口。噛んだ大根がじゅわぁと出汁で舌を塗りたくった。
「ロゼから誘うなんて珍しいッスね。」
「偶にはいいでしょう。」
「ロゼの事だし、アングルスの飯屋に誘われるなんて思わなかったッスよ。」
「‥‥ここの大根。美味しいですね。」
思えばロゼは優秀な自分を維持する為に、効率を何よりも重視していた。子供の頃は友達と遊ぶ事もなく勉強漬け、習い事に集中しより出来る自分像にしがみ付いていた。褒める親の声、先生からの称賛、周囲の子供達の尊敬の眼差し。全てが心地良く、全部を当然の権利にする為に頑張り続けていた。
開拓者になり、組合警察にスカウトされてもロゼは秀才さを遺憾無く発揮していた。なのに。
「私は最初は、ラフィさんに嫉妬みたいな気持ちもあったんですよ。」
「まだ10歳なのにすっごい強くて、もしどんな分野で戦っても最後には勝てなくなるんじゃないかって。そりゃ態度には出しませんけど、内心結構凹むんですよ?」
メリーは黙って酒を啜る。
「むしろ嫌味な性格なら遠慮なく嫌ってライバル視するなり、越えるべき壁として敵視出来ましたが。あんな人懐こい笑顔で好き好きされたらどうしていいか分かんなくなっちゃいますよもぅ。」
内心に溜め込んでいた鬱憤をメリーにぶつけてやる。奢った代金分は愚痴を聞け、とロゼは捲し立てた。
「ロゼはラフィ助が気に入ったッスか?」
「はっきり言いますが、大好きですよ!正直結婚したいです!まだ10歳ですけど、どの道独身禁止法で30までの結婚は義務なんですから。10歳前後の歳の差結婚は普通にあるんですよ!」
酔いが本音を漏らす。顔を赤くしながらもロゼは更に一杯酒をあおった。
「ラフィさん言ってたんです。開拓者として高ランクになる過程を大事にしたいって。私は結果ばかり見てきましたが、思えば悔いも沢山あります。」
学生時代、もっと周囲を見ていれば未だに付き合いのあるような良き友を何人か作れただろうか。一人開拓者を目指して日夜努力する合間、高校時代に友人が居れば卒業した後も時折飲み会にでも誘われて溜まった鬱憤を晴らす機会を得られただろうか。
結果だけを求めるのなら。孤高でも自己完結した秀才なら大した問題は無いのかも知れない。しかし人生という長い旅路、その過程の密度がヒトをより豊かにする。ロゼは誰よりも上に立つ事を生き甲斐としていた気になっていた。心の隅で埃を被っていた本心は、もしかしたら似て非なるものだったのかも知れない。
(勉強が出来る子がクラスの人気者だっただけなんですよね。元々、皆の輪に入りたくて勉強を頑張っていたんでした。)
手段がいつしか目的に。豊かな人生を目指したのに、結果だけに目を奪われて孤高の頂へ。ロゼの凍って固まった心を、ラフィとの日々の交わりが氷解させていった。
「ロゼはここに来てから随分雰囲気が柔らかくなったッス。肩の力抜けた感じッスね。」
「そうですか?メリー先輩の評価じゃあまりアテになりませんよ。」
ケラケラ笑うメリーの隣、ロゼは肩をすくめて小さく笑った。
より人生を豊かにする為には。
楽しんだもん“勝ち”の精神で世界を楽しむ事。周囲全てが輝いて見えれば全て良し、そうでなくとも灰色の中から光るものを拾い上げられる嗅覚を備えていられれば良し。
治外街のおでん屋で食べた大根は今日も旨い。1位では無いにしろ、それでも旨い。




