66.5 side2、コイン、サイコロ、ヒトの心はもっと複雑な四次元宇宙的な
強化外装付属のレーダーには、未踏地を探査する際に便利な追跡機能が付いている。怪物の痕跡を追ってダンジョンを発見したり‥‥というのに使うものなんだけど。今は猫ちゃんを追跡するのに使っている。
ニィニという名前の猫ちゃんが帰ってこないのはこれで3度目。いつもは一週間くらい待つとふらりと帰ってくるけど、今日で一週間と1日目になったそうだ。ニィニのDNAサンプルは既に登録済み。レーダーを起動すれば痕跡の場所を分かりやすく視覚にハイライトしてくれた。
抜け毛や足跡から行き先をAIが検索、アングルスの詳細なマップデータにアクセスして大まかな居場所を直ぐに特定してくれる。この捜索で3回目だし、精度も大幅に向上していた。
ブレードランナーで蜘蛛の巣街の自然公園までひとっ飛び。そのまま速度を落とさず並んだ土管の一つに飛び込んだ!土管の中は広くて、ボクの身長なら屈めばなんとかブレードランナーで走り抜けられる。土管を飛び出したボクの両手には、ぶすっとした不満顔のニィニが抱かれていた。
次の隠れんぼは一週間と2日後だね!
お婆ちゃんの家にニィニを返した後、そのままスパイダーヘッドのお昼の警備の穴埋めに向かった。
彼女との急なデートの予定が出来た自警団員が昨日貼り出したもので、他の自警団員は鼻で笑って受けようとしなかった。
ボクが受けるから!安心して!
ボクのSNSアカウントに感謝を伝えるDMが届いていた。気にせず楽しんできて下さい!って返事をした。
「まったく、こんな依頼。正規のルートじゃ絶対に組合は受理しませんよ。」
呆れた顔をしたロゼさんが後ろでぼやく。見ているからね!ってアピールするのも兼ねてスパイダーヘッドを時間一杯練り歩いた。腕には自警許可証の腕章を。今は3時間だけ自警団員のお仲間だよ!
「なんだ、ラフィか!ほらこっち寄ってけ!」
駄菓子を売ってるおじさんが手招きを。ボクの手にチョコ饅頭を置いた。
「ラフィ!こっち!こっち!」
数人の男女グループがボクを囲んでスマイルのシャッターを切る。通りすがりに突然な感じで驚いたけど、ちゃんと笑えたかな?握手をして去って行った。
「見回りご苦労さん、あいつ結局デートに行ったんか。リア充が!」
オープンカフェならぬビアガーデンという程でもない、樽を机代わりに酒気を撒く酔っぱらい達が手を振ってきた。
「あっ!あっちで喧嘩だぞ!L.Cが来る前に自警団がなんとかしろ!」
声が聞こえてきた。ブレードランナーを起動、大きく跳ねた後は壁面に着地。乱闘場所まで真っ直ぐ突っ込む。殴り合う二人の男の間にするっとイルシオンが差し込まれた。視線を純白の帯で塞がれ、驚いて怯んだ所にボクが間に入って飛び降りた。
「ここは皆の場所ですから騒ぎを起こすのはいけません。」
ふわっと展開したエンジェルウイングが二人の肩を軽く包む。波立って尖った心に癒しの温もりを。少し不満ながらに冷静さを取り戻した二人はボクを一瞥して何処かへ行ってしまった。
「‥‥鮮やかですね。」
ロゼさんは感心したように言うけど、目線がそっぽを向く。
「どうしましたか?」
「いえ、私だったらどう対応したかなと。多分二人の腕を捻って威圧したと思いますね。ああいう手合いを説得するには一番早い方法なんです。」
一番早い‥‥喧嘩両成敗って言葉もあるし、ロゼさんは今までそういう感じに対応してきたのかな。クロキさんとの一件でロゼさんの考え方とか、今まで積んだ経験の事も分かったからそれも間違いだとは思わない。
「ボクは出来る限りヒトに寄り添いたいんです。R.A.F.I.S.Sを起動すると心が冷たくなった感じがして‥‥喧嘩を収めるくらいなら、エンジェルウイングがありますから。」
「効率は悪いかもしれません。犯罪者やマフィアと戦う時は怪我をさせちゃうのに。変でしょうか。」
ボクは暴力反対な平和主義なのかと言われると、開拓者を目指す時点で怪物相手に銃を振り回すし違うと思う。ダンジョンコアだって人類の脅威ではあるけど生きているんだし。銃を向けてくるマフィアや、誰かを傷付けようとする犯罪者へ攻撃する事にも罪悪感を感じない。
そう。
ボクは攻撃する事に思いの外罪悪感を感じない。R.A.F.I.S.Sが目覚めてから、特に顕著に感じた。多分ボクは何かの兵器なんだと思うし、それが普通なのかも。だから尚更、最低限に攻撃する機会を抑えたかった。
「‥‥誰しも個人で様々な考え方を持つ事は不思議じゃありません。裏の顔なんて言ってもコインの裏表程度の単純なヒトなんていませんし、多面性だなんてサイコロで例えるくらいじゃまだ不足します。」
多くの犯罪者を見てきたロゼさんの言葉が、ボクのしんみりと冷たくなった心に沁みる。
「SNSで良識を叫び、友人の前で悪ノリでゴミをポイ捨てし、上司に媚びへつらって部下に責任を押し付ける。家族、友人の前では真面目なヒトと評判なものの、職場での評価はゴマすりクズと陰口を叩かれる。その上人生一発逆転を狙って開拓者に転向。で、行き着く先が些細な喧嘩で旅団仲間を撃ち殺してお縄。」
そんなヒトがいたの?全部ちくはぐに見えるけど、不思議と違和感を感じない。ゴミをポイ捨てするけど真面目って言われていたって事は、時間や約束をきっちり守るとかそういうヒトだったのかな?
巡回中、ロゼさんとの少し難しい話が続いていた。
「ラフィは私の事をどう評価しますか?」
「ロゼさんは真面目なヒトだと思います。厳しいけど優しくて、正義感が強くてカッコいいです。とても綺麗でスーツ姿が似合っています。とっても強くて頼りになります。ですけど、急に服の下に指を入れたりする所は驚いちゃいますので‥‥」
どこか赤くなったロゼさんの視線が逸れる。
「思ったより評価項目多めで気恥ずかしいですね。ざっくりで良かったのですが。」
ロゼさんは続けた。
「例えば私はメリー先輩に仕事のミスやクレームの原因を押し付けたことが何度かあります。理由はダンガン本部長に叱られるのが怖かったからです。まぁメリー先輩にしょうもない仕事を押し付けられてムカついてたからってのもありましたが。」
「幻滅しましたか?真面目なヒトのする事じゃ無いですよね。そう、私は仕事に真面目に当たれるよう努力しますが、不真面目でダメな時だってあります。」
ロゼさんの言いたい事が分かってきた。R.A.F.I.S.Sの暴力性とヒトを癒して笑顔にしたいボクの両面も、結局はボクの一つの顔に過ぎない。どっちのボクも存在していい。
「ふふっ、皆同じですよ。ヒトの正義と行動原理は都合によって右往左往するものです。多くのヒトと関わってると尚更そう感じますね。」
ロゼさんの指先はボクの頬を突いた。
「ラフィさんの思春期の悩みは一つ、解決しましたか?」
ロゼさんの綺麗な瞳がボクを映す。ちょっと赤くなるのを感じて黙って頷いた。
ついでにと言いたげにロゼさんの指先が顎を撫で、さすさすふにゃふにゃと顔を撫で回されてしまう。
「あのっ?!皆見てますからぁ!」
慌てて後退るボクにロゼさんは、アドバイス料ですよっとウインクを送った。
お昼の警備が終われば、ロゼさんに誘われて綺羅星街に行く事に。あそこの料理は全部高いけど、ちょっとお昼を食べるくらいなら大丈夫。ボクだって開拓者なんだから、折角だし美味しいものを食べたい!
お昼の綺羅星街も相変わらず静かで、何処からか流れるジャズの音楽がいい雰囲気を作っていた。ふと、目についた楽器ショップを覗き込む。
「ラフィさんは楽器の演奏にも興味があるのですか?」
「タマさんにマイクを買って貰ったんです。どうせなら弾き語りとか‥‥カッコいいかもって。」
今はじっくり見れる時間が無いけど、その内何か楽器も買いたいな。ミニフィーもいるんだし、一人でバンドとかオーケストラとか組めちゃうかも。そう考えるとわくわく、そわそわ。
「ロゼさんは楽器はやらないんですか?」
「ピアノとかなら出来ますよ。子供の頃に教養として習ってました。」
ロゼさんがスマイルアプリを開けば、宙に薄っすら青色の鍵盤が。片指を器用に動かして綺麗な音色を響かせる。
「これはホロミュージカルですが、現物もちゃんと弾けます。」
ホロミュージカル‥‥そんなアプリもあるんだ。そういうのもいいかも。実物だと持ち運びとメンテナンスが大変だし、今度練習してみようかな?後で知ったけどホロミュージカルの楽器も買い切り型のものだった。値段は安かったし、色々買っちゃおう。
お昼はオープンカフェでおしゃれなパスタを食べた。レンガの敷かれたテラス席に、AR製の生垣が通りからボク達の姿を隠す。生垣には綺麗なお花が沢山咲いていて、時折花にとまる蝶々まで描写されていた。
「ラフィさん、午後も忙しいんですからパスタだけで足りますか?」
「やっぱりデザートとか注文しようかな。」
と、店員さんがチョコアイスパンケーキを持ってきた。あっ!食べるならこれにしようって考えてたやつ。ロゼさんが頼んだの?
「メニューを見るラフィさんの視線を追えば何が欲しいか読み取れます。お腹の容量的にも少し足りないだろうなと考察しましたので。ふふん、ラフィさんの事を理解出来るよう勉強してますからね。」
ロゼさんの観察眼は的確だった。だけど全部お見通しって感じだとちょっと怖い‥‥お礼を言いつつも、パンケーキにはむりと齧り付いたのだった。




