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66、正義、とは。

『ゾル』

ミキ、今日こそ俺らのシマ荒らし回るクソガキぶっ殺す

一応言っとくが近寄るんじゃねぇぞ?危ねぇからな

お腹の子をびっくりさせたらマズいだろ?昼過ぎには帰る



遅く起きたミキは半裸姿でベッドで身を起こす。鳴ったメッセを開けば血の気が引いた。


止めてよ!アイツはヤバいって!背広組も居るんだよ?!


昨夜あんなに話し合ったのに。ゾルは行ってしまった。噂に聞くブラッティエンジェルは、例えゾルが徒党を組んで戦っても勝てるとは思えなかった。


マフィアを纏める、6腕のチャガマを倒した話は蜘蛛の巣街の住人の話題の中心。更には機構卿という大物傭兵まで蹴散らしたという。


笑顔を振り撒く傍ら、冷酷に“隣人”を狩る胸糞悪い天使の羽は血に濡れる。正義とやらに突き動かされるその姿を、ミキは滑稽と笑っていた。

この街に都市の倫理観持ち出すんじゃねーよ。ウチの旦那もうぜーって言ってるんだし死んでろやクソガキ。


笑っていられる内はラフィは話題に欠かない道化。しかし、この瞬間。愛しのゾルまでもが、天使の掲げる正義の生贄にされようとしていた。もう笑っていられるような距離じゃない。深く関わってしまった。


文明に置き去りにされた隅っこの街で出会い、恋に落ち、求めあい貪り合う。酒癖の悪いゾルは毎晩のように過去の武勇伝を語り、偶に暴れたりもするけど脱げば黙った。


ゾルは本当は優しいヒトなの。


恋に溺れたミキのゾルに対する理解度は盲目的。でも、幸せだった。


メンテもされていない強化外装は既に機能せず、なのにゾルは未練がましく毎日纏う。


クソガキがシマで好き放題してやがる!!昨日も何人かやられた!お隣だぞ?!隣人をボコられて引き下がれってのか?!アアアア!!!クソ!クソ!!


窓ガラスが割れ、机がひっくり返り、口答えしたミキの頬骨にヒビが入った。


装備?!知らねぇよ!こっちも強化外装持ち召集するわ!ここで引き下がったら‥‥!俺はもう負けねぇ!!こんな掃き溜めに逃げた挙句クソガキに蹂躙されて震えて隠れてられるかよ!!


ゾルは聡明では無い。バカかと言われれば2人に1人は首を縦に振るだろう。それでも守りたいプライドがあった。天才と持て囃されて、美女を侍らせたクソガキに好き放題人生を引っ掻き回され、更に困窮する。自警団に目をつけられたせいで動き辛かったのに、ガキの視界からも消えなきゃならねぇのか。俺は何の為に、俺の人生は何だったんだ?


既に限界を迎えていたゾルのプライドが悲鳴を上げる。高度な知的生命体の精神は、プライドという大黒柱に支えられて高潔さを保つ。


開拓者系ARチューバーの夢のような金に溢れた生活が眩しい。憧れて飛び込んだ開拓者の世界は、あまりにも絶望的だった。何をしても金が飛び、成果が芳しく無ければあっという間に貯金が消えていった。


怪物と戦うのは怖く無い。ただ、銃が火を噴く度に銃弾()が溶けていくのを感じていた。目の前の数体の小さい怪物を殺して幾らになる?チクショウ、何発外した?クソ!銃の調子が悪い!装備全部メンテするのに幾ら?


元々サラリーマンにファック、自由(無責任)に生きたいと願い選んだ人生。失敗したからって企業のPMCに所属するなんてプライドが軋んだ。書類選考で落とされプライドが捻じ曲がった。社会から人生の全てを否定された気がした。


子供の頃からやんちゃだった。殴る、奪う、傷付ける。楽しい。連れは沢山、惨めな敗者を踏み付ける愉悦よ。なのに、今の俺は勝者か?何で負けてる?何で金が無い?暴力は得意だ。殺すのも慣れてる。凡人には無い才能って兄貴も言ってた。


幼少期から続く勝者としての成功体験の連続が、彼の心に大きなプライドの大黒柱を立てていた。それが今、余りにも醜い音を立てて倒壊しようとしている。


ガキだった頃にイジメ殺したザコにラフィは似ていた。俺は負けるのか?負けられない。死んでも勝つ。勝てなかったら。心が死ぬ。


震えるミキの傍ら、ゾルの怒り狂った独白は深夜まで続いた。


ゾルが消えても隣人達はラフィの正義を褒め称え、話題の一つとして1日もあれば消化してしまうだろう。明日にはもう古い話題。誰も興味を持たないどうでもいい話。


ミキは生涯ゾルを忘れない。ゾルに何かあったらラフィを許せない。殺してやる。あのクソガキが居なけりゃ!絶望感と喪失感に揺れる体は、頬に走った痛みを忘れて突き動かされる。


いつも通り体を差し出し、抱かれ、宥められたと思ったのに。ミキは化粧もしないまま家を飛び出した。





静まり返った広場に響く女性の悲痛な声。


「ゾル!ねぇ起きてよ!逃げようよ!」


頭を打って気絶したゾル‥‥マチェーテの男に縋り付く女性はお揃いのパーカーを着ていた。ペアルックってやつかな?うんともすんとも言わないゾルを見下ろすクロキさんを睨み付ける。


「お前か!」


片手に携えていた鉄パイプを頭目掛けて振り下ろし‥‥黙して動かないクロキさんの頭を打ち据えた。しかし響くのは強化外装が打撃を弾いた硬質な音。思わずパイプを取り落とすものの、鬼の形相で拾い上げたパイプで何度も打ち据える。


するとすぐに体力が尽きてその場にへたり込んでしまった。


怒りを滲ませた激情混じりの嗚咽をただ黙ってクロキさんは見下ろしていた。


「あの‥‥」


「ボウズ、黙ってろ。」


ふと気付くとロゼさんが倒れた中から、開拓者崩れの人物を選り分けて手錠を嵌めていっている。こんな状況でも一切躊躇せず手際がいい。ボクはどうしていいか分からず動けないのに。


忙しい何人もの足音が唯一の入り口の狭い通路から駆け込んできた。汗を滲ませる壮年の15人以上の男女。手錠を黙々と掛けるロゼさんを見るなり口々に抗議を飛ばす。


「おい!ウチの息子が何したっていうんだ!」


「もう開拓者じゃないんだぞ!組合警察は黙ってろ!」


「ここはアングルスだ!お前!またっ!また息子を攫う気か?!」


そんな彼らに気圧される事なくロゼさんは淡々と告げた。


「彼らは殺害を目的とした襲撃に加担しましたので現行犯逮捕となります。うん?このヒトはまだ羅針盤を持っているようですね。うーん、これは酷い。」


開拓者崩れとなっても手放されなかった誰かの羅針盤には何犯もの重犯罪が記録されていた。


「強盗致死‥‥ランク下の開拓者を襲って装備を奪っていますね。しかし生体登録された魔具を操作出来ずに売りに出した所二束三文で買い取られた、と。」


その声は冷え切っていて。その目線はゴミに対する見下げ果てた冷たい視線。


「時折そんな事件が起きるんですよ。そしてアングルスのような街に身を潜めて捜査を掻い潜る。この件は知ってますよ。遺族の方は未だに犯人逮捕の為大金の懸賞金を掛けています。」


「第一種死刑。つまりラットでしょうね。」


聞いた事がある。ラットとは企業が管轄するダンジョンを育成する際に消費される生き餌。命の再利用。脳を弄られ、余計な知識を削ぎ落とされ、必要な知識だけを詰め込まれた知識の生き袋にされる。尊厳も何も無い、多くの犯罪者達の恐れる最悪な最期。


自我はあるけど、気が狂う程一つの知識を強制的に脳内で反芻し続けられ、生きたまま怪物に食いちぎられ生き餌として消えて行く。


「そんな凶悪犯を庇い今まで法の裁きから逃れさせ、挙げ句の果てに今日まで大小様々な犯罪を起こさせ、そしてラフィさんを集団でリンチ殺人しようとして捕まった。」


ロゼさんの声に怒りが滲む。飛ばされた殺気に気圧され、口々に怒気を飛ばしていた人々は萎縮した。その目は指先で揺らされる手錠を恐れていた。


「もしここが都市内なら犯罪者を匿ったあなた達も連行されますが、アングルスですから。元開拓者は羅針盤を手にした時点で、手放そうとニホンコクの法からは逃れられません。その点ニホン国籍を持たない、開拓者でないあなた達に組合警察が逮捕権を持ち出す事は出来ないんです。」


ニホン国籍を持たない以上、住まう治外街の法に彼らは準じる。彼らが国籍を持たない事は、ロゼさんが手元の機器で調べれば直ぐに分かった。


普段ボクに向ける優しい雰囲気からは想像も出来ないくらい冷淡な対応。ボクは何も言い出せずに隅っこで縮こまっていた。


「なぁ、ボウズ。」


そんなボクにクロキさんが話しかけてくる。いつの間にヒーローの強化外装を解き、いつもの黒コートに戻っていた。


「見かけた犯罪者皆倒して、それで誰もがハッピーってな感じにはいかねぇんだ。善良な市民の生活が守られた裏で、ぶっ倒した犯罪者の親・恋人・親友・同業者‥‥そんな奴らからは怨まれる。言うほど気持ちの良いもんじゃねぇぞ。」


咥えたタバコが煙を上げ、サングラスの下の目を細める。


「ボクのしてた事は‥‥間違ってましたか?」


「ああん?それを判断するのはおじさんじゃねぇよ。」


泣き崩れていた女性、倒れた男達の親達の睨むような視線がボクに集中していた。そっとロゼさんがボクの前に立ちそんな視線から庇うよう睨み返す。


「いいか?ボウズは正義感に従って戦ったんだよな?」


「はい。」


「正義ってのはな。結局はテメェの我儘を通す為に振るう拳の名だよ。ラフィは犯罪を許したく無いって気持ちで犯罪者どもを打ちのめしてたんだろ?コイツらの犯罪で利を通したいって我儘とカチあった結果お前が勝っただけ。」


「いえ、正義は法の下にあるものです。正義とは秩序を守るものであり、秩序は怪物に満ちたこの世界で人類が発展する為に不可欠なものです。まぁ正義が主観的なものだって意見も尊重しますが、犯罪者は悪と断じるのが秩序の為ですね。」


何処かダンディな気配で語るクロキさんの言葉に耳を傾けていると、横合いからロゼさんが異論を飛ばす。二人の視点の違う正義観に思わずボクの視線がキョロキョロしてしまう。


「ハァー、おじさんちょっとカッコつけてボウズに慣れない説教垂れてんだ。黙っててくんねぇか?」


「いえ、そんなアウトロー全開な正義観をラフィさんに教えられても困ります。」


二人の視線が交差し、諦めて手短に要約した自論をクロキさんは語ってくれた。


「まぁ、要するにだ。正義を振り翳したからには絶対に結果から目を背けるな。裏でこういう奴らが泣いてる事も承知で戦うんだよ。」


ロゼさんもそこには同意した風に黙って頷く。すると目の前でクロキさんがもう一度ヒーローの姿に変身し、ボクの頭をポン、と叩いた。


「ヒーローはバトンタッチだ。ボウズは開拓者目指してるんだろ?じゃもっと真っ当な仕事をしやがれってんだ。路地裏でクズどもを倒して回るのは健全な開拓者の仕事じゃねぇぞ。」


「いえ!知っちゃった以上見て見ぬ振りは出来ません。その、二人でヒーローするんです。」


頭に置かれた手を跳ね除けるようぐいぃっ!と背伸びして見上げる。クロキさんはそのままボクの傍を通り過ぎて後ろ手を振った。


「そうかい。あともうチャガマの奴には連絡したから面倒に巻き込まれる前に退散すんだな。」


ボクは一度だけ睨んでくる人々と視線を交わし、ロゼさんを連れて広場を去ったのだった。あの視線は忘れない。でも、ボクが許せないと思ったからには。家族を、友達を奪ってごめんなさい。ボクはボクの為に戦います。正義の為に。


胡蝶之夢のお宿に帰るなり、ロゼさんがボクの手を引いて休憩室へ。混んでる時間帯なせいか休憩室はがらんどう、静かな座敷の上でそっとボクを抱きしめてきた。


恥ずかしくてびっくりしちゃうけど、ロゼさんも心が冷たくなってるのを感じてて。癒しが必要だって分かっていたから。ふわりと広げた羽がロゼさんの背を包んだ。


「ラフィさん。私だって犯罪者が許せませんし、自分の行動に疑問を持つ事なんてありませんが。やっぱりああいう視線は堪えますね。」


「都合が悪くなった途端被害者の面して、強権に踏み躙られる弱者を気取るんですよ?ムカつきます。今まで散々人々の日常を壊して来たくせに。」


難しい話を何度も反芻して頭の中で整理しようとボクも考え込んでいた。この問題に答えなんて無いかもしれないけど、明日からどうすればいいんだろう?


そうやっているとタマさんが、厨房でブランさんの作った料理を片手に休憩室へ入ってきた。


「なーにシケた顔してるのよ?悩みでもあんの?」


尻尾がボクのほっぺを撫でる。胸の内でぐるぐる回ってる難しい問題をタマさんにも打ち明けてみた。


「ハン、正義ぃ?んなもんぶちのめした奴の特権よ。いい?ぶっ倒した奴が正義、ぶっ倒された奴は悪。小難しい理屈並べた所で暴力の前には意味ないナイ。」


お肉を齧りとって骨の見えたチキンピースを指先でプラプラされながらタマさんはせせら笑う。


「怨み?文句あるなら掛かってくればいいじゃない?纏めて全員はっ倒して首だけにしてやるわ。いいわよね〜、暴力装置と化した正義感で思う存分暴れるの。」


呆れた顔で見やるロゼさん、何だか予想通りな答えが返ってきてちょっとホッとするボク。ノクターンで長い間裏社会を渡ってきたタマさんならではの正義観なのかもしれない。


「アタシだったら睨んで来たバカタレをその場で首刎ねてやったわ。てか逮捕出来るよう無力化なんてしないし。アタシとの戦闘経験を積んだ奴を生かしておくメリットってある?」


余りにも明け透けな本音に、ロゼさんは色々と文句言いたげ。でもどう言えば伝わるか考えた末、諦めたようにボクを抱き直した。タマさんは酷いヒトじゃないのに。


「いい?アタシだったらの話よ。ラフィは自分の思うようにしなさい。でもね、殺そうとしてくる奴の身を気遣うなんて相当傲慢な行為ってのも理解して。ラフィがしょうもないクズを案じて怪我させられるなんて絶対嫌。」


殺意がぶつかり合ったら死が伴うのは当たり前の事。でも、ボクは。


R.A.F.I.S.Sはボクを殺しに寛容にさせる。不殺を貫くつもりは無いし、それで皆に迷惑を掛けたくない。でも‥‥嫌だなって思った。


因みにブランさんに後で訊いてみた所、単純な答えが返ってきた。


「正義ですか?それはラフィ様と付き従う当機の事ですね。」


ー正義ー

正義の反対は正義、正義とは主観的なものであり、押し付け合った時に初めて具体的な姿を現す‥という耳にタコが出来る程聞いた一般論はさておき。

太古の時代は正義を闘争で語り合い、サイバーパンクな今も闘争で語られた。正義は言葉で殴り合っても大概拗れるだけで解決に至らず、肉体言語が手っ取り早く議論に幕を下ろす。

暴力なんて野蛮だ!という正義の拳を振り上げ高潔さを掲げた所で、歴史に刻まれた血の跡が人類の進歩を証明していた。

SNSで緩く繋がった大衆の正義の叫びに企業はひれ伏すか。犯罪者はナイフをしまい、この世の全てが正されるか。時代が進み、拳がネットリンチに。全治数週間が、生涯に渡る誹謗中傷と生活基盤の崩壊に。時代が進めば暴力はむしろ過激になっていった。

文明煌めけど、ヒトはヒトだった。

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