64、蜘蛛の巣街の小さなヒーロー
手に入れた武器の調整は直ぐに終わった。テレポーターになれるキュートフロッグもR.A.F.I.S.Sと併用すればちゃんと機能しそう。
でもそれらはボク自身が取り回すものじゃ無い。ボクの両腕はイルシオンでもう埋まってるし、イルシオンの収納のマギアーツ経由で脳波遠隔操作するにはどれも動作にクセがあり過ぎる。だったら役割分担すれば良いんだ。
小隊と化したボクとミニフィーの連携戦術は日々タマさんとの訓練によって磨かれていった。
「ねぇねぇ、ラフィ?今の僕はどっちだと思う?」
訓練明けにリビングのソファー上で寛ぐボクの周りを、ぴょこぴょこしながらモモコさんが。ピンクのパーカー、ホログラムウサ耳ヘッドセットを揺らすその顔はちょうど中性的な感じ。
「男の子です。」
「正解〜。」
こそっとR.A.F.I.S.Sを展開してスキャンしたお陰で一発正解。エンジェルウイングと同期して、影響下の生体情報をボクに教えてくれるから。
モモコさんは満足げににひひと笑って隣にお尻を置く。と、ブランさんが強引にボク達の間に座るスペースをお尻でこじ開けた。
「ラフィ様を同性の姿でかどわかすのはやめやがって下さいませ。その趣味はありません。」
「性別なんて気にしなくていいじゃん?ジェンダーフリー的には大事なのは個であって、性を前提に挟まない。今は男の子の気分だけど僕を守ってくれる王子様と仲良くしたいんだ。まずはお友達からって言うじゃん?」
モモコさんにソシャゲを勧められ、お気に入りのアニメを紹介されていた。清貧な孤児院で育ったボクはそういうのに疎くて、よく分からないままにスマイルに色々アプリを追加していっている。
あう、10連ガチャ最低保証!頑張って石を貯めたのにぃ。
サブカルチャーは優れたコミニュケーションツールで、共通の好きな話題はボクとモモコさんの距離を縮めていっていた。男の子の姿の時は同年代のお友達って感じで楽しいんだよね。目を離した隙に女の子になって寄りかかってきたりすると恥ずかしいけど。
「ブランさんはこういうのに興味無いんですか?」
「当機はラフィ様が楽しいと感じた事を共有する感性が備わっていますので。むふっ、ガチャ限定ピックアップゲットです。」
共有モードのホロウインドウを見せびらかすブランさんはしっかり天井していた。
しかしタマさんは。
「ソシャゲ?いや〜、やってないわね。アニメ?ええと、子供の時は見てたわよ?今のは知んないけど。」
共通の話題を一つ、二つ損ねたタマさんに向けたモモコさんとブランさんの優越顔は印象深かった。
因みにロゼさんもやってない派だった。
パンタシアの外へ出れば胡蝶之夢の休憩室番、休日は開拓者業に忙しい。1ヶ月くらい蜘蛛の巣街を飛び回って、住人からお駄賃と引き換えに1日で終わる簡単なお仕事を受けていれば自然と受け入れられていった。
「ラフィちゃん、ほら先日の配達漏れの埋め合わせあんがとな!」
「うちの迷い猫毎回頼んじゃってごめんねぇ。前担当してた開拓者さんこの前の事件で亡くなっちゃって。」
「街に接近した怪物の小隊の駆除、協力感謝する。優秀なアコライトが同行するだけでも頼もしいもんだ。」
スパイダーヘッドの広場を通ればあっちこっちから声を掛けられる。この短期間にこんなに受け入れられたのにはもう一つ理由があって。
R.A.F.I.S.Sを沢山使ったお陰か起動していなくても、ボクの感知範囲は前よりもずっと広がっていた。常に簡易起動状態な感じ。なんと言うか、視界の外の離れた場所で起きた気になる出来事を自動で知れちゃう。細かい内容は分からないけど。
この前タマさんにやらせて貰ったゲームの”ランダムエンカウントアクティビティ”みたいに、直感的に何かが起きた事を察知出来た。
オープンワールドゲームをやってると、突然建物を跨いだ数百m先で起きた事件を主人公が直ぐに察知していた。あんな感じにボクにも分かっちゃう。
ますます兵器じみてきた‥‥そんな自分の成長を素直に喜べないボクの直感が、スパイダーヘッドの路地裏で起きた犯罪行為を察知した。
3人の素行の悪い開拓者が一人の男のヒトを銃で脅してお金をたかろうと取り囲んでいる。治安が地を這う街アングルスでは犯罪に巻き込まれるような弱者が悪い、なんておかしな常識が犯罪者達の中でまかり通っていた。
街の治安を守るのは市民に興味のないマフィアと、人数の少ない自警団のみ。
それは余りにも頼りなく、今たかられそうになっている男のヒトも自力救済を選んだ。
5秒後には一か八か懐のナイフを引き抜いて、数発の銃弾を受け殺されてしまうだろうと今起動したR.A.F.I.S.Sが予測する。アングルスの路地裏に死体が転がるのは珍しくない。
毎日のように何処からかヒトがアングルスに入り込み、そして減った人数を埋め合わせる。お金の集まる治外街にしては大きいこの街は、周辺の小規模な治外街や部落の人々からは魅力的な街に見えた。
ブレードランナーを駆り、ボクの体は瞬く間に路地裏に吸い込まれ、1秒後には男達の頭上を天地逆さまな体勢で見下ろしていた。ラインレーザーを起動していない純白のイルシオンが懐に手を突っ込んだ男を守るように取り囲む。
驚いて見上げた一人の開拓者の頭をブレードランナーで蹴り飛ばし、隣のもう一人を巻き込んで転がしてしまう。低質なバリア装甲だったみたいで、今の一撃でも首の骨が嫌な音を立てて脱力してしまった。衝撃を殺しきれなかったみたい。多分エネルギーの補充等のメンテナンスも大雑把だったのかな。
ボクに銃を咄嗟に向ける開拓者と目が合い、次の瞬間には頭上から大質量のオオワシM100の銃床を振り下ろすミニフィーに頚椎を砕かれて転がった。蹴りの巻き添えで転がっていた開拓者も、ビームシュナイダーを持った2体のミニフィーに拘束されて降参の意を示す。
一瞬の制圧劇の後、ボクの後を追って静かに守ってくれていたロゼさんが姿を現した。
「組合警察です。あなた達の犯罪行為は私の羅針盤にしっかりと記録されていますので。現行犯逮捕します。」
「げぇっ?!背広組が何でここに!未踏地の果てだぞ?!暇人が!」
「はいはい、余罪も沢山ありそうですね。本部の方で脳を多少弄られますが捜査上の権利として国が保証している事を事前に説明します。では詳しいお話は担当者とどうぞ。」
羅針盤のデータを元にAI裁判所が逮捕状を即時発行し、ロゼさんはサッと取り出した手錠を3人に掛け、羅針盤の情報が送られた手錠が起動する。そして転送が始まると、転移のマギアーツで3人の開拓者は牢の中まで飛ばされてしまった。
転移のマギアーツの中でも指定した地点まで片道切符で飛ばすこの手錠は、未踏地で犯罪を犯した開拓者を逮捕する際に使われる。流石に手錠を掛けたまま都市まで往復する訳にはいかないし。座標を完全に固定しているお陰か、かなり遠くからでも送れるらしい。
犯罪者が開拓者や傭兵ならロゼさんが、マフィアの下っ端なら蜘蛛の巣街を仕切るチャガマさんに連絡、それ以外なら自警団に引き渡し。そんな感じに犯罪を察知する度に誰かの不幸を無くしたくてつい動いていた。
この事をタマさんに話せば
『幾ら治安が地を這う街って言っても犯罪者が減って損する奴はいないわよ。マフィアにとっても勝手する開拓者崩れにガラの悪い余所者は邪魔なだけだし。好き放題する下っ端のクズを躾ける機会が増えてチャガマも感謝してたわ。』
少なくともお節介になってたりはしないみたい。
「あ、ありがとう。ええと、君が噂の天使くん?」
「はい。ラフィです。」
いつの間にそんなあだ名で呼ばれていた。
ボクに救われたヒト達の噂が街中に伝わっていって、1ヶ月で受け入れられていったのだ。
ふとボクはいつものベンチに足を向ける。それはスパイダーヘッドの片隅にある、タバコの吸い殻で散らかった休憩スペース。今日もおじさんが居た。
黒いどこかクールなロングコートに身を包んだ、顔に傷のあるおじさんが一本のタバコを咥えて上の空な顔をしていた。切れ長のサングラスの下に隠された目は何処を見ているんだろう?
いつも通りボクは駆け寄って膝の上にお尻を置いた。
「あん?ああ、また来たのか。おじさんの膝はベンチじゃねぇよ。」
「だってすっごく疲れた感じがするから。」
毎日少しずつだけど癒すんだ。でも膝上でじっとしてるだけだと退屈だからスマイルを弄っちゃう。
お構いなしなボクにおじさんはハァー、とため息を吐いてタバコを咥えたままドームの天井を見上げた。
「‥‥なぁ。おじさんはさ。こう見えて昔は輝いてたんだぜ?」
きゅっ?!あんまり話してくれなかったのに身の上話をしてくれるのかな?
「おもちゃ会社の営業マンでさ。あー、なんつーか。正義感に溢れてキラキラしてた。」
正義感。今のおじさんはすっごいやさぐれてるけど。
「そこはよ、闇堕ちってゆーの?んなもんだよ。だけどよ、気付いたらおじさんマフィアになっちまった。幹部としてシマを仕切んもの向かねぇよ。」
「マフィアって、L.Cですか?」
「シマはここじゃねぇけどな。サボりに来てんのよ。」
閑話休題、吹かされた煙が宙を漂う。
「ボスのピクルスはてめぇの好きにやっていいとか言うけどさ。他のL.Cの面々は皆幹部やってんだぞ?おじさんもやらねぇ訳にはいかんだろ。」
他にやりたい事があったのかな?でも、
「あの。自分の気持ちを誤魔化してばかりじゃ大変だと思うんです。ボクも開拓者になりたいって思ったから孤児院を飛び出して、ここまでやって来たんですから。羅針盤の針の指す先はマフィアなんですか?」
「羅針盤なんかもう持ってねぇよ。ただ、そうだな。何処に置いて来ちまったんだろうな。」
そう言うおじさんは遠い目をしていた。
路地裏から不意に女性の悲鳴が聞こえる。ピクリと反応したボクはぴょこっと膝から飛び降り、会釈を一つしてその場から飛び出す。
「‥‥小さなヒーロー、ってか。」
おじさんの小さな呟きを背に、悲鳴のする方へ向かったのだった。




