7、ラフィは可愛い新装備がお好き
車に戻ったボク達は結局門の内側で一晩明かす事にした。既に日も落ちているし、未踏地では夜間の行動は基本的にタブーとされている。夜の帳が下りると怪物達はより活発になるからだ。
「この中ならゴブリン連中に悪戯されずに済むの。分かった?車から出ない事。」
「は、はい。」
さっきのお店で食べた料理は美味しかったけど、囲まれて好き放題されたボクは外に出る気にはなれなかった。倉庫の方で何やら弄り回していたタマさんが、ソファー上のボクを呼ぶ。
「これの性能が分かったわよ。」
そう言って差し出したのは、今日ダンジョンでボクが見つけた一本のペンだった。可愛い雰囲気の装飾が施された軽いボールペンが、タマさんの指に摘まれて揺れている。タマさんが試しにボールペンで適当な紙切れに何かを書き始めた。
“操”
そう一文字書かれた紙を指先で弾けば、紙が不自然な軌道で宙を舞いボクの顔に張り付いた。
わぷっ?!ななな、何?!
ジタバタするボクから紙を剥がしたタマさんはそのままモフモフと頭を撫でくりまわしてくる。扱いがペットみたい‥‥と思いながらも指先が気持ち良くて甘えちゃう。
「面白いアイテムを見つけたじゃない。これは演算から逆算してマギアーツを発動するペンね。空気中の魔素から魔力を絞って、簡単なマギアーツなら発動するみたい。これくらいならバッテリーとか要らないっぽいわ。」
普通、マギアーツを発動するにはまず演算式が必要となる。前に試しに温風を出す魔具を解体して中を見てみた事があるけど、びっしりと複雑に大量の漢字が彫り込まれた円盤が組み込まれていた。これが昔の技術である“魔法”の発動に必要な魔法陣の役割を担っているのだとか。そして、マギアーツを発動する時に脳の領域の一部を使って行われる演算が魔法の詠唱をより簡易に改良したものだ。
つまりマギアーツを発動させるには高度な知識による演算式と、それを適切に動作させて操る演算が必要となるんだ。古式な言い方をすれば演算式が魔法陣、演算が呪文の詠唱って事。
だけどこのペンは紙に演算式を書かずとも、演算内容を一文字記しただけでマギアーツが発動した。魔法陣無しで魔法を発動したようなものだよね?!これってすっごいテクノロジーなんじゃ。
「こういう事がすっごい稀にあるからダンジョン探索は止められないのよね。ダンジョンの規模に関わらず神器レベルのオーバーテクノロジーが発掘される事があんのよ。ま、これはペンで書かなきゃいけないって制約があるからあんま大規模なマギアーツの発動は結構大変だろうけど。あとアタシ以上に知識のある奴じゃなきゃ使い熟すのは難しそうね。簡単なものしか作れないわ。」
そう言うとタマさんはペンをボクに投げ渡した。
「それをどうするかはラフィが決めて。見つけたのはラフィだから権利はアンタのものよ。売れば孤児院生活とはオサラバね。ちゃんと適正価格で買ってくれる奴をこっちで紹介してあげる。来月には大都市に家を構えて残りの生涯遊んで暮らせるレベルの生活が出来るかも。ま、散財しまくったらそうとも限らないけど。」
これってそんなに凄い物なの?!どうしよう。でも・・・
孤児院のみんなや、サラ先生、エステルさんの顔が浮かび上がる。
これをお金にすれば孤児院の運営もずっと楽になるだろう。だけど、ボクは開拓者になりたいんだ。開拓者としてやっていくなら力が必要だし、これを使いこなせればダンジョン探索がずっと楽になるはず。凄い開拓者になってこういうアイテムを集めて、そうやって稼いだお金で孤児院を助けた方がいいと思う。ボクのためにも、孤児院のためにも。
「これは自分で使いたいです。その、これがあれば自分で魔具を作れるって事だし。面白そうだから。」
「そう?ならいいわよ。アンタが便利な力を手に入れればアタシも楽できるしね。でも、アタシに気を遣っての判断ならもう一回考え直しなさい。別にラフィに気遣われる程弱く無いから。」
「大丈夫です。えへへ、全部自分の為ですから。でも、必要があったらタマさんも気遣います。」
「なに可愛い事言ってんのよ。ほら、こっち来なさい。」
タマさんの尻尾がボクの腕を引っ張り、抱き寄せられて好き放題わしゃわしゃされてしまった。きゃあっ?!なになになに?!
体中触られて、縮こまった状態でソファーの上で警戒するボクに、タマさんが倉庫から取り出してきた巻物や本を机に置いた。
「これは依頼の契約を交わす際に使われる魔具よ。都市や組合経由で受ける依頼には必要ないけど、亜人の集落やスラムみたいな現金でのやり取りで報酬が払われる場合に使うわ。これにサインした奴が契約を違えれば最悪死ぬってやつで、まぁそういうマギアーツを発動出来る程には強力なエネルギーパックが使われてるの。」
今更だけど、マギアーツの発動には演算式、演算の他に外部からのエネルギーが必要になる。原来は空気中の“魔素”から直接魔力を絞り出していた。でも今はそれよりも遥かに効率のいいエネルギー源が作られた。液化した魔力の溶液なんだ。勿論気体よりも液体の方が密度は高いからね。
どんな魔具にも動作させるためにエネルギーパックが備わっているのは常識だった。
でも、契約書となればかなり強力なパックが積まれているはず。確かにそれを使えば色々出来そうだけど、結構そういう魔具ってお高いんじゃ。
「遠慮しないでって。アンタが強くなればアタシも楽になるんだから、これも先行投資よ。巻物と本、デザインが違うだけで性能は同じだから。そうね、折角だから両方積んでみましょうか。アンタ専用の強化外装も用意しなくちゃね!」
両手をワキワキさせて迫るタマさんに、警戒するも結局なすがままにされてしまったのだった。
壁の一部に設置されたパネルを操作すれば、一面が鏡のようになる。後ろ姿や、横から見た姿も一緒にプレビューされて鏡面の前に立つボクの隣に表示された。その上部にはついでと言わんばかりに詳細なボクのバイタル情報が表示され、今の姿がボク好みか勝手に診断してくれていて。
決めた物を注文すれば、宅配受け取り口の台座にポンと商品が転移してきた。通販って凄い便利なんだ。孤児院じゃ見た事ないし普通に宅配のお兄さんが運んで来てくれてたっけ。
腰からスカートみたいに4冊の小さな本を下げ、よりぶかぶかになった大きな袖をふりふりと揺らす。そして両手の袖口に仕込まれた2本の巻物を覗かせた。空間圧縮のマギアーツのお陰で巻物はミニチュアみたいなサイズで、アクセサリーを付けてるみたい。タマさんが言うには昔の海兵の衣装を模したセーラー服ってものらしい。白を基調とした服装に紺色の襟首袖口、そして半ズボン。頭の上の平たい帽子がちょっとズレて斜めに乗っかってる。首を動かしても帽子は安定してズレたままの状態を維持していた。
「快•活•堂製のおしゃれ外装シリーズ。ちょっと高いけどやっぱ防御は大事よね。いや、この値段はデザイン料がメインなんだろうけど。」
強化外装と言えばラクゥさんが着ていたアレかな?これを着ると一気に開拓者になった気分になっちゃう。
「脳波操作で戦闘モードに切り替えも出来るけど、周囲の状況を勝手にAIが判断してモードを切り替えてくれるわ。戦闘モードになると全身をバリア装甲が包むから銃弾が飛んで来ても安心。」
そう言ったタマさんの言葉尻は少しもにょる。
「いえ、“直撃”しなければバリア装甲が傾斜を作って銃弾をいなしてくれるから安心って言った方が近いわね。多少の直撃も耐えるけど、エネルギー消費が激しいから危険よ。」
え?!そうなの?!強化外装ってこう‥‥銃撃戦で正面から突っ込んでも余裕って感じのイメージがぁ。
「それは漫画やアニメの世界。だから戦闘中は足を止めずに動き続けて直撃を避けるの。カス当たりなら装甲の消費はちょっとで済むでしょ。後は遮蔽を使うか、敵を早くぶっ殺すか。」
やっぱり強化外装を着ていても銃撃戦は危険らしい。ちょっとショック‥‥ええと、何で袖下に巻物を収納するんだろう。
「両手が空いてた方が何かと便利でしょ。ふふっ、似合ってるじゃない。ますます女の子みたいになっちゃったわね。」
でも、鏡に表示された情報によればこの格好はボク好み・・・うう、何でバレちゃうの。だって可愛い格好とか好きなんだもん。カッコいいのも好きだけど。変だからみんなにはナイショだけど。
エステルさんに貰った服に似た格好は、昔大海原を航海した船員の物って事だ。開拓者を目指す者としてこの格好を気に入っていた。しかしボクの隣に更に似合うよう、装飾品を加えた参考像が表示される。それはリボンをふんだんに使ったフリフリな見た目で。リボンのオンラインショップへ誘導するアドレスが参考像の隣に並んだ。
「そこまでじゃないですって!!」
ニヤニヤ顔で見てくるタマさんに、真っ赤なボクはわちゃわちゃ言って誤魔化したのだった。女装趣味とは違うから!ちょっと可愛い系なコーデが好きなだけ!
「使い方を教えるわ。巻物と本に事前にある程度使えそうなマギアーツの演算を書き込んでおいたから。どれを使うか把握しておいて念じれば任意に発動出来るわよ。」
短時間でペンの特性を理解したタマさんが準備を済ませてくれていたみたい。早速右袖の巻物を意識して、
“操”
と念じればひとりでに紐が解け、蛇のようにくるくると宙に伸びていく。わぁっ、腕が1本増えたみたい!本来の巻物の長さ以上ににょ〜んと伸びた。どこまで伸びるんだろう?宙を泳ぐ巻物の先は当てもなく動き、
“掴”
念じた通りにクルリとタマさんの腕に巻き付いた。ぱあっ!と目を輝かせたボクは嬉しくなって左手の巻物も操り、タマさんに向けて左手の巻物も発射する。タマさんはむふっと笑うと簡単に拘束を解いてボクを抱き上げた。
「うりゃ!そんなに構って欲しいの?」
「違います!なんとなくですって!」
きゃーっ!と慌てるボクは腕から逃れるとソファーに飛び乗って警戒する。ふよふよと宙を泳ぐ巻物がボクを囲み、非力ながらに徹底抗戦の構えを見せた。そんな様子を軽く笑って流され、タマさんは付け加える。
「巻物や本のエネルギーは時間で空気中の魔素を吸って回復するわ。エネルギー切れで簡単に契約が破断しないための機構だけど、武器として使うならまぁまぁ便利ね。」
巻き戻した巻物を見てみた。
“操”と巻頭に書かれ、“掴”・“刃”・“防”と大量の演算文字が続いて記載されている。その後ろに一文字“加”の文字が続き、“力”・“速”・“伸”っとそれぞれ一字ずつ続いていた。これが基本動作分で、“収納”と最後に続いていた。ここにあのペンで書き足せばもっと色々出来そう。
腰の本を開けば巻頭に“収納”とあり、大量の漢字がその後に続いていた。
「収納のマギアーツよ。腰の本と巻物に武器とか詰め込んでおくといいわ。」
収納のマギアーツ自体それなりに値段が張るもので、お手製で作れるなら作っておきたいって事だった。
巻物の操作には演算が必要で、動かす為には演算容量を使わないといけない。
戦闘中は膨大な量の演算が必要になるけど、持ち込んだ演算補助装置の容量内でやり繰りする事になる。沢山補助装置を用意すれば余裕も出るけど、そもそもの補助装置が高額で幾ら用意できるかも開拓者としての実力に繋がるらしい。
そう言えばボクは補助装置なんて持っていない。巻物を動かしたりするくらいなら問題ないのかな?
「ラフィのギフテッドの影響かは知んないけど、アンタ自身の演算容量が妙に大きいのよ。最大値がどんくらいかは分からないわ。でもね。」
その分リソースはしっかり消費するからエネルギー切れに注意するようタマさんは言った。
「エネルギーパック自体は大体同じ規格が使われてるのよ。だからエネルギーを切らしちゃったら、別の魔具からエネルギーパックを取り出して付け替えるのもありね。出力の違いとかで長持ちはしないけど少しの間なら誤魔化せるわ。」
ついでにいざという時の対処法も一緒に教えてくれた。
巻物を出し入れして遊んでいる間に、タマさんにベットへ誘われる。ベットを前にしたボクは一つしか無い事に気付いた。ボクはソファーでいいかな。何か羽織る物を・・・
タマさんの手がボクの襟首を摘むと同時に、尻尾が腰に巻き付いてくる。しなやかな片腕に体を抱き上げられ、ベットの上に転がらせてしまった。ぴゃあっ?!と驚いて見上げるボクの視線の先では、すでに寝巻きに着替えたタマさんが口元をニマニマさせて見下ろしていた。
「ベットはここにしか無いわよ、何処に行く気よ?」
「でも、その、一緒に寝るのは。」
「いい?開拓者ってのは休息を如何に効率よく取るかが大切なの。アンタの癒しの力、使わなきゃ勿体無いでしょ。ラフィも人肌の温もりに甘えていいわよ。」
そういえばさっきから妙に空調が寒いと思っていた。布団を羽織って覆い被さるタマさんとくっ付けば、丁度いい暖かさで。うう、恥ずかしいけどぬくいです。空調の肌寒さのせいで、布団の中から出られず抱き寄せられて密着してしまった。ふんわりと甘い匂いが鼻をつつき、ボクの体をもぞもぞと尻尾が弄ってくる。
「あの。寝られないですよ。」
「もう少しいいじゃない。アンタにアタシの匂いを擦り付けとかないと落ち着かないの。」
匂いって言われても。恥ずかしいけど、色香に心を絆されて受け入れてしまう。でもなんだか危険な感じがして、ズボンの中に尻尾が入り込まないようギュッと押さえていた。
────それは深い森が夜闇に沈み、月明かりが空を照らした頃。
その辺りには危険なダンジョンが無いことになっていた。しかし、遥か地下を掘り進むダンジョンの根がようやく地上に顔を出す。森の起伏に富んだ地形のどこかに口を開けた大きな洞穴。その奥から無数の足音が反響してくる。
ダンジョンはより大きくなる為、より知性のある生命体を取り込もうと根を伸ばす。定期的に差し出されるラットでは物足りない。ダンジョンの食欲は、少し先の地表にある部落に向けられていた。
悪意のない純粋な食欲が、満月の下に無数の怪物を解き放つ。その食指が目指すのは──
演算陣→魔法陣 演算→詠唱
演算容量→一度に発動できる魔法の量。どのマギアーツに容量をどれだけ割り振るかが重要。
高速で移動するのにも、収納から物を取り出すのも、銃や質量兵器で攻撃するのも相応に容量を食う。つまり攻撃時には防御が薄くなり易い。だからこそ立ち回りと防御に回すリソース管理が腕を決める。




