58、狂乱の舞踏会
強化外装に着替えたヤガミは放棄していた銃を拾い上げ、迷わずに狂乱とピクルスへ均等に銃弾をばら撒いた。飛び退く狂乱は赤い残像を残して近くの廃屋の屋根に靴音を響かせ、その後を追うピクルスが掻き消えた空間を鉛の雨が素通りして行く。
「アッハッハッハ!狂乱!ノクターンの執行者!相手に不足無しィ!楽しもうか!」
大好きなのは底無しの物欲を満たすコレクションと、得意なマギアーツを思う存分振り回せる好敵手。そんなピクルスはこの街に根を下ろした結果欲求不満に乾いていた。そんな彼の大事なコレクションの生活を考えるならまぁ、やむ無しと我慢していた分、こういうお祭りの気配にはよく鼻が効く。
ニホンコク全域で活動するダンジョン破壊者集団の手先はどれ程の者だろうか。動き出した心のままにピクルスは戦いへ飛び込んだのだ。
遠巻きに観察していた通りでは何故か簡単な格闘戦を中心に立ち回っていた。武器を振り回す価値無しと割り切った対応だったのだろうか。実際どんな武器だって使った分だけ消耗しメンテナンスに威力相応の費用が発生する。ステゴロで片付けられるのならそうした方がいい、そんな思惑をピクルスは感じ取っていた。
一瞬の光をピクルスは見逃さず、転移して軽く薙がれたビームシュナイダーの光刃を躱した。実態を持たない光学兵器の最大のメリットはその軽さ。極めて取り回しやすい小さな持ち手は指先に摘まれてペン回しのようにくるくると周囲を切り刻む。
少なくとも脅威と認定された事にまずは歓喜。そして高揚感のままにファンシーな爆弾を振り撒く。空に転移し、エアスケーターで宙を短距離滑走。ビームシュナイダーの間合い外から一方的に爆弾を───
ふと妙な仕草をしているのが見えた。届かない筈のビームシュナイダーを指先に挟んで此方に向けている。光に気づいた時には“撃ち抜かれて”いた。
それは改造品。ビームシュナイダーの光刃を形成するエネルギーを全消費する代わりに一条の光線に出力変換して撃ち出す。使い捨てのお手軽な光線銃。
狂乱が後ろ手に指で弾いたビームシュナイダーが宙を回転して打ち上がり、背後から銃を突きつけようとしていたヤガミを光線で撃ち抜く。回転するビームシュナイダーの射線が通ったその一瞬に、クイックハック経由で発射を指示していた。
撃ち抜かれた双方とも強化外装に抗光学装甲が積まれており、装甲ごとに独立したエネルギーパックの残量を消費して光線を防いでいた。しかし貫通しなかった分そのエネルギーは衝撃に変換されノックバックを引き起こす。細く固い棒で勢いよく突き飛ばされたような衝撃を受け、双方共に状況の把握に頭を回した。
即座に改造ビームシュナイダーという発想が浮かばず、未知の小型の光学兵器が使われたと錯覚する。ノクターンの執行者という得体の知れない怪人を前に、紅マント下の潜むその手の内はあまりに推測の幅を広めていた。
身じろぎで揺れた紅マントの下から再び放たれた光線がピクルスの腿を打ち抜き、根拠の無い空想が隙を生んでしまった事に気付かされる。
如何に転移のマギアーツが身軽だと言っても無敵では無い。転移と転移の間には僅かながらにクールタイムが必要となる。その射程もそこまで広く無く、一度の転移では十数mと言ったところだ。小刻みな転移による自在な動きを捉えられたのは今回が初めてだった。
しかし焦燥感は好敵手と見えた悦びに置き換わり、撃たれ続けながらもピクルスの口角が下がる事は無かった。
精密な照準補助システムが背後から狂乱をロックオンする。迷い無く引き金を引くヤガミは、真面に相手にされない苛立ちを銃弾に乗せて叩きつけてやるつもりだった。手に持つバードストライクと銘打ったアサルトライフルは速射性に優れ、僅かながらに衝撃のマギアーツを付与された衝撃弾を大量に吐き出す。一発でも命中すればノックバックを引き起こし、残りの全弾を叩き込める。その破壊力なら如何に高性能な強化外装と言えど1マガジン分叩きつければ相当なダメージが入る筈だ。
と、急にバードストライクの照準補助システムがダウン。ついでに全弾掃射モードが起動し明後日の方向にマガジンの中身をぶち撒けてしまう。その隙に急接近して肉薄した狂乱の腕が迫り、掴まれまいと反射的に肘を突き出して迎撃する。
掴む手の下を潜った勢いのついた肘は片手で止められ、
「んなろっ!」
体重任せに無理やり突き飛ばす事で一歩分の後退を勝ち取った。一歩分の双方の間合いに急に割り込むカラフルな小型爆弾は10を超し、
「クッソ!」
これまた反射神経に任せて転がったヤガミは致命打を危うくも逃れた。爆弾は屋根上の塵を大きく巻き上げ視界を悪くする。目を凝らすヤガミはそこに狂乱の影がない事にいち早く気付いた。狂乱が立っていた場所にはまるで踏み抜いたような穴だけが残されている。ともすれば狂乱は今階下に───
踏み出した片足が動かない。足首を何かに掴まれその場から動けなくなっていた。階下から天井を突き破って伸びた白い手袋がしっかりとヤガミの足首を握り締めていた。
パニックになりかけた心と裏腹にヤガミの対処は早い。左足の抗光学装甲をオフに、腰に備え付けていたビームシュナイダーでそのまま左足の膝下を切り取る。そして背面に転がって距離を取ったのと同時にヤガミが一瞬前にいた場所で光刃が躍った。
階下から現れた狂乱は切り離されたヤガミの足首をぷらぷらと指先で揺らして放り投げる。義足モードを作動させたヤガミは膝下から突き出た棒状の脚を突き立て立ち上がった。
「こんのっ!いい加減に!」
手に握ったままのビームシュナイダーを構えて突っ込むヤガミ。
「アッハッハッハ!こっちも見てくれよ!」
宙を舞い、両手に爆弾を握って狙いを澄ませるピクルス。
そんな二人に構わず狂乱はぱん、と手を叩いた。
廃屋が弾け飛んだ。階下から溢れる無数の光線が眩い光の軌跡を天に向かって発射する。その真上に立つヤガミは一瞬で全身を貫かれ、抗光学装甲を破損させながら身体がバラけて転がって行くのを感じていた。
真上で宙を舞うピクルスも反応できずに身体中に光線が突き刺さり、破損した抗光学装甲の反動でバランスを失ったまま無様に墜落する。灼け溶けて崩落していく廃屋の上、狂乱だけが無傷に二人を見下ろしていた。
階下にばら撒いた改造ビームシュナイダー30本は遠隔操作で任意の角度に出力口の向きを調整出来る。軽い柄の部分を浮遊させ操る事程度造作も無い。その気になれば空中浮遊するビームシュナイダーを敵に向かわせる事も可能だったが、こういう不意打ちの為に手の内を隠して立ち回っていた。
先程までの喧騒は何処へ、冷えた空気に場が鎮まる。狂乱は仮面をトン、トンと指先で叩きヤガミに向けて足を向けた。しかし戦いはまだ終わりでは無い。突然背後に現れたピクルスの手が狂乱に掴みかかった。
指先でも触れれば転移のマギアーツでそこらの瓦礫の下にでも、折れた鉄骨に串刺しでも思うがまま。最後まで勝利に手を伸ばすピクルスの起死回生の一手は如何に。
指先がその燕尾服に掠る事もなくピクルスの体が狂乱の脇を通り抜ける。数歩進んだ後にずるりとその首が落ちた。
(アンタより厄介な転移使いを知ってんのよ。追い詰められたテレポーターの行動もね。)
狂乱はピクルスとヤガミの首を回収するとその姿を闇に消す。誰も居なくなった戦場を涼風が吹き抜けていった。




