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57、鴉と道化は夜想曲で躍る

鴉を想起させる黒塗りのフルフェイス強化外装の下、ヤガミは次善の一手を散らかった脳内から引き摺り出そうと躍起になっていた。下水道からの脱出ルートも安全とは言い難い。ここが漏れたのは捕まったであろう未着のままの隊員からか?もう少し待てば来るかも知れないというヤガミの甘さがノクターンの襲撃を許す結果になった。


傭兵旅団を立ち上げて早5年。状況が許せば行方知れずの隊員を探しに飛び出していたかも知れない。ヤガミは簡単に仲間を切り捨てられる性分はしていなかった。


スリムな鳥翼を思わせる腕に仕込まれた小型のショックライフルが雑に弾丸を吐き出し、同時に放ったグレネード弾が高速で腰のランチャー砲から射出される。ショックライフルで動きを止め確実に大ダメージを与える、簡易ながらも対処法の少ない対人戦に於いて優秀な一手だ。しかし期待通りの結果を出さず、目前で姿をかき消した狂乱に舌打ちを送った。


派手な紅燕尾服は一瞬で真上に飛び上がり、そのままヤガミを垂直に踏み潰そうと見上げた靴裏を急加速させる。もしここで撃ち落とそうと銃口を持ち上げていたら勝負はここ決着が着いてしまっていただろう。対人戦特化と悪名高い狂乱が撃墜されるような隙を晒すか?そんな筈はない。燕尾服の強化外装のスペックは未だ紅いベールの裏。


飛び退くように後退したヤガミの鼻先を掠めて狂乱が地面を砕いた。そしてフルフェイスの下、笑い顔の仮面の下で目が合う。片や必死の形相、片や余裕の笑み。


ヤガミの纏う強化外装は年単位の節制生活の末やっと手の届いた特注品。防御性能に関しては間違いなく旅団内でもトップクラス。そこらの開拓者の武装程度じゃ簡単には傷一つ付かない、物理光学共に高水準の防御機構を搭載している。だからこそヤガミは勇猛に戦えたし、レイブンを纏める隊長として威厳を保っていれた。


だがしかし。


目前を蹴り抜いた狂乱の蹴りを甘んじて受け、性能任せな反撃を捻じ込む気は微塵も起きなかった。直撃したらヤバい。サッと冷たくなった背筋が本能的に体を後退させ、すんでの所で致命傷を免れていた。

先程から狂乱はツカツカと一定のペースで歩み寄り、間合いに入り次第蹴りを入れるような一見雑に見える戦法で間合いを詰めて来ていた。


銃の間合いに引き離そうとするも、不自然なまでの急加速をして格闘戦の間合いを強引に保ってくる。


(短距離をおっそろしい速度ですっ飛んでやがるな。弾丸以上の速度で急加速、慣性ゼロで即停止ってか?舜動のマギアーツか。初めて見るが連発出来るようなもんじゃねぇだろ!どんな性能の強化外装だよったく。普通んな事したらバラバラになるってのに。)


銃を放棄、諦めて腕の鳥翼剣を展開し格闘戦に移行する覚悟を決めた。それは唯の勘だったが、次銃口を無理に向けた瞬間、ギリギリ蹴り一発後の追撃を躱せる間合いを維持出来なくなる気がしていたからだ。そうなった時両手が銃で塞がっていたらその時点で勝負が着く。


腕の鳥翼剣は鳥の風切り羽根を模した、ラインレーザーを纏う半光学兵器だった。両腕の外側に展開した幾本の刃が薄青く光を放つ。


ボクシングの構えで一気に突っ込み切り刻む。既に腕の間合いに入った狂乱の体に渾身の拳が───

すり抜けた。思わず瞬きを多くしながら夢中で拳を叩き込む。が、間合いは変わっていない筈なのに体を通り抜けて行く。感触は確かに空振り、狂乱の体はいつの間に腕の内側に移動していた。


焦燥、困惑。取っ組み合いの距離に居るのに掴めない?防がれるのでは無く当たらない?殆ど両者共に間合いが変化していないのに?意味が───


ごく短距離を無茶な挙動で急加速と停止を繰り返し躱し続けていた事にヤガミが気付いたのと、拳を振った勢いのまま一瞬で背負い投げを食らったのは同時だった。突然体が浮遊感に驚き硬直し、そのまま真っ直ぐ頭から地面に打ち付けられる。全体重、全衝撃が人体の急所に集中するよう計算されたあまりにも華麗な投げ落とし。


如何に防御性に優れた強化外装だとしても、人体の弱点一点狙いの集中した衝撃を0に出来る訳ではない。それもただ投げられただけでは無く、恐ろしく高性能な強化外装で急加速させられた渾身の一撃。ただ一回のバウンドも無く、地面に僅かなヒビだけ残して真っ直ぐ突き立てる。


ヤガミは首の後ろ側から、何か大事な物が破裂するような生々しい音を脳裏で聴いた。視界に火花が散り、真っ暗に染めて行く。思考は停止し瞳から生気が抜けて視線がぐらりと揺れる。


もしヤガミが奮発してこれ程の強化外装を買っていなかったらここで彼は潰えていた。


完全に強化外装が破損し切る前に緊急回復機構が作動、医療用ナノマシンが損傷した頚髄を修復する。あくまで一時持たせる為の応急処置程度の物であるが戦闘の続行を可能にするものだった。


意識がハッキリすると同時に転がり、首を踏み潰さんと振り下ろされた靴裏を回避、渾身の力で脛に一発叩き込む。怯みすら取れず、起き上がり際に激しい格闘戦にもつれ込んだ。


握った拳が幾度なく振り抜かれ、その都度フルフェイスアーマーを破損させながらも紙一重で回避する。不意に突き出された膝を体を捻って躱し、折れた鳥翼剣を裏拳の動きで薙ぐ。

ピタリと不自然に静止した腕に驚けば、破損してラインレーザーの途切れた部分を指先で摘んで止められていた。即座に腕から鳥翼剣をパージ、体ごとぶつかって強引に間合いを離す。狂乱は軽い拍手を送りながら数歩後ずさった。


揶揄うような態度に一瞬意識を取られた刹那、ステップ一つで急接近した狂乱は大きく片足を上げて踵落としを放つ。明らかに大ぶりな攻撃であり、勿論ヤガミにとって躱すのは容易な筈。やや不意打ち気味とは言え何故このタイミングで正面から堂々と?答えは‥‥


ヤガミは驚愕する。強化外装が動かない。体を纏う鎧はこの瞬間、処刑を待つ犠牲者を閉じ込める檻と化していた。暫時の間、脳裏に狂乱の特技とも言えるハッキングのマギアーツの事が横切った。そう言えば得意技とも言えるマギアーツを戦いの最中使っていなかった?単に舐めて掛かって来ているからというのは希望的観測が過ぎる。


そもそもあれだけ激しい格闘戦をしてまともな被弾ゼロというのは出来過ぎていなかったか。自身の強化外装との性能差は嫌という程理解していた。まともに正面から取っ組み合って数秒と五体満足で居れる筈が無いなのではないか。


直感で理解する。必殺の一撃を与える為に少しずつ強化外装の操作にハッキングを仕掛け、徐々に動きに介入しごく自然に完全に操作を乗っ取ったのではないかと。確実に仕留める為に、一切の油断無く、時間を掛けて罠に嵌める。


強引なハッキングで僅かな間強化外装を操作したとしても、仕留め損ねれば無駄に手の内を晒しただけになってしまう。強化外装のセキュリティAIが同じハックを防ぐ都合上、強力なカードの空撃ちに終わる。それでもハック方法を変えて数度は操作に介入して来るかもしれないが。しかし無駄が多い。

格闘戦でヤガミのしぶとさを見抜いた狂乱の搦手が完全に決まった瞬間だった。


手動で動かす強化外装の緊急離脱装置を使うか、しかしここで強化外装から抜け出たとしても直後の攻撃を回避出来ず即死する。念の為に持っていた予備の強化外装を着用するのに掛かる時間は5秒。無理だ。


踵が振り下ろされる寸前までヤガミは瞳に炎を灯して打開策に思考を巡らせていた。


全てが終わってしまうその数瞬間に事態は大きく動く。


突然両者の胸元にコロリと空間からまろび出た小型の爆弾。色彩豊かなカラーボールは直後に小さな光と爆音をセットに二人を強引に吹き飛ばした。


埃の付いた燕尾服を払う狂乱、動転しつつも強化外装を脱ぎ捨てて体勢を立て直すヤガミ、そして二人に拍手を贈るピクルス。


「アッハッハッハ。盛り上がってるねぇ、僕も混ぜてよ。」


酔狂な好奇か思惑不明のマフィアのボスは、道化のような軽いノリで笑い声を上げたのだった。

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