6、亜人の部落の蝶々達は危険な香りを撒く
車での道中ソファーにラララさんと並んで座り、ジト目のタマさんと向かい合っていた。ラララさんはボクの腕を抱いてタマさんを警戒したように見つめている。
「で、アンタ達はどういう仲なのよ。」
「おともだ──」
「ワタシ、ラフィとお見合いするの。」
「お見合いですか?あの、ご両親からお見合いの話を受けていたんじゃ。」
「先にラフィとしたいってワタシ説得した。ワタシ部落の人気者、ラフィも孤児院の人気者。相性いい。」
翻訳アプリを使ったのか、ゴブリン語に直ぐにタマさんは対応して受け答えする。照れるボクをニヤニヤ顔で覗き込んで、
「ラフィ、ゴブリンに婿入りすると大変よ?アイツら異種族の子種を受け入れる事をメチャクチャ神聖視するから、ラフィみたいなちっちゃな子だと事あるごとに無茶苦茶にされちゃうわよ〜。」
前にゴブリンに婿入りした大柄な開拓者が居た。しかし、タマさんが次会った時には絞られ過ぎて痩せこけていたらしい。しかしその表情に一片の曇りも無く、大変幸せそうだったのだとか。
「でもラフィじゃ体力持たなそうね。」
ううう、そういう恥ずかしい話はいいです。好意は嬉しいけど、ボクはタマさんに付いて行って開拓者になるんだから。そんなボクの反応に満足げなタマさんは機嫌良く席を立つと、見せつけるようにほっぺを唇で突いてきた。
ぴぇっ?!と驚くボクにウインクを送ってからかってくる。
「ワタシも負けない!」
ラララさんもボクを押し倒す勢いでぐいぐいと迫り、服すら脱ぎそうな勢いで。
「ちょっと、アタシの部屋でそういう事禁止だから。」
尻尾で引っ叩かれたラララさんはソファーから転げ落ち、部落に到着するまで目を回していたのだった。
ゴブリンの部落は深い森の中にある。森の平野に突然現れた巨大な木の壁。ラララさんが車から手を振れば重厚な音を立てて門が開く。木小屋が並ぶ集落内では沢山のゴブリン達が生活していた。民族衣装を着こなしたゴブリン達の好奇の視線が車に注がれ、中から飛び出したラララさんが早速事の次第を報告した。その内容ににわかに慌ただしくなり、ボクは興味なさげに辺りを見回すタマさんと並んで沙汰を待っていた。
「じゃあ、仕事の話してくるから。ラフィは車で待ってなさい。」
そう言うタマさんは喉をさすって翻訳アプリの調子を確認する。ただ翻訳するだけじゃないらしく。タマさんの声に似た声色で流暢なゴブリン語がスマイルから流れ、周囲のゴブリン達を驚かせていた。ゴブリン語話せるヒトって珍しいって聞いた事あるしね。
じゃあボクは車に戻ってようかな、と振り返れば何もない空間に壁でもあるかのようにぶつかって思わずよろよろ。わっ。何にぶつかったの?見えないけどそこに存在する鉄のように固い感触をペタペタ触って確かめようとしてみた。あ、柔らかい部分もある。すべすべの質感でぷにぷにしてて。
「‥‥えっちな子だね。ますます気に入っちゃうよ。」
へっ?急に目の前から聞こえた声にポカンとしていると、突然白黒のピッチリとした、体のラインが浮き出るスーツを纏う一人のゴブリンが現れた。ゴブリンだけどタマさんと同じくらい背が高く、緑の肌が無ければ普通のヒトに見える。目元を隠すゴーグルを外したその顔は、どこかやんちゃな雰囲気があって可愛かった。
ピッチリスーツのゴブリンさんは大きな胸元を寄せてボクを見下ろす。
「ボウヤのお名前は?」
「ええとっ!ラフィです!すいません!変な所を触って!」
「なかなか気付かないからちょっとからかっただけだって。でも、アタイはえっちな子大好きよ?」
えっちな子じゃないです!うう、恥ずかしい。でも、今のって光学迷彩だよね?全然気付かなかった。こんな凄いスーツを着たゴブリンは初めて見た!
「アタイは開拓者としてちょっと出稼ぎに出てたラクゥさ。君も開拓者かい?随分無防備そうだけど。」
「開拓者じゃないです。その、まだ。開拓者のタマさんに付いて行って色々勉強させて貰っている最中なんです。」
ふーん、って感じにボクをキョロキョロと見回してくる。ふと気付けば周りの女性のゴブリン達からすっごい注目されてるけど、遠慮するように一歩身を引いてボクとラクゥさんから距離を取っていた。
「なんか君、不思議な子だね。いい匂いがするし、不思議と体が軽くなる感じがするよ。んふふ、ねぇねぇ。アタイとちょっとデートしようよ。」
で、デートですか?でも、タマさんに車の中に居るよう言われてるし。
「あちこち案内するよ?ここに来るの初めてでしょ?観光の一つでもしようよ。」
ラクゥさんの甘言にボクの冒険心が疼く。未来の開拓者として知らない所を色々見て回りたいのは本心だった。
「ちょっとだけ、ですよ。」
ボクがそう言えば、急に周囲の女性のゴブリン達が急にざわざわし出しいそいそと何処かへ行ってしまう。キョトンとそんな様子を眺めるボクの手を、ラクゥさんが握ってきたのだった。
住宅地を抜け、身軽なラクゥさんに抱えられたまま見晴らしの良い木の上にやって来た。そこにはツリーハウスがあって、聞けばラクゥさんの別荘なんだとか。
「アタイったらこの部落唯一のホブゴブリンでさ。ああ、ホブゴブリンってのは偶にゴブリンから生まれる奇跡の子でね。開拓者やって色々調達して部落に卸してるんだよ。因みにランクは25。どう?結構場数も踏んでそこらのダンジョンならソロでもいけちゃうんだよ?」
頼もしいでしょ〜?とラクゥさんは胸を張り、向かい合って椅子に座るボクにウインクを贈る。ラクゥさんの着ているピッチリスーツも魔具の一種なんですか?
「これ?やっぱ気になっちゃうよね。強化外装って言って、身体能力をすっごい上げるマギアーツがふんだんに仕込まれた優れものさ。光学迷彩機能まで付いてるから、ここに来た時から君の可愛い顔をずっと見てたんだよ?」
か、可愛いって。
頬をポリポリと掻きながら目を逸らすボクに、ラクゥさんは小さな嬌声を上げて笑顔を向けてきてる。そんなに見られても恥ずかしいよ。ボクは男の子だから可愛いって言われても嬉しくないって。
「ほんとかなぁ?可愛いって言うと君の鼓動、ちょっと速くなるね。そういう事も感知出来るセンサーを付けてるの。」
片目でゴーグルを覗くラクゥさんはボクを解析してくる。どうしていいか分かんなくて、ボクはもじもじしながら出されたお茶を啜った。
「ん?妙な反応‥‥悪いね。何でもないさ。」
好意的に振る舞ってくれるのは嬉しいけど、年上のお姉さんのペースで甘やかされてもされるがままになっちゃう。そんな中、早くタマさんお仕事終わらないかなって考えてた。
「そろそろぶっちゃけるけど、ラフィは彼女いるかい?」
か、彼女ですか?そういうのは、分からないです。
「じゃあこの部落に来てくれる?アタイ、ラフィの事気に入ったから。一緒に居ると心休まるなんて、こんなの初めてなんだよね。」
異種族の子種を欲するゴブリンの女性として、ラクゥさんは婿探しの旅も兼ねて開拓者として各地を回っていた。ガタイが大きくて強そうな開拓者には片端から声を掛けるも、亜人だからと避けられるか“摘み食い”感覚で襲おうとしてくるかばっかり。
「どいつもこいつも威勢の割には全然大した事なくて、なんかアタイ男漁りに疲れちゃったのよ。」
結局婿を探せないまま出戻って来た所を、ボクを見つけて気に入ったと。癒しのギフテッドを気に入ったのかな?そう言われても極端過ぎるよ。まだボクは小さいし、変な関係にはなれないから。
「開拓者になりたいんでしょ?アタイが面倒見るよ。稼ぎも良いし、養ってあげる!」
グイグイと推しの強いラクゥさんに、真っ赤になって俯くボク。だけど、
「でも、その。すいません!ボクはタマさんと一緒に開拓者を目指したいんです。タマさんの羅針盤が、ボクの道を拓いてくれた気がしたから。一度決めた以上、道を見失いたくないんです。」
ハッキリ言い切るボクに、ラクゥさんは驚いた顔をした後顔に手を当てて笑い出した。
「あっはっはっは!そうかい、ゴメンな。でもゴブリンの言葉に恋愛も失恋も略奪愛も無いんだ。外に出て文化の違いに驚いたけど、勇気を出してハッキリ言ってくれた君の気持ちを尊重しよう。」
「でも、尚更君の事が好きになった!だってアタイの誘いを断った奴は皆、“また今度”“次の機会に”とか言って微妙にキープしようとしてきてさ。未練がましい態度取るんならさっさと抱けってね。」
「アタイはここ1番にハッキリ結論を出せる男が好きだ。だから、君が気紛れでアタイに抱かれる気になる事を期待して今後もお付き合いをね!」
えええっ?!そんな事を言われたって!慌てるボクの後ろからタマさんの声がした。
「次の機会なんて無いわよ。ほら、ラフィ。さっさと帰るわよ。」
あっ!はいっ!
逃げるように椅子を降りたボクは、タマさんの尻尾にくるまって甘えてしまう。そんな様子にタマさんはボソッと。
「選んでくれてありがとね。」
小声だったからよく聞こえなかったけど、そう言ったんだと思う。そんなボク達にラクゥさんはニッと笑って手を振っていた。
車までの道中タマさんは金貨の袋を一つ取り出すとひょいとボクに投げ渡す。ずしっとした重みのある金貨は袋の中でキラキラ輝いていて。これはどうしたんですか?
「今回の報酬よ。ラフィの力を借りて達成したんだから取り分は半々ね。」
取り分?!ええと、ボクは何もしてないですって!
「アンタとくっ付いてると演算能力が上がって調子良くなるんだから、あと癒し。いい?アンタに出来る方法で貢献してくれれば十分だから。」
そう言われてもタマさんに守って貰ってばっかりな記憶しかない。うう、居るだけでいいって言われても何だか納得出来なかった。だけどこの金貨はボクが初めて貰った報酬。まだ羅針盤は無いけど、この重みを忘れないようにしよう。
0と1だけで表せる軽い電子通貨を今後やり取りしていくと思う。だけど開拓者の使命の重さは変わらないから。
ボクが袋の中を見つめていると、不意にタマさんが肩を叩いて提案する。
「ま、折角だし稼いだお金を使って夕飯でもどうかしら?金貨1枚あれば飯くらいじゃ使い切れないわよ。」
外食、買い食い。ゴブリンの部落の郷土料理にお土産!そうだ、孤児院のみんなにも何か買って行こう。
頬を紅潮させながらワクワクするボクは、タマさんの尻尾に腕を絡められながら商店街のお店を見回った。丁度夕飯時の商店街は多くのゴブリン達で賑わい、あちこちから美味しそうな匂いが漂っている。
「ゴブリンの部落は初めてじゃ無いけど。アイツらにとって貨幣はあくまで外部に仕事を頼んだり行商する用で、仲間内じゃ仕事毎に割り振られた日給替わりのポイントみたいなの使ってやりくりしてるそうなのよね。あと物々交換も盛んだとか。」
ゴブリン事情に詳しげなタマさんが言うには、ボク達みたいな客人には貨幣でのやり取りに応じてくれるらしい。ただお釣りの計算はこちらでちゃんとやらないと、杜撰な計算で損する事もあるから注意との事。人里から離れた小さめの亜人の集落ではよくある制度なんだって。
袋を腰に下げ、1枚の金貨を両手で持ってウロウロするボクにゴブリンのお姉さん達が声を掛ける。お姉さんといってもボクよりちょっとだけ背が高いくらいだけど。皆綺麗な顔をしてて、おしゃれな衣装を着ていた。
「ラフィ、こっち寄って。美味しいご飯あるよ。名物料理、一杯。」
名物料理?き、気になる。ふらふら行こうとするボクの肩を掴んで止めるタマさん。
「その店は娼館じゃないの?酒場と一緒になったタイプでしょ?」
ショウカン?どういうものですか?
「だからさ、アンタにはまだ‥‥大人の社交場よ。」
大人の社交場。今日折角人生で初めてお金を稼いで一歩大人になったんだし、大人の社交場を覗き込んでもいいんじゃないかな。美味しい料理があるみたいだし。お酒は飲めないけど、雰囲気だけでも楽しみたい!
大人の社交場というちょっとカッコいい響きに憧れたボクはさっさとお店に入ってしまい、慌てた風なタマさんも後を追って入店する。あっという間にボクはゴブリンのお姉さん達に両腕を抱かれて、一番奥の大きな座敷席に通された。装飾の凝ったテーブルに、高級感溢れる内装。自分のお金で入ったと思うと思わずテンションが上がる。
ボクの両隣と、更に後ろにくっ付くようにお姉さん達が並び、追いやられたタマさんが文句言いたげな顔で向かいの席に腰掛けた。
「この店で一番いい席よ。直ぐに料理くるね。おしぼりいる?」
「あっ、はい。下さい。」
そう返したボクの両手が自然な感じに握られ、そのまま両隣りのお姉さんの胸元に。
ぴゃあっ?!
緑の肌はタマさんの人肌とは違う感触をしていた。ちょっとだけザラつきながらも、柔らかくて。手を上から握られるようにしてワシワシと揉まされるボクを見て、タマさんは突き放すように言う。
「ラフィ、アタシは止めたからね。これも社会勉強だと思って最後まで付き合ってあげなさい。」
暖簾を潜って運ばれてきたお盆の上のお酒がかき消え、ぐいっとタマさんが一息に飲み干してしまう。
「言っとくけどラフィはアタシのだから、冗談で済む範囲で遊びなさいね?」
真っ赤になって固まるボクを囲うお姉さん達をタマさんが威圧するも、クスクスと軽く笑って流されてしまう。そう言えばラクゥさんも言っていたっけ。ゴブリンの言葉に略奪愛は無いって。恋愛に関する文化が根本的に違う彼女達は、タマさんを無視してグイグイと攻めてくる。
「ねぇ、お肌ちょっとザラついてるでしょ?人間の女の子が羨ましい。だけど、色々しちゃう時はオイルを塗るとすっごい具合がいいの。」
「男の人、皆大喜びよ。一回体験すると皆ワタシ達と一緒に暮らしたいって。」
「人間の女じゃ味わえない味よ。あっ、何処でも舐めれるね。汚いとかそういうの無いから。ダメなプレイ無いよ。」
「ワタシ達皆まだ男居ないね。素敵で可愛い子と一緒になりたいね。」
両耳を侵略するように順番に囁かれ、服越しにボクの体を撫でてくる。恥ずかしすぎてふにゃっと涙目になりながらも、お姉さん達から香る凄い強い女の子の匂いに鼓動が速まっていった。
だけど。
「なんか、すっごい気持ちいいね。」
「疲れが取れる感じするよ。」
「だめ、脱力しちゃう。」
くっ付いていたお姉さん達が段々落ち着いた様に寛ぎ始め、危険な雰囲気が徐々に霧散していく。ボクのギフテッドに窮地を救われたみたい。何処となく安心した感じに串焼きを咥えるタマさんは、お酒のお代わりを注文したのだった。
その後、癒しの話は直ぐに広がりお店のお姉さんが代わる代わるやって来る。10人以上のお姉さんに好きなだけ撫で回され、ほっぺに吸い付かれ、首筋を舐められ、トロトロになったボクを抱えたタマさんは逃げるようにお店を後にしたのだった。
スマイルの翻訳アプリ“ I can talk”
評価 星4.8
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翻訳家という職業を衰退させた翻訳アプリの王道にてアプデで日々進化を遂げるユーザートップアプリ。迷ったらこれ入れろ。というより現状他の翻訳アプリが完全に下位互換な独走状態が8年以上続いている。
ニホンコク公用語⇆100種以上の亜人語/方言/英語等の旧世界語全般の翻訳が可能。
高精度AI自動音声生成システムによって、限りなく本人の声でどんな言語もペラペラになれる。
アカウントを紐付ければ大体のSNSで好みの言語の投稿し放題。
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