50、古巣の中を駆ける天使と薔薇
倉庫街の包囲網を脱したボク達はそのまま隣の区画へと転がり込む。そこは旧市街区画とも廃墟区とも言い、既に経年劣化し取り壊しを待つ住居が無造作にひしめく場所だ。ドーム内外に作られた街に無駄な区画を持つ余裕は無いと言いつつも、ボロボロになった大量の住居を撤去して建て直す労力を上手く捻出出来ずに今に至る。この区画に限りL.Cもアゴーニも支配権を押し付け合っているアングルスの負の遺産なのだ。
埃さえ舞うような通りを走るロゼさんは、目前に回り込むように動く3機の蜘蛛型バトロイドに飛び掛かる。さっきまで振り回していた長剣と機銃の可変武器は袖下に消え、今度は細長い槍のようなものを携えている。槍‥‥あっ!違う。まさか対物ライフル?!しかしその先端はスイッチを入れるとビーム状の穂先が現れた。
ラインレーザーと違い、純粋なビームのみで形作られた光学刃は1m程の短い間合いながらもかなりの高出力。純粋な光学兵器としての攻撃力を持つ穂先は一薙ぎであっさりと3機の蜘蛛を両断する。
建物の影から飛び出した何体もの蜘蛛型の間をくるくると踊るように光の槍を振り回し、残骸を散らして簡単に切り抜けてしまう。ロゼさんの無駄の無いキリキリとした戦いぶりのお陰で殆どボクは戦わずに逃げる事ができていた。
「ラフィさん、EX弾を発射します!」
正面の敵を片付けたロゼさんは、振り向き様に対物ライフルを両手で構え発射姿勢を取った。ボクも射線上に立たないよう飛び退いて躱す。
それと同時、大気を裂いて射線上を滅壊する破壊弾頭が通り過ぎていった。タマさんのライフルも弾丸がマギアーツによって対物ライフル弾に変化するけど、これは純粋な対物ライフル弾が発射と同時に更に巨大化し加速したもの。委細は知らないけど、その圧巻の威力は見ただけでそういうものだって理解できた。
後ろから迫っていた何十体ものバトロイドの群れが一瞬でスクラップになり、激しい衝撃で通りの全ての窓ガラスにヒビが入る。弾頭が直撃した住居は吹き飛ぶように粉砕し、崩れた外壁を撒き散らしながら倒壊していった。
R.A.F.I.S.Sを起動していなかったら思わず呆けてしまってたかも。想像以上の破壊力に内心驚きながらも、冷静にロゼさんの背中を追いかけて行った。
一旦追跡を撒いたボク達は近くの廃屋に身を隠していた。ロゼさんが防探知マントを身に纏い、ボクの小さな体もその下に隠されてしまう。マントの下に身を隠していると、後ろから伸びたロゼさんの両腕が抱き締めて来た。
ピクリと驚いてもぞもぞすれば、少しだけロゼさんの腕が緩む。マントの下で密着したままロゼさんの方へ向きを変えて見上げた。
「闇雲に動かず、休憩も兼ねて待機しましょう。このマントの下ならレーダー探知に引っかかりませんので、暫くは時間を稼げます。」
そう言うロゼさんは澄ました顔でボクの頭をもふりと撫でる。ひゃうっ、と思わず目を瞑って大人しく話を聞いていた。
「今のうちに必要なら食事も済ませておいた方が良いですよ?」
「大丈夫です。あの、そんなに抱き締めなくても。」
「いえ、私は休息に必要だと判断しましたので。」
ボクの癒しの力かな?そう言われると抵抗できない。ロゼさんとは初めて顔を合わせたばかりだから、二人きりでべったりするのは恥ずかしい。諦めてなされるがままに脱力していれば、段々ロゼさんの指先がこしょこしょと体のあちこちを触り回すように這い回る。硬い黒手袋を外したロゼさんの指先はしなやかですべすべしていてちょっと冷たい。
「ええと。ロゼさんの使ってる魔具はどんなのですか?ガチャガチャ変形してカッコよかったです。」
「そうですか?まぁクセの強い魔具ですが距離と場所を選ばないオールマイティな物ですので。」
まずは一番最初にラインレーザーを纏う半光学兵器の長剣と、弾丸を大雑把に乱射する突撃銃に変形する魔具。銃剣型突撃銃サファイヤエッジ&ショックライフル、通称SS銃剣。
さっき使ってた対物ライフルの先端に光学兵器のビームの刃を発生させる魔具。光学対物銃槍ホーネット狙撃銃。通称H.AMR。突撃を前提とした作りですっごい頑丈な銃身は、液化ミスリル溶液で補強されているらしい。だから衝撃で曲がって壊れたりも無いんだって。
複数の魔具に変形する複合兵器はやっぱりロマンあってカッコいい。ついつい夢中になって説明を聞く間にも、ロゼさんの指先が遠慮なく動かされていた。
きゃあっ?!お腹に手を入れるの流石にヤです。おへそをなぞらないで!胸元はダメだってぇ!
ピャーっ!とジタバタするも急に胸元に顔を埋めさせられ、スーツ越しに伝わるデリケートな柔らかさに言葉を失ってしまった。
「ふふっ、ラフィさんの事は事前に知っていましたが。可愛い反応をするのですね。」
「変な所は触っちゃヤです。」
胸元に顔を預けたまま目線だけ上を向いて小さく抗議する。
「ですがこの心まで休まる感じ。任務中だと言うのに、和んでしまいます。ううん、それだけじゃないかも。」
目を瞑って癒しを求めるロゼさんをもっと助けたいと思った。ロゼさんに包まれた時、どこか心の奥底が冷たい感じがしていたから。自分の中から湧き出るあったかな波動をそこに向かって少しずつ広げていく。少しだけ展開した天使の羽でふわっとロゼさんの肩を包んで、マントの下で互いを暖め合った。
うとうとし始めた時、不意にスマイルに着信が届いた。ちょっとだけ驚きつつも、いつの間にか寝息を立て始めていたロゼさんを揺さぶって起こす。
「んっ。ああっ!秀才な私とした事が任務中にうたた寝など。申し訳ありません、あまりにも心地が良くて。」
「大丈夫です。ええと、通話が来てますので共有します。」
共有モードで宙に投影されたホロウインドウが通話先の光景を映し出した。慌ただしく揺れる画面の真ん中にはまさかのリコリコさんが!よく見れば爆裂シャインマスカットさんに抱えられて屋根の上を走り回っている。
「ラフィきゅん!!今の状況分かってるよ!賞金が付いたってタレ込みがあった!」
賞金?!いつの間にそんな話になってたの?!
「追われているんでしょ!ウチら配信者、そういう騒ぎには鼻が効くの。」
「おっと!舌噛むなよリコリコ!」
一瞬画面がブレて激しい銃撃音が聞こえて来る。しかし流石開拓者系ARチューバー、爆裂シャインマスカットさん。何処からか向けられた殺意を難なく躱し、リコリコさんを担いだまま屋根の上を滑走していく。
「噂の美少年開拓者に恩を売るため三千里ィ!名付けて“超ヤバめの賞金稼ぎ機巧卿に喧嘩を売ってみたらヤバかった!!”生配信だからフォローよろ!」
ボクは無言で爆裂シャインマスカットさんのアカウントをフォローした。
「てな感じで機巧卿の居場所掴んだから送っとく!今誰かと戦ってたけど、一瞬見ただけでバトロイドがめっちゃ来てマジヤバい!ラフィきゅん!戦うなら気を付けてね!」
「ありがとうございます!二人とも、無事に逃げて下さい!ボク達も向かいます!」
忙しい操作で機巧卿の居場所をタマさんの方にも送っておく。場所はここと同じ廃墟区。その中心の枯れ噴水広場に陣取っていたらしい。
「ロゼさん、行きましょう。」
「そうですね。ラフィさん、お陰で心が軽くなった気がします。それにラフィさんと居るとすこぶる調子が良くなります。しっかりお守りしますので‥‥」
「いえ、ボクも戦います。サポートなら任せて下さい!」
ふんす、とR.A.F.I.S.Sを発動してロゼさんを見上げる。そしてボクの袖口からもずっと黙っていたブランさんが。
「ラフィ様は当機がお守りしますのでお気になさらず。」
声だけ出して主張した。一瞬驚いた顔をするロゼさんだけど、ブランさんの情報も持っていたらしく納得した顔で頷いた。
「では、背中は任せますね。ラフィさんとなら上手くやれる気がします。」
ロゼさんの手がボクの頬を撫で、ちょっと顔が赤くなるのを感じる。あっ、袖口から勝手に伸びたイルシオンがロゼさんの手を叩いた。
「先程からラフィ様をもふり過ぎで御座います。それ以上もふり回すのなら好感度レベル2以上が必要となりますので。解放されていないコンテンツに御座います。差し支えなければご逝去して頂く事になりますよチクショウめ。」
好感度レベルって何?もぅ、意味の分からない事は言っちゃダメ。
「そうですか。なら頑張って私の秀才さを見せてあげませんと。」
そう言うロゼさんはちょっと苦笑しながらも、さっきと比べて随分と明るい表情を見せたのだった。




