499、パレードは順調
豪華絢爛な貴族の邸宅、その書斎にて。フィクサーはワイングラスを片手に、上等な椅子に腰掛け見上げる。
「にゃはは、ニホンコク人はとにかく“カテゴライズ”を好む人種です。ヒトと亜人、生物と魔法生物、下級国民と上級国民‥‥アリとキリギリス。」
映える赤のカーペットに血の跡は目立たず、しかし臭いは鼻をつく。
「哺乳類というカテゴリにゾウとネズミが並べられますが、ゾウとネズミを同列に語る者はおりません。もっと細かいカテゴリに区分されるんですよ。」
星形の瞳の先───絵画を見上げていた。
「しかし‥‥にゃはは。悪魔のカテゴライズは曖昧です。悪魔はすべからく、悪魔。まるで全部が同種のような雑な括りで表現するんですよ。」
絵画からは血が滴る。
「ワタシとアナタが、ニホンコク人からすれば同じ“悪魔”なんだって。にゃは、なんか可哀想ですよね。」
絵画は八つ裂きにされた悪魔の体で作り上げられていた。忌々しそうにグロードはフィクサーを見下ろす。
「ワタシが魔界を去って幾星霜。そりゃワタシの事を知らない若い子が突っかかって来る事も多々ありますが。空間の支配者だなんて。魔界という空間全体を支配していた大悪魔の名も、もう霞んで誰も覚えていないようですね。」
「貴様‥‥!!俺も大悪魔だぞ!!」
鼻で笑う声が書斎に消える。
「こんなんで?魔界ではなく物質界に居る時点で、大半の悪魔は向こうで通用しなかったから逃げて来たクチです。こっちでなら大暴れ出来るって考えちゃうんですよ。ヒトに頼られるのも、崇拝されるのも気持ち良いですし。」
無論、フィクサーはその類では無く。寧ろ魔界でやりたい事を一通りやって、何もかもに飽きて流れて来た身。暴力でしか支配を受け入れない所か、簡単なコミュニケーションすらも拳頼り。
別に戦闘狂という訳でもないフィクサーからすれば、支配しようにも何の面白味も感じない虚無な世界だった。
「ワタシは支配する事に疲れて放浪の身となりましたが、アナタみたいな乱暴者にそこらを彷徨かれると迷惑でして。悪魔ってだけで差別されて大変なんですよ。」
椅子が揺れる。席を立ったフィクサーは楽しげに話す。
「そんなワタシですが!最近は夢中になれる事を発見しまして。にゃはは、ラフィさまの全部を見て識って隣を歩いて行きたいんですよ!暴力しか取り柄のないアナタには分からないでしょうが!」
グロードの瞳が妖しく光る。
───貴族の屋敷の一室を模した小さい箱の中をグロードは見下ろす
───そんなグロードのイラストが描かれた絵本を、書斎に座るフィクサーがヘラヘラしながら眺める
───絵本片手に眺めるフィクサーの姿は水晶の中、グロードは水晶へ魔法の剣を飛ばす
───水晶を叩き割るグロードが印刷されたトランプを、フィクサーはビリリと破り捨てた。
地面に落下したトランプが血溜まりに沈んでいく。
空間の支配権の奪い合いでグロードは圧倒されていた。
「この俺が支配者だぞ!!空間を操る!!この!!俺が!!」
フィクサーの姿が卓上を歩くミニチュアサイズに、天を覆うグロードが牙を剥いて吠え立てる───
───僅かな機械音を立てて印刷されたプリクラにグロードの吠える顔が写っていた。可愛くデコレーションされたそれへ向かって指が鳴らされれば、途端に燃え上がって写真が灰へ姿を変えてしまった。
灰の中から背丈が縮んだグロードがその体を再生させつつ這い出る。手を叩いて笑うフィクサーを、青褪めた顔で見上げていた。
「おや?もう息切れですか。」
「お前は何なんだ!!その力があれば物質界で何でも出来るというのに!!」
肩を竦めるブカブカな白タキシードは、グロードの頭を踏ん付けてやれやれと。
「そうですね。初見ではワタシに勝てる者はそう居ないでしょう。ただ、2度3度戦えば何処かで周到に対策を打ってきてワタシは敗北します。」
神を名乗る神龍でさえも、煌めく文明に歯が立たずに駆除されてしまった。フィクサー自身もラフィに捕まってしまったし、組合で厳しいお仕置きを受けた経歴を持つ。悪魔達が思う程ヒトは弱くなく、その文明の力は超越者達すらも最後には倒せてしまうものだと識っていた。
事実、フィクサーの空間を操る力を妨害する術はある。今ある転移阻害結界をもっと改良すれば、この魔法すらも封じれてしまうだろうと考えていた。
転移とは、魔力を帯びた魔素が空間内にバラけて存在する事によって発生する“空間の揺らぎ”を利用した技術。重力によってひしゃげたりと、空間とは案外歪みやすいもので。転移阻害結界はその空間の揺らぎを整え、均一化してしまうもの。
フィクサーの魔法も完全に魔素の整った均一化された空間内では威を発しない。現行技術のものなら多少やりずらい程度で済むが、将来的には封じられてしまう可能性が高かった。
フィクサーの放った魔力がこの場に広がり、空間が大きく歪んで意のままに操れるようになる。魔素の含む魔力の量を個別に差を付け、意図的に偏った魔力分布にする事で空間を支配した。
グロードから見ても非現実的かつ異常な技術。まさに神業。無数にある魔素を一つ一つ把握して、それぞれ個別に魔力を注入して量にグラデーションを作る?出来る訳がない。
そんなフィクサーでさえ、ヒトには勝てないと断言していた。
グロードの顔は絶望に染まっていく。
「ワタシは無益な殺生を好みませんので。」
フィクサーの指に摘まれた、グロードの写真が込められたペンダント。その力を指先から吸い上げて中身を抜け殻のようにしてしまう。同じ魔法生物同士、魔力の吸い合いによって捕食が行われる。
しかし完全に干涸びさせずに、魔界へのゲートを開いて中へ放り込んでしまった。今回の完全な敗北で折れてしまったグロードが、再びフィクサーに挑む事はないだろう。グロードなりに鍛えた空間を操る力を全部奪い取ってしまったのだから。
「影を操る技術は面白いですね。エンタメ向きです。」
フィクサーの姿がパッと平面な影に。平らなフィクサーは軽快に踊って、この空間が壊れて消えてしまう前に物質界へ舞い戻っていったのだった。
3秒。
予め用意されていた対になった転移陣を囲う、有象無象のチンピラ。高価な強化外装は無くとも手には都市産の銃を構え、転移してきたタマがやって来た瞬間に集中砲火を浴びせて砕いてしまおうと引き金を引いていた。
予め工事中と偽装した看板でヒトを遠ざけた路地裏の1画。屋上から撃ち下ろす形で誰もが目を血走らせる。
3秒。
それは囲う彼らが紅い影に鏖殺されるまでの時間。
転移して来たのは黒パーカーのタマではなく、ノクターンのパニックフィンガー。舜動を自在に使い熟す達人は、転移陣が光った次の瞬間には屋上に立つ1人の顔を蹴り砕いていた。
発射された無数の弾丸はその直ぐ後に地面に弾痕を穿つ。
指先に挟まれた5本の改造ビームシュナイダー、5本の光線、5人の頭が灼き貫かれる。安物の強化外装の抗光学装甲などあって無いようなもの。ビームシュナイダーの全エネルギーを1本の光線銃として発射する、ソレの出力の直撃に耐えられる訳も無く。
このタイミングで引き延ばされた体感時間の中、誰もが異変に気付いた。
おかしい。転移陣を撃ったのに死体が無い?こっちに来なかったのか?何かトラブルがあった?
勢い良く突き出された指先には、刀剣状に形状変化させた鋭いバリア装甲を纏う。マニュアル操作で形を変えた、超高級強化外装のバリア装甲がその凄まじい出力で振るわれた。
1人、首から顎にかけて袈裟斬りに。舌が吹き飛び歯が宙を舞った。
2人、顔が縦に斬り裂かれて突き飛ばされる。そのまま路地裏に落下、頭から落ちて墜死した。
3人、胸元から上が斬り飛ばされて吹き飛んだ。両腕が地面に落ちて床を赤く濡らした。
常人なら感知も不可能な速度の殺戮。しかし強化外装に体感時間を引き延ばされた面々は、この時点になってやっとノクターンの襲撃に気付いた。
直ぐ隣に仮面で顔を隠した燕尾服が立っている。装備の質の差に気付かれたせいか、体術だけで片付けてしまおうと拳を振るっていた。裏拳がそのまま1人の顔を陥没させ、落下する音が聞こえる前に目前の1人を回し蹴りで吹き飛ばす。
折れて潰れる音は生々しく、壊れたヒト型が半回転しながら転がっていった。
3秒。
既に誰も立っていなかった。
仮面の下でタマはあちゃー、と思う。
(今の銃撃で転移陣が壊されちゃったわね。マップアプリ的にはそう離れた場所じゃないけど‥‥コイツらの死体を屋上にでも全部隠さないと。通行人に見られちゃ台無しよ。)
敵の撃破が最優先故、アフターケアを考えて舐めた立ち回りはしない。銃撃戦は結局一瞬の油断で達人でさえも死ぬ。タマはそれをよく理解していた。
ノクターンの姿を解除し黒パーカーに戻る。シブサワに通報しながらもタマは忙しなかった。
建築中の工事現場は今日の施工予定無し。EXPOパレードの真横で騒音を立てていれば顰蹙を買う。それに関わる誰もがこの日ぐらいは休みたがった。
ヒトが居なければ、そこは社会の影となる。
大勢が転移陣を囲ったまま、高速で宙を駆ける細長い影を銃口で追い回した。始末を付け1分以内に離脱する計画が、あまりに素早い龍の機動を前に何も出来ずにいる。
(‥‥なんだ、我を全く追えていないな。シブサワPMCの連中ならこの速度でも確実に撃ち抜いてくると聞いていたが。)
所詮相手は正規の訓練を積み、装備輝かしい軍人では無い。安い装備に振り回される、素人相手にイキって生きてきたチンピラ。勿論龍のような高速で飛び回る原生生物を狙撃する訓練は受けていないし、それに対応する装備が無い。
「おい!どうすんだ?!」
「このままじゃ逃げられるぞ?!」
「時間が無い!これ以上やってたらシブサワが来る!!」
口々に飛んだ言葉にカテンはカチンと来た。
「貴様ら‥‥!我が‥‥逃げるだと?!」
こういう場合殺ってしまっても良いのか?とブランへ質問を投げていただけ。カテンも法に疎くは無いが、都市での実戦経験は少なく許容範囲が曖昧だ。
しかし格下と見た相手に舐められるのは、龍の尊厳が許さない。ラフィらはともかく、こんな小汚い連中に。
その姿が急激に大きく、あっという間に巨体がチンピラ達を巻き上げ見下ろしていた。長い巨体に包囲され、撃った銃弾は心許ない音を立てて鱗に弾かれた。
「うわっ?!」
「デカい?!」
「聞いてねぇぞ?!」
巻かれた空間の狭い領域の中、急激に大気が渦巻いて小規模な竜巻が巻き起こった!凄まじい風圧で吹っ飛ばされ、しかし外部へ投げ出されもせずにミキサーの中へ放られたよう無茶苦茶に錐揉む。互いの体が激しく衝突し合い、赤い霧が色濃くなっていき、仕舞いには砕け散った残骸だけが残った。
大型の原生生物を相手取った多くの開拓者は、このような末路を辿る。仮に彼らの装備がシブサワPMC並だったとしても、この状況になってしまえば結果は同じ。相手が龍となればヒトの原型が残る事も無かった。
「なんという脆いものよ。‥‥はぁ、これだけの力がありながら法に縛られて生きるなど。我ながら情けないというか。」
そうボヤくも、己が認めた英雄少年を追う為には仕方ない。生物の形を持った天災と言えど、六法全書の重みの下に敷かれて生きるを認めなければならなかった。
ブランは各地で同時多発的に起きた戦闘を検知しながらも、未だ順調に進むパレードを見下ろしていた。転移陣の側に転がった残骸に一瞥もせず、今この瞬間にもシブサワ警備隊の精鋭とテロリストが戦っている。
こんな状況でパレードを続けるなど正気ではない。即座に中止して観客を逃すのが当たり前の対応の筈。
しかし‥‥パレードは順調。
各地の戦場へ静音のマギアーツを作動させるドローンが続々と向かっていた。
ブランは一つの戦場を感知した。
ブランのトウキョウシティ要注意人物リストに載っていた、悪名高い独立傭兵が戦っていた。両手に大型の質量兵器の斧を2振り。複碗アームがアサルトライフルを2丁携えた、4つの武器を同時に使いこなす殺人鬼。
刈り上げた頭の男の瞳は手術によって形を変え、黒い髑髏になっていた。
「警備員風情がヨォ〜?敵うと思ってんのか?!モブ雑魚野郎が!!」
対する警備班は専用ミスリルシールドを片手に、銃を構えて一斉に射撃を繰り返す。その動きは統率されて、同時に動けば壁が犯罪者達へ時速100km超えの速度で迫った。
投げた手斧がミスリルシールドに突き刺さり、仕込まれた爆弾が起動する。煙に紛れて襲い掛かる男は、指先に着けた鋭利な爪で喉を斬り裂こうと笑っていた。
血を浴びるのが大好きな異常者は、突っ込んだ先に気配がない事に先ずは驚いた。
空間に固定されたミスリルシールドの裏は空。素早い身のこなしで警備員は男の背後を取っている。
「ちょこまかと!」
唸る手斧を持つ腕が蹴り上げられ骨が真っ二つ。胸ぐらを掴まれ拳が顔を5度殴打。爪を振り回そうとするも、両手をもう1人が押さえ込んでしまう。
「テメェ‥‥!汚ねぇぞ!」
警備員は無言のまま更に10度拳を振りかぶり、男は顔の原型を無くしていく。突然胴体を突き破って繰り出された仕込みビームシュナイダーは大気を灼いただけに止まり、あっさり躱した警備員は止めの1発で首を乱暴にもぎ取ってしまった。
犯罪者達の悲鳴をブランの聴覚モジュールが遠隔感知する。
シブサワの精鋭は腕に覚えのある猛者を容赦無く刈り取っていっていた。彼らの思い付く戦術、意外な一手程度はハナから想定内。首都の運営委員会の1柱を成す、ガチガチの武闘派の武装メガコーポの力を余りにも侮っていた。
怖いのはシブサワPMCだけ?舐め腐った想定を後悔する間も無く、その悲鳴は誰にも聞かれずにパレードの軽快な音楽にかき消されていく。
パレードは、順調に進んでいっていた。




