494、極まった社交技術を超える一つの吐息
夜の部、企業祭の時間。ミュージカルの熱気が収まらない皆と別れて、ボクはアリスさん達と合流した。
「ラフィ!!最っっっ高だった!!」
「サイン欲しいわ!!ほら!色紙!!」
「私にもお願い!!もう!カッコよかったし、感動したし‥‥言葉じゃ伝えきれない!」
「ありがとうございます。えへへ、楽しんでくれて良かったです。」
2人に揉みくちゃにされる様子を、ホロウインドウの中のフィクサーさんがパシャリ。ブランさんは何も言わずに、セバスチャンさん達と一緒に後ろから見ていた。
「その‥‥ラフィ。」
とっ、チズルさんまで声を掛けてくる。少しもじもじ、けど最後には目線がボクを見つめて。
「良かったよ。それと、ありがとな。なんか吹っ切れたというか。上手く言えないけどさ。」
意外そうな顔のアリスさんに応えず、後ろ手を振ってチズルさんはセバスチャンさん達の方へ戻って行く。3歩、ボクは駆けてチズルさんの手を取った。
「わっ?!」
「チズルさん。ボクもありがとうございます。いつも見せないぐらいの笑顔で、全力で楽しんでくれたのが嬉しかったんです。笑顔は大切、ですっ。」
笑いかければ、不意にチズルさんに引き寄せられて‥‥ぎゅむっ。抱き締められ、ぴぃっ?!と変な声を出してしまう。あの?!急に何でぇ?!
「別に。ほら、ご令嬢方が見てるぞ。」
イタズラっぽい顔のチズルさんに肩を叩かれて、ドキドキしながらも2人の元へ戻る。グイグイと2人にしきりに腕を引かれながら、夜のEXPOを見回った。
美味しいご飯をレストランで、ボクの育てた野菜を使ったサラダが2人の前へ並ぶ。もう売り切れでも、2人の取り置き分は最初から用意があったから。サラダはハムハムで大好評、既にモモコさんの元へ問い合わせが殺到しているんだって。
一流レストラン、メガコーポの社長のお台所、総理大臣のマサルさんのお世話をする料理長までも誰もが欲しがった。カテンさんに話したらすっごい張り切っちゃって。タマさんと交渉して農地拡大を目指していた。
「これが噂の。」
「ふんわり、良い匂いがしますわね。」
食べ始めたら、無言。あっという間に平らげ満足げ。肉厚なお野菜の芳醇な味わいに幸せそうだった。
レストランを後にしたボク達の前へ、ふわりと闇が集まってフーガさんが姿を現した。少女の姿に形を成した夜闇に、流石のセバスチャンさんとチズルさんは警戒する。
「ラフィのお友達よ。初めまして、フーガというの。」
可愛いキャラ柄の女児服を前にしても、2人は侮った対応をせずに礼儀正しく一礼を。
「ラフィさんのお知り合いの事は存じております。ヴァンパイアロード、かのサキュバスクイーンに並ぶ夜の2輪。出逢えて光栄です。」
「フーガさん、私達は只今ラフィさんと一緒に夜の企業祭を見回っております。宜しければ貴女も如何でしょうか。」
フーガさんは2人に微笑み、そしてボクの手を取った。
「フーガも良いかしら?夜に回ろうって約束したのに。ラフィったら忙しいんだから。」
「お2人が良いのでしたらボクは大丈夫です。ごめんなさい、皆がボクと一緒に見回りたいって。」
ブランさんが説明する。
「ラフィ様の時間にお金を出す層が居る以上、優先順位が発生致します。」
フーガさんもお金を出すって言い出した。でも、2人がOKしているんだし大丈夫って。
「ですからお金は受け取れません。ほら、行きましょう。」
企業祭での1番人気はやっぱり虹渦島関連。中でも研究結果を分かりやすく纏めた展示ブース、そして実際に虹渦島で産出された魔力結晶を触れるブースも大人気。
でも、大勢が見上げるそれは‥‥
ボクが倒した水龍の剥製!!
全長何十mもある巨体が、ライトアップされてデカデカと展示されていた。今にも動き出しそうな、迫力のある剥製に無数のスマイルカメラが向けられている。
「ラフィがこの水龍を倒したのよね‥‥想像も出来ないわ。」
「今でも実感が中々湧きません。夢中になって応戦したら、何とか倒せたんです。慌てて逃げ込んだ横穴に、水中からすっごい音を立てて飛び上がって迫って来たんですよ。」
設置されたグングニル単装砲が、ズドン!!
「偶々首に当たって、一撃で仕留められたんです。ですからこの剥製も傷は最小限になります。」
2人に当時の様子を語っていると、いつの間に身なりの良いヒト達に囲まれていて。お話が聞きたいって催促されちゃう。2人が良いって言うから皆にも暫く虹渦島のアレコレを語って聞かせたのだった。
「ふぅん、ラフィは勇敢なのね。流石のフーガも龍と戦いたくはないの。」
フーガさんに褒められちゃった。嬉しいな。褒められるのは大好きなんだから。
「ラフィさん、アクアマリンを見せて下さる?」
ビャクヤさんの要望で、ボクの背中にアクアマリンが展開する。そしてふわりと薄虹の水路が水龍の剥製を巻くように姿を現した。キラキラ、幻想的で美しい。
「この剥製はこれから先もずっと綺麗なまま保存して欲しいです。あの時は偶発的に倒しちゃいましたけど、敬意‥‥でしょうか。そういう気持ちがあるんです。」
せめて綺麗な姿のまま後世まで伝えていけたら良いな。薄虹を纏った水龍の姿は、大勢のスマイルカメラへ刻まれた。
「2人は虹天リゾートタウンに別荘を買いましたか?」
気になって聞いてみれば、勿論!と返事が。
「しっかり土地を買わせて頂きましたわ。虹の浜は美しい場所ですの。時間が出来る度に通っておりますわ。」
アリスさんは沢山撮った写真を見せてくれた。写真で見ても、薄虹色の浜辺はとっても綺麗。
「街も素晴らしいです。お土産屋さんに良く新商品が追加されますけど、一通り手に取って、自室へ飾らせて頂いてますの。」
ビャクヤさんも気に入ってくれたみたいで良かった。自室に虹天リゾートタウン限定デザインのラフィぐるみが沢山飾ってあった。それはちょっと恥ずかしい。
フーガさんは虹渦島に興味津々。そっかフーガさんはよく知らないんだっけ。吸血鬼の女王様も見上げるしか無かった、虹を纏う巨大な浮島の内部のお話を2人は沢山話して聞かせる。
「フーガも行ってみたいの。」
「虹天リゾートタウンの一般開放はもう始まっています。暫くは抽選ですけど、近いうちに誰でも行ける場所になる筈です。」
主にセキュリティ面で、細かい事案がある度にドンドンアップデートされていっているから。今や並大抵のセキュリティ攻撃を受けても即座に対応出来るようになった。超小型ステルスドローンでも、サイボーグさんの視覚スキャンでも。
銃の持ち込み時に、街中で銃にロックが掛かる機構の取り付け義務も出来た。強化外装も街中ではシブサワ関係者以外着用禁止。シブサワの警備を信用して無防備な姿で入る事。これが絶対条件になった。
銃乱射テロも、自爆テロもお断りだよ!
「楽しみね。フーガもあそこへ一度行ってみたかったの。」
虹渦島に関わる色々な展示を見ていれば、話題の中心にいつもあの神秘の島があった。
虹色の話題に夢中なボク達へ、更なる来客がやって来る。ブランさんに沢山一緒に回りたいってアポが飛んで来る中、選別してボクが2人と相談してOKが出されると1人、2人と顔を出す。
「ラフィ!会いたかったわよ。ずっと会えなくて寂しかったんだから!」
サキュバスクイーン、ローズ・ガーデンの主。フレア・ローズさんが。
「やぁラフィ。結局僕と回る約束も曖昧でさ。レイホウと回ったんだから、僕も良いよね。」
シブサワグループ、次期代表を期待される現代表の御曹司。シブサワ・モモコさん。
フレアさんの腕の中で好きにされるボクを囲んで、皆が頭越しにちょっと硬い挨拶をし合っていた。社交界の大物達は丁度良い機会って感じに、自己紹介しあって顔を売りあった。
アリスさん達もフレアさんやフーガさんに会える機会は中々無いみたいだから。でも折角のこの時間に、社交辞令を言い合うのは勿体無いよ。
フレアさんの腕をするりと抜け出て、皆の視線を独り占め。
「夜の企業祭にも遊べる場所はあるんですよ。遊ばないと損、です。」
モモコさんはよく知ってると思うけど、ボクが案内するからね。皆、付いて来て!
連れ立って歩けば群衆の視線が釘付け、思わずって風にコソコソ囁く声が。
(ラフィさんが大勢連れてる‥‥)
(あれがサキュバスクイーン‥‥直視するのは危険だな。)
(美しい‥‥)
(噂の吸血鬼の女王は‥‥変わった趣味をしている。)
皆は気にせず、風評を凪へと受け流す。囁かれるのは誰もが慣れっこだった。それでも伝播したR.A.F.I.S.Sが群衆の心を突く。
『ボク達を見ていちゃ勿体無いですよ!とっても楽しい夜のお祭りを楽しみ尽くしましょう!』
群衆は驚いた風にするけど、直ぐにぺこりとしながら立ち去って行った。
「ラフィったら。ふふ、ありがとうね。」
フレアさんにお礼を言われちゃった。皆も心なしか表情がより明るくなった。
向かった先には大きなサーカステントが建ち並ぶ。でも中にあるのはサーカスよりもヒトを感動させる特別な空間。
モモコさんと目配せして、一旦案内をバトンタッチ。やっぱり居るならモモコさんが紹介した方が良いよね。
「ここは虹渦島紹介ブース内でも、アチーブポイントを10ポイント支払わないと見れない特別な場所さ。皆、持ち合わせはあるかい?」
勿論皆問題無し!一日EXPOを十分楽しんでいれば、勝手にアチーブが解放されていって2、30ポイントは貯まる筈。会場の自販機で沢山使っちゃったら足りないかもだけど。
でも夜の部の中でもアチーブの入手場所はあるから。飲食店をハシゴして、虹渦島ブースを堪能して、ミュージカルで沢山写真を撮る。夜の部だって一杯楽しめるんだから。
「観覧時間は1組10分、予約必須だけど今回は僕が入れて置いた。」
分かっていたとしても、お約束として質問が飛んだ。
「中には何が御座いますの?」
アリスさんのとぼけた問いかけに、モモコさんは得意げに返す。
「虹渦島の最高の景色さ。テントによって虹の浜、大花の森、万樹紗華の秘境、そして虹巻山の山頂。そこで撮られた映像をARで楽しめる。」
ヒトは期待した時、案外表情にはあまり出なくて。少し笑んだりする程度。でも社交界で日夜活躍する皆の表情筋はマッシブ。演技掛かったような気配も無く、ごく自然な態度でワクワク感を伝える。モモコさんが期待した態度ドンピシャな素振りを皆が見せれば、ただの説明をしているだけなのに場は華やかでとっても明るかった。
こう、ラズベリーさん達が楽しくお話ししている時とは全く違う。社交を極めた者達のやり取りは、円滑で無駄が無くそれでいて優雅にどこか美しい。
ボクには真似できないや。パッと笑顔でお話しする事しか出来ない。
「あはは、ラフィはそのままで良いんだよ。僕はラフィの笑顔が好きなんだ。」
R.A.F.I.S.S越しにほんのり、皆凄いなって気持ちが漏れちゃってた。皆はクスクス笑って、口々にボクの笑顔を褒めてくれる。社交辞令じゃなくて、本心からって分かるから。
「えへへ‥‥こそばゆいです。モモコさん!早く入りましょう!」
行く先は勿論虹巻山の山頂!しかも夜の景色!!
前にレイホウさんと一緒に見た後、日を改めてモモコさんとも2人で見に行った。その時モモコさんが撮った映像を、そのままARにして投影したんだ。
「わぁ‥‥!!」
テントの中に吹く一陣の風。温度も涼しくて、見上げれば星空がチラチラと瞬く。そして何より‥‥圧巻の景色!!!
360°全方位、虹に輝く雲に覆われた島は夜空を盆水へ映したかのよう。いや、それ以上にもっと!もっと!綺麗な光の住処が広がっている!!
無数の花々は光を淡くもギラギラとも色んな光を放って、魔力を帯びた風が薄虹に光りながら吹き遊び、虹色の大鉱床から白く輝く雪原まで豊かな地形を一望出来る。
皆は思わず声を失って、社交技術を忘れてしまったかのように目を見開いていた。百の身振り手振り、千の着飾った言葉。それよりもモモコさんを満足させる、小さな感嘆の息。
作りようのない素直な感動を表す、そんな小さな音が最大限の賛美を送っていたのだった。




